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#52 決着

 前方で行われる戦いの姿を見ながら、ラーズは内心ほっとしていた。状況は予想通り、こちらの兵が圧倒できている。このまま進めば、鉄人兵はガレスの歩兵を壊滅させるだろう。

 圧倒的な力の差を見せつけ、ハルダーに敗北を認めさせる。そうすればこちらの勝ちだ。


「ラーズ様」


 不意に腕輪が震え、アイーシャの像が現れた。


「アイーシャさん、何かあった?」

「歩兵の後方にあった騎兵が、左右に分かれて突撃してきます。数にしておよそ五百ずつ」


 乱戦にしてラーズの視界を塞ぎ、その間に左右から足の速い騎兵を使い巨人の足下をすり抜けるようにして突破しようと考えたのだ。仮にラーズが他の支援を受けていなければ、綺麗に決まった事だろう。


「ギデウス! 右から来る奴らの足下を砕け! ブラスタス! お前は左から来る奴らの動きを止めろ!」


 ラーズの叫びに、二体の巨人が動いた。同時にラーズの耳元にも、馬が高速で走る足音が届いてくる。

 突っ走ろうとする騎兵達の前方で、ギデウスと呼ばれた鬼の姿をした巨人が右腕を振り上げる。怒りに燃える闘神を思わせる雄大な構えから、手に持った巨大な金棒のような武具を地面に叩きつけた。

 突如として、大地が震え上がった。金棒の衝撃で地面が幾重にも割れ、巨大な土の塊が爆ぜて膨れ上がる。

 砕けて弾ける土塊に襲われ、馬と兵士たちが悲鳴を上げた。先頭集団が倒れ、そこに後を追っていた兵達が突っ込み、部隊は完全に崩壊する。


 一方、左ではブラスタスと呼ばれた蛇の巨人が仁王立ちとなり、騎兵の前に立ちふさがる。そのまま巨大な顎を広げると、突っ込んでくる兵士たちに向かって吠えた。

 ブラスタスの大口から発せられた、人間の耳には聞こえない周波数の音が、馬にはてきめんに効果的だった。戦の為に訓練された軍馬が、悲鳴を上げながら騎手を無視して暴れまわる。


 騎兵隊の突撃は、巨人の攻撃によって完全に失敗した。体勢を立て直してなおも攻撃を仕掛けようとする者もいたが、その度に巨人の攻撃によってあっさりと瓦解した。


「ギデウス! 俺を手に載せろ!」


 騎兵が止まったのを見て、ラーズは巨人の名を呼んだ。ギデウスは応じて振り返ると、細かく命令を受けることもなく、ラーズの目の前に屈んで地面すれすれに掌を広げた。ラーズも急ぎ掌に乗ると、ギデウスはラーズを守るように指を軽く曲げ、ラーズの周囲に檻を作る。


「掲げろ!」


 ギデウスは命令の通りに、掌を頭上へと掲げた。ガレス王城にあるテラスより遥かに高い位置から、ラーズは全身に風を受けつつ、戦場を見下ろした。

 鉄人兵と戦うガレスの歩兵達。左右で混乱の極みにある騎兵達。そしてその後方に、僅かな手勢と共にこちらをにらみつける、ハルダーの姿が見えた。

 もうこの戦いを終わらせる時だ。圧倒的な大神の力を見せつけ、戦意を喪失させる。その為に、ラーズは意識を集中させた。


 秘術の核に触れ、力を引き出す。天に向かって右腕を突き出す。全身を通じて放たれた力の奔流が、エルドレスの地を包む大気に触れ、命令を実行しようと行動に移っていく。

 やがて、空の彼方から黒い雲が広がっていった。嵐雲は通常の何十倍もの速度で空を覆い尽くし、強い風があたりに吹き荒れる。太陽の光を奪われた戦場で、二体の鉄巨人の瞳が怪しく光った。


「喰らえ……!」


 ラーズは突き出した右腕を、勢いよく振り下ろした

 それに従うかのように、雲が雷を吐き出した。指向性を持った雷は鉄巨人や鉄人兵にかまうことなく、ばらけた騎兵達のど真ん中に落ちた。

 閃光と轟音に、人も馬も逃げ惑う。できるだけ人に当たらないように調整しているが、運が悪ければ死ぬ事だろう。それでもラーズは、ひたすら雷を落とし続けた。さっさと逃げろ、戦うのをやめろ、そう思いながら放つ雷は、相手からすれば神が自分達をあざ笑い、いたぶろうとしているように見えたかもしれない。


