#08 家族との宴の中で
ラーズの家で少し休んだ後、二人はレオに呼ばれ、叔父一家の夕飯にありつく事となった。
アーシェラが宣言した通り、その日の夕食は豪勢なものだった。村で収穫された野菜のスープに麦粥、揚げ物がテーブルの上に山のように盛られ、さらにメインはリンカが仕留めた鹿肉の塩焼きだ。
「さあ、遠慮せず食べてくださいよ。お客様はきっちり歓迎するのが、うちの習わしですから」
叔父のゴードが豪快に笑う。叔母のミシェラにレオとアーシェラ、そしてラーズとリンカ、総勢六人がテーブルを囲むと、宴会のようににぎやかな食事が始まった。
「お口にあえばいいんですが。ソーンの方が好む味付けというのはわからなくて」
ミシェラの言葉に笑い返して、旨そうにリンカが肉にかぶりついた。
「安心してください。美味しいですよ、これ」
言葉に嘘はないのを見てミシェラがよかった、と微笑んだ。
リンカは食べる量も速度も並外れていた。皿によそわれた料理をぺろりと平らげ、何度もおかわりを求める様は見ていて気持ちのいいほどだった。
「なあなあ、リンカさん。ソーンには海があるんだよな。船とか乗った事あるの?」
リンカが一息ついたところで、レオが口を開いた。
今夜の主役はやはりリンカだった。レオとアーシェラだけでなく、ゴードとミシェラもソーンについて、食事の合間合間に話を聞いてくる。リンカは嫌な顔一つせず、むしろ楽しそうにそれに応じていった。もともと人付き合いが好きなのだろう。食事中ずっと会話がはずみっぱなしだった。
食事があらかた片付き、食後の茶を皆ですすっていた頃、ゴードが少し真面目な顔をして、ラーズを見た。
「さてと。ラーズ。お前もそろそろ、言わないといけない事があるんじゃないか?」
「ああ、やっぱり分かっちゃいますよね」
「何か悪いことが起きたのは分かる。お前の父さんとそっくりだよ。深刻な事ほどいつ言えばいいかわからなくて、タイミングを逃す。隣に俺や、お前の母さんがいないと一人で抱え込む」
「ちゃんと言うつもりではいたんですよ。ただ、自分に起きてることが、正直自分でもよく分かってなくて」
頭をかきながら、ラーズは王都で起きたことを話し始めた。
話が進んでいくにつれて、リンカとラーズを除く全員の顔が固まっていった。そこにあるのは皆一様に、驚愕と困惑。そしてわずかに恐怖の影があった。
「天奏の秘術を……お前が受け継いだっていうのか」
数秒の沈黙の後、ゴードがやっと、絞り出すように声を発した。
「俺も正直信じられないんです。でもそうみたいで」
「そんなあやふやな……ありえんだろう! 天奏の秘術は王家が代々受け継いできたものだぞ。それがなぜお前に!」
「あなた」
ミシェラの手がゴードの肩を触れる。ゴードは我に返ったように軽く首を振った。
「いや、すまん。取り乱してしまった」
「いいえ、恐ろしい話ですから」
ミシェラがにこりと笑う。その隣でふと思いついたように、レオが口を開いた。
「なあ、天奏の秘術って、それを代々受け継いだ奴が王様になる掟なんだよな。てことは次の王様はラーズってことになるのか?」
「バカ兄貴。そうしたくないから、王子様達はラーズ兄を兵士に追わせたんでしょ」
「いやそんなのは分かってるよ。ラーズはどうするつもりなのか、って話だよ」
一家の視線が、何かに気付いたようにラーズとリンカの間を往復した。
「……なあ、リンカさん。まだ聞いてなかったけど、ラーズとここに来た理由って……」
レオが言いにくそうに口を開いた。ラーズが何か言おうとする前に、リンカが先に言葉を発した。
「隠してもしょうがないから言うけれど、あたしはラーズを、ソーンに連れて行きたいと思ってます」
