表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/53

#49 ハルダーの絶望

 ちょうどリンカがシモンの下に現れた頃。同様の事件がガレス側でも起きようとしていた。


「どうか手をお出しにならないよう、ハルダー王子。私はエフラムより参りました、調停の使者にございます」


 ハルダー達の目の前に生じた光の中から、晴れやかな声が届く。臨戦態勢に入っていたハルダーと、その周囲を囲む将兵は互いに顔を見合わせた。アクロー信徒の多いガレスにおいて、教団を擁するエフラムの影響は高い。この言葉を出されては即斬り殺すというわけにもいかなかった。


「そちらに姿をお見せします。どうか我らの話をお聞きくださいますよう」


 一方的に放たれた声と共に、光が収まっていく。やがて完全に光が消えた時、一組の男女が姿を見せていた。

 どちらもかなりの美形である。町をただ歩くだけで、この二人に視線が集中する事だろう。しかし、ハルダーは軽く目を見張った。男の端整と言っていい顔の額から右頬まで、ぞっとするような傷跡が走り抜けていた。


 気障に思える程に鮮やかな動きで、アーレンは深々と頭を下げた。それに合わせるように、後方に立っていたブルーのロングドレスの女も礼をする。


「ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます、殿下。私はアーレン・アーゼル。エフラムはカルマット族、トーバン・ガニエル族長にお仕えする者でございます。こちらはメルタリア殿」

「……よい。面を上げよ」


 ハルダーは厳しい顔つきを崩さずに言った。だがその手は剣の柄に当てたまま、離そうとはしない。この奇妙な状況であれば当然の事だ。女はともかく、一見優男に思えるアーレンも、顔の傷からしてかなり激しい戦いに身を置いた者に違いない。龍相の秘術を持つエフラムの兵は、ただでさえ強者揃いで有名だ。


 果たして何をするつもりなのか、それが分かるまで警戒は解けなかった。

 視線に気付き、アーレンは指先で軽く傷に触れた。


「見苦しいものをお見せして、申し訳ありません。ラーズ・ベルレイ殿を救う際についた、名誉の負傷でございます」

「ラーズだと!?」


 将兵の間に緊張が走る。その中で一人、ハルダーだけが話を察した。

 ラーズがアクローの神託を受ける為、エフラムに向かった事は、ヨグから話を聞いていた。おそらくそこでひと悶着があったのだろう。もしかしたら、この男の働きによってラーズは蛮魔から生き延びたのかもしれない。

 ハルダーの眉間に強く皺が寄る。詰問したくなるのを必死に堪え、できるだけ平静に言葉を選んだ。


「人の傷に文句を言うほど、狭量ではないつもりだ。それで、貴殿はここに何をしに来たのだ? ラーズ・ベルレイがアクローの神託を受け、天奏の秘術の継承者として認められたとでも言うか?」

「いえ、殿下。それ以上の事でございます。我らの族長より書状を預かってまいりましたので、まずはそれをご一読ください」


 アーレンは懐からその書状を取り出した。従者が受け取りハルダーに手渡す。折り畳まれた紙に押された封蝋には、確かにガニエル家の家紋が刻まれている。

 封を破り、ハルダーは読み始めた。目を通し、そこに書かれた内容を追っていく。読み進める内に、やがてハルダーの手が震え出している事に、周囲の者は気付いた。


「殿下……?」


 フォイルが声をかけようとして、息をのんだ。ハルダーがまさしく悪鬼の形相となり、書状を握り潰さんばかりに手を強張らせていた。


「こんな……! こんな、馬鹿な事があってたまるかッ!」


 ハルダーが怒声を張り上げる。周囲の人間が慄く中、アーレンとメルタリアの二人だけは全く変わらずにハルダーの反応を見ていた


「あの平民が、大神アクローの代理人となっただと!? そんなふざけた事を信じろというのか!?」

「はい、殿下。こちらのメルタリア殿を始めとした、アクローの御使いがそれを認められました」


 人々の目が一斉にメルタリアに集まる。二十歳を少し越えた程度の、美しい女だ。周りが向ける驚愕と敵意の視線をいかほどにも感じていないようで、珍しげに将兵を眺めている。この場でただ一人、場違いな空気をまとっていた。


「その女が、大神の御使いだと言うのか」

「はい、ハルダー王子。私はディー・オーンより参りました使者にございます」


 メルタリアが言った。


「我らの主となったラーズ様の命により、アーレン殿をここにお連れする為同行いたしました」

「主? 主だと……」


 頭を砕かれるような衝撃に、ハルダーは目眩すらする思いだった。

 ハルダーの心中など知る由もなく、アーレンは続けて言った。


「アクロー教団も、既にラーズ殿の代理人への就任を認めております。そして、ラーズ殿が此度の戦を取りやめるよう求めた為、私が使者として参りました次第でございます。もしこれ以上戦を続けるつもりであれば、ラーズ殿とディー・オーンだけでなく、停戦の為にエフラムも参戦するとの言を、族長より預かってきております」


 将校は驚きどよめいた。例えガレスが強国と言えど、ソーンにエフラムが協力するとなれば話は全く変わってくる。更にはあの謎の巨人を手にしたラーズ達もいるのだ。


 何故だ、どうしてこんな事になっている……?


 ハルダーは絶望の泥濘に、体が沈んでいくような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