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#07 帰宅した先で

 故郷のルークス村にたどり着いた時、既に日は西の空に沈みつつあった。

 ルークス村は山間に作られた小さな村だ。芋や麦が植えられた田畑の合間合間に、ぽつぽつと木造の家が建っている。大地の色が暗くなるのに合わせて、家の窓に一つ、また一つと明かりが灯っていくのが見えた。


 暗い海を行き交う船のような家の間を抜けて、ラーズとリンカ、レオとアーシェラの四人は、ラーズの家へと入っていった。

 荷物袋を壁のフックに引っ掛けて、ラーズはやっと一息ついた。


「やっぱり我が家が落ち着くな」

「おっさんみてーな事言うなよ。家が恋しくて、遊ばずに帰ってきたのか?」


 蝋燭に火をつけながら、レオがからかう。隣に住んでいるレオ達からしてみれば、ラーズの家の中は勝手知ったるなんとやらだ。

 ちちち、とアーシェラが舌を鳴らしながら指を振った。


「バカ言っちゃだめだよ、兄貴。リンカさんをあたし達に紹介したくて、早く帰ってきたんだって」

「だから違うって。リンカとはいろいろ説明が面倒なんだ。後でみんな揃った時に話すよ」


 村に帰ってくるまでは、ひょっとしたら既に王国から追跡の手が回っているかと思っていたが、レオの話を聞く限りではそういう気配はないようだった。

 未だに王都で捜索を続けているのだと思いたいが、情報を掴んだ王子が兵を率いて村に向かってきている可能性も十分にある。どれほど余裕があるかは分からないが、これからどうするかを考えるのにわずかでも時間が取れるのは、ラーズとしてはありがたかった。

 おそらく今後の行動次第で、ラーズの一生が決まることだろう。


 ラーズの心中など兄妹は知るよしもなく、二人ともリンカに質問を浴びせ続けている。よそから来る客など、この村では珍しい。外国の人間となればなおさらだ。


「ねえねえリンカさん。今日は泊まっていくんでしょ? 泊まるところが決まってないならうちに来なよ。ラーズとはまたゆっくり話せるでしょ? あたし、リンカさんの国の話が聞きたいんだ」


 アーシェラは既に、リンカと長年の友人のように接している。昔から彼女は人との付き合いが得意だった。知らない人間が相手でも物怖じせず、気付くと相手の懐にするりと入り込んでいる。旅商人をしている親譲りの気質なのかもしれない。

 リンカは少し困惑したような顔を見せて、


「そうしてもらえるなら嬉しいけど、大丈夫なの? あたしが泊まって迷惑にならない?」

「全然! お客様を歓迎するのは当然だよ! 鹿肉だってもらっちゃったし、今夜はこれでご馳走作るよ!」


 アーシェラが笑顔を見せながら、手に持った肉を持ち上げる。先程狩りでリンカが射た鹿肉だ。

 リンカもアーシェラに笑顔を返した。ひとまず兄妹とリンカの気があった事に、ラーズはほっとした。初めて見るソーン人の姿に二人が拒否反応を示さないかと思ったが、その心配はなさそうだった。


 ラーズは台所へと向かいながら、リンカ達に声をかけた。


「とりあえず、お茶でも淹れようか。飲む奴いるか?」

「おう、そんじゃ俺とアーシェラはいっぺん親父の所に話しに行くよ。後で戻ってくるから、茶、淹れといてくれよ」

「えー? あたしも? 兄貴だけで行ってよ」


 アーシェラがあからさまに嫌そうな顔を見せると、レオがため息混じりにアーシェラを見下ろした。


「あのな、リンカさんが気に入ったのは分かるけど、少しはラーズに譲ってやれよ。二人で話したい事だっていろいろあるだろ」

「あー、じゃあしょうがないか。少しは二人きりにしてあげないとね」

「だから違うって」


「まあまあ。安心しろ、ちゃんとご馳走を用意してやるからさ」

「じゃね、ラーズ兄。また来るから」


 兄妹でよく似たにやけ顔を見せながら家を出ていったところで、ラーズはため息をついた。リンカも苦笑するが、その顔は嫌そうには見えなかった。


「楽しい従兄弟じゃん」

「気は合うんだけど、噂話が大好きなんだ。村の人は畑仕事と狩りくらいしかやることがないからね。きっとリンカの事も、明日の朝には村中に知れ渡ってるよ」


 ラーズは裏手にある井戸から水を汲み、やかんに水を入れた。台所で火を沸かしてやかんを火にかけ、沸くまでの間に干した薬草を用意し、カップとティーポットを盆に並べる。

 沸いた湯をティーポットに淹れると、薬草の独特な香りが広がった。嗅ぎなれた清涼感のある香りに包まれると、家に帰ってきた実感がした。


 盆を持ってリビングに向かうと、リンカは椅子に座りもせずに壁にかけられた一枚の絵をぼんやりと眺めていた。

 女性の描かれた肖像画だ。ウェーブのかかった黒い長髪を艶やかに垂らし、胸元を見せたブルーのロングドレスに身を包んでいる。卵型の顔は新雪を思わせるきめ細やかな白い肌で、幸せそうにこちらに笑いかけていた。


「その絵、気に入った?」


 ラーズが話しかけると、リンカは我に返ったようにラーズに顔を向けた。その表情はどこか驚いているように見えて、ラーズは訝しんだ。


「どうかした?」

「いや、別に……。いい絵だね、これ」

「ああ、俺の母さんの肖像画なんだ」


 盆をテーブルに置き、カップをリンカに促す。ラーズはもうひとつのカップを手に取り、茶を冷まそうと軽く息を吹きかけた。


「十年くらい前かな。村に旅の画家が来たことがあって、その時に画家が母さんに絵のモデルをお願いしてさ。その時に一枚、お礼として肖像画も描いてもらったんだよ。母さんは村でも有名な美人だったんだぜ」

「うん。確かに、絵でもすごい美人なのが伝わってくるよ」


 リンカは何か心にひっかかるものがあるのか、手に取ったカップの茶をゆっくり飲みながら絵の女性をちらちらと見ていた。 


「なんだか、変な感じ。知らない人なのに、どこかで見たことがあるような気がするの。ガレス人には知り合いはいないんだけど、変だね」

「ソーン人に母さんに似た知り合いがいるとか?」

「そういう訳でもないんだけど、なんだろ……。すぐ出てこないや。忘れて」


 何かに気付いたのか、リンカは軽く部屋を見回した。久方ぶりの帰宅とはいえ、家に他の生活感があまり感じられないが見てとれたらしい。

 リンカの表情が少し曇った。


「あの、あのさ。あんたのご両親なんだけど……」

「ああ、何年か前に流行り病で、二人ともね。今は叔父さん一家の手を借りながら暮らしてる

「……ごめん。少し気になったから」

「いいって。どうせすぐ分かる事だよ」


 申し訳なさそうなリンカに、ラーズは笑いかける。両親を失った事を忘れる事はないが、失った悲しさも辛さも、耐える事ができる程度には時間が経っていた。

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