「リンカ」
ラーズは思わずリンカを見たが、それでもリンカは話を止めなかった。
「ラーズは今や、ガレス王家から追われる身です。このまま捕まったらどうなるか分からない。それならいっそ、ソーンに来ればいいと提案しました。少なくともあたしの実家はそれなりに大きい家だし、ラーズがその力でソーンに協力してくれるなら、ガレス人一人を匿うくらいはやれます」
「リンカさん、それ本気!?」
「いやでも、王家だっていくらなんでも、いきなりラーズを殺したりしないだろ。だってラーズは大神に選ばれたんだぜ? 王様になるとかはないにしても、王子様達がもっと上手い妥協案を出すさ」
引きつった顔で言うレオに、リンカは静かに首を振った。
「あたしはラーズが天奏の秘術を継承した時にその場にいたんだ。あの時王子は兵士達に、ラーズを『殺しても構わんから捕えろ』って命令したよ」
「嘘だろ……」
「ラーズも知ってる事だよ。このまま王家に投降して話し合いで今後の事を決めるのは、分の悪い賭けだとあたしは思う」
「いやでも、だけどよ」
「落ち着け、レオ。リンカさんも、少し待ってくれ」
重苦しい声で、ゴードが言った。皆の視線が集中する中、ゴードは腕を組んで目をつむり、何か必死に耐えるように眉間に皺を寄せていた。
「……、ラーズ。今の話、お前が言った事も、リンカさんも言った事もだが、全部本当なんだな?」
「うん。確かに俺も王子の言葉を聞いたよ。兵隊に追いかけられたのも本当」
「そうか……」
ゴードはゆっくりと目を開け、ラーズを見据えた。
「はっきり言って、私はリンカさんの案には反対だ。ガレスの民は皆アクローを深く信仰してきた。そのアクローに選ばれたラーズを、よりによって王家の人間が手にかけるなど思いたくない」
「叔父さん……」
「だが、一つ聞きたい。ラーズ、お前の意志はどうなんだ?」
「お前が村を出て、外の世界を見て回りたいと思っているのは知っているよ。人一倍狩りに出て、金を稼いできたからな。このままリンカさんの下で厄介になるのも、お前にとっては願ったりかなったりの状況かもしれん」
「……」
「私には、どちらがいいかなど分からんし選べん。だから、お前はどうしたいのか教えてくれ」
「……正直、帰ってくるまでの間、ずっと考えてた」
皆の視線を受けて、ラーズは言った。
「リンカの言う通り、ガレスの王家にとって俺は邪魔者なのかもしれない。少なくとも一度兵隊に追われてるし、『殺せ』って王子が言ってたのも聞いたよ。それならいっそ、リンカの提案に乗った方がいいかって」
ラーズの言葉に、皆が聞き入っていた。誰も動こうとせず、次の言葉を待っていた。
「だけど、帰ってきて思ったよ。やっぱりここでの生活を捨てたくないって。行った事のない所に行ってみたいとは思う。だけどそれは、帰ってくる場所まで捨てて行きたいわけじゃない。だから、一度どうにかして王家と話してみたい。俺は別に秘術なんていらないし、王様になんてなりたいわけでもないし、何か和解の手段があると思うんだ」
「ラーズ……」
ラーズはリンカの方を向いた。彼女は少し驚いているが、どこかで納得しているような顔を見せていた。
「ごめん、リンカ。もし王家と和解ができたなら、俺もソーンに協力できないか頼んでみるよ。君の望みがかなうかは分からないけど」
「いいよ。そこまで期待してたわけじゃないし。そのうちお願いね」
二人のやり取りを見て、ゴードが満足そうな顔で頷いた。
「よし、それならそれでいい。私達はお前の決定を尊重する。それでいいな、ミシェラ」
「もちろんですよ、あなた」