 やがて、騎兵は完全に壊滅した。最早まともに動ける馬も人もいなかった。四散して必死に逃げる者を追い詰める気はない。

 ガレスの歩兵も既に壊滅状態だった。何とか劣勢を食い止めようとしていた勇士は多かったが、周囲に落とされる無数の雷に怯え、戦列を崩壊させていた。


 戦場のあちこちに、兵士たちが倒れ伏していた。鉄人兵達にも殺さず麻痺させて無力化するように命令してはいるが、戦場では何が起きるか分からない。倒れている兵士の中には不慮の事故で命を落とした者もいる事だろう。

 ラーズの顔が悲痛に歪んだ。母国を守るはずだった兵士たちが、自分との戦いで命を落とす。それも本来やる必要のない、無駄な戦いで。見たくない現実だった。


「……ギデウス。ブラスタス」


 頭の中を巡る感情を振り切って、ラーズは命令を下した。

 二体の巨人が呼応し、兵士たちを踏み潰さないように注意しながら歩を進めていく。目標であるハルダーは、混乱しながらも主君を下がらせようとする護衛とは違い、どっしりと構えて動かず、冷静にラーズを見ていた。


 数十秒後、巨人達はハルダー達の前にまでたどり着いた。ギデウスが片膝をついて屈み、ラーズが掌から飛び降りる。ラーズの前方でハルダーの騎士団が隊列を組み、剣を抜いて構えていた。

 ラーズは槍斧を構えなかった。王子を護衛する為の部隊である。本来なら一人一人が熟練の技術を持った、一流の戦士である事だろう。だが誰もがラーズと巨人兵に恐れをなし、腰が引けていた。


「もうよい。皆下がれ」


 騎士団の後方から声がした。隊列が二つに割れると、立派な鎧に身を包んだ若い男が姿を現した。


「ラーズ・ベルレイだな」

「ハルダー王子……」

「そうだ。私はハルダー・ジェラード・ボルラス・ウェズライト。ガレス王国第三王子である」


「王子、戦はもう決着がつきました。後方の部隊をぶつけてきても、いや、それの十倍の兵を集めても、大神の持つ力にはかないません。終わりにしましょう」

「ああ、戦は負けだ。それどころか戦う前から、私は負けていた」


 ラーズは知らなかったが、普段の彼を知る兵士たちは皆、今のハルダーの姿に驚いていた。まさか彼が自分の失敗をあっさりと認めるとは。

 ハルダーの顔には、普段の相手に刃を向けているような鋭さはなく、どこか達観したような、自分を嘲るような空気があった。


「私は愚かで惨めな男だ。自分の感情に振り回され、大勢を犠牲にした。兄上達も傷つけた」

 そう言うと、ハルダーは鞘から剣を抜き、中段に構えた。

「だから私は、このまま引き下がれない。最後まで相手をしてもらおう」


 ラーズはかぶりを振った。


「もうやめましょう、王子。何も手に入らないのに、こんな事をして何の意味があるんですか」

「お前の存在が、私の心に影を落とすからだ!」


 ハルダーが走った。鋭く振り下ろされた剣を、ラーズは槍斧の柄で防ぐ。


「シッ!」


 鋭い呼気と共に、ハルダーが幾重にも斬撃を放つ。ほんの数日前、ディー・オーンでの教育を受ける前のラーズであれば、恐らく三度と防げずに両断されていた事だろう。

 二度、三度と打ち合うと、次第にハルダーの顔に変化が見えた。何度も剣を振っているのに、全く当たらない。幼少期から兄達に教わり磨き上げてきた技術が、全てラーズの槍斧によって弾かれていく。

 馬鹿な、と言いたげに顔が歪む。瞬間、振り上げた剣先の動きがわずかに鈍った。


「ふっ!」

 裂帛の気合と共に、ラーズは槍斧を一気に振り上げた。

 打ち下ろされる剣と真っ向から激突する。次の瞬間、ハルダーが後方に吹き飛ぶと同時に剣が宙を舞った。

「ぐっ……!」


 倒れてもまたすぐに立ち上がろうとしたハルダーに対し、ラーズは槍斧を突きつけた。


「これまでです、王子」


喉元に槍の穂先を突きつけられて、ハルダーは動きを止め、かわりに憎らしげに顔を歪めた。


「殺せ。お前は大神の代理人なのだろう。貴様に逆らった私に天罰を与えたらどうだ」

「バリル王子とも話しました。彼はあなたを大事に思っています。あなたを殺したくありません」

「お前が生きている限り、私の心は殺され続けているも同然だ。秘術をかすめ取られた惨めな笑いものとして、この地で生きていく事に何の意味がある」


 ハルダーは吐き捨てるように言った。


 ラーズは歯を噛み締めた。ハルダーの秘術に対する執着の炎は、恐らく死ぬまで消える事はないのだろう。彼がガレスの王子として生きている限り、ラーズを狙った混乱は生み出されるのかもしれない。

 だがこのままハルダーを殺せば、それはラーズの心に影を残す気がした。あの日、継承の儀から起きた混乱の帰結がどちらかの死でしかないのなら、それはあまりに悲しい。あの日、あの場所にいた誰もが、王子達によってガレスのさらなる繁栄が約束されていると、信じて疑わなかっただろうに。


 ラーズはわずかに考えて、脳内でディー・オーンに対して指示を出した。


「分かりました」

 その言葉が合図となったように、ラーズとハルダーの二人を、白い光が包んだ。

「な、なんだ……?」

 予想しない展開に、ハルダーが慌ててあたりを見回す。周囲の兵もどよめき、王子達に駆け寄ろうとする。


「ハルダー王子。大神の代理人として、お前がエルドレスに混乱を招こうとした事に対し、罰を与える!」


 ラーズが言い切った直後、二人を包んでいた白い光が一層大きくなる。二人の成り行きを見守っていた兵士たちが目をふさぎ、やがて光が消えた時、そこには二人の姿はなかった。




 光が消えた時、ラーズは目的通りの場所に到着した事を確認した。

 先程までの平原はどこにもなく、二人は大きな石がごろごろと並んだ川原にいた。太陽は真上に上り、流れの激しい川の周囲には見たことのない木々が鬱蒼と茂っていた。


 ハルダーも周囲の変化に気付き、あたりを見回した。

「ここは……どこだ」

「テロシアという地です。俺があなたを転送するよう命令しました」

「テロシア……?」


 ハルダーはふらふらと立ち上がりながら、茫然として言った。


「そのような地名、聞いたこともない」

「当然です。エルドレスとは別の大陸、別の世界ですから」

「なに!?」

「ここには秘術が伝えられていない。大神アクローの存在も知られていない。そういう地です」


 ハルダーが驚愕に目を見張った。エルドレスの外に大陸が存在すると、当時のエルドレスの人々に知る者はおらず、そう考える者すらいなかった。エルドレスの民の中でこの地に足を踏み入れたのは、ラーズとハルダーが初めてだ。


「川を下れば開けた場所に出ます。そこにはガレス人によく似た種族が町を作っています。そこで暮らすも、一人ここで朽ち果てるも、あなたが決めたらいい」

「なんだと……」

「それが俺があなたに与える天罰です。秘術の事も大神の事も忘れて、新しい人生を歩んでください」


 ラーズは言った。ガレスで負け犬として生き恥を晒すのと、未開の地でただ一人生きるのと、どちらが彼にとって幸せなのかは、ラーズには分からない。ラーズには、これくらいしか状況を上手く収める手段が思いつかなかった。


「私を殺さないのか」

「殺したくない。そう言いました。死にたいなら自分で死ねばいい。生きて兄に会いたいなら、ここで船でも作って、ガレスまで来るんですね」

「お前……!」


 ハルダーは言葉を詰まらせた。

 ラーズはディー・オーンに指示を送った。即座に対応し、今度はラーズ一人の体を光が包んでいく。


「お別れです、王子」

「待て、ラーズ! ラーズ・ベルレイ! 私を殺せ! でないといつか必ず、私はお前の前に現れるぞ!」

「俺はこの世界も管理しています。もしあなたがこの大陸を滅ぼそうとでもすれば、また会う事になるかもしれませんね」


 光が強くなった。ハルダーが何かを叫ぼうとしたが、既に声は聞こえなかった。

 やがて視界が真っ白になり、元に戻った時、ラーズはディー・オーンの一室にいた。

 アイーシャやレオにアーシェラ、そしてリンカが笑顔で出迎えた。

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