#48 シモンの驚愕
シモンは今日ほど、自分の目を疑った事はなかった。
目の前に広がる平原に突如として現れた謎の兵士達に、全身を鋼で包んだ巨人が二体。天に生じた光から産まれたそれは、どちらも両軍を牽制するように見据えている。
こんな馬鹿げたもの、長い人生で一度も見たことはなかった。異国に存在するという伝説の竜王、魔獣の類にも引けを取らぬ勇壮さだ。
巨人は背中合わせで立ち上がった後、全く動きを見せなくなっている。黒い兵士達も同様だ。だが物言わずそこに立っているだけで、卑小な人間達を責めているようだった。
「ば、化けもの……!」
「なんてでかさだ……。ありゃ十三ハイデル(約二十メートル強)はあるぜ……」
「一体どうなってるんだ……」
兵士たちが口々にそんな事を口にしていた。動揺がいたるところで波のように広がっている。巨人が一歩歩き出すだけで、下手をすれば軍が崩壊しかねなかった。
「いかんな」
シモンは苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「各部に通達、兵を落ち着かせろ。それと連中に対して偵察を送れ。少数でいい、下手にちょっかいを出さず、刺激するなと伝えろ」
シモンが鋭く指示する。副官が威勢よく応え、伝令を用意させようとした時だった。
シモン達の前方、兵士たちの間に空いた無人の空間に、突如して光が生じた。
その場にいた全員に緊張が走った。先程巨人が現れた、白い光と同じものだと誰もが気付いていた。
「斧だ! よこせ!」
シモンの鋭い声に、従者が慌てて槍斧を渡した。シモンは歯を食いしばり、愛用の槍斧を両手で握って大きく担ぐ。突進してあらゆる敵を一刀両断にする、必殺の構えだ。
何が出てくるか分からないこの状況、一旦離れた方がいいかもしれない。だが周囲の兵は皆、光に対峙するシモンを見ていた。ここで総大将が慌てふためく姿などを見せてしまっては、軍は総崩れになるかもしれない。ここは勇猛で知られるシモン・キギルの姿を見せねばならない時だ。
何だろうと来るなら来い。敵ならぶった切るのみ。
緊張で肌が粟立つような感覚を、シモンは久しぶりに味わっていた。
やがて光が収まり、収縮していく。来い、と柄を握りしめた瞬間、聞き慣れた声が光の中からした。
「お父様!」
「なに!?」
想定外の声に、シモンの緊張が崩れる。同時に光は完全に消え去り、中から現れたのは愛しき娘の姿だった。
「リンカ?」
「お父様! よかった、ご無事だったんですね!」
リンカはほっとした顔で父に駆け寄る。シモンは握っていた槍斧を思わず落としそうになるのをなんとかこらえ、脇に置いた。
「リンカ、お前一体、どうやってここに……? いや、それより今までどこにいた?」
「詳しい説明は後に。今はそれより先に、この方の話をお聞きください!」
リンカが後方を指し示す。光が娘の他にもう一人連れてきていた事に、シモンはやっと気がついた。
ブルーのロングドレスに身を包み、ウェーブのかかった黒髪が美しい女性だ。こんな戦場など似合わないその姿に、シモンはどこかで見覚えがあるような気がした。
「リンカ。誰だね、この方は」
リンカが返答する前に、女が口を開いた。
「私はアイーシャと申します。いえ、このエルドレスの地では、もう一つの呼び名の方が知られているでしょう。『大神アクローの使い』と」
どよめきが走った。兵士たちのみならず、シモンの副官さえ「まさか……?」と言葉を漏らした。
シモンは表情が緊張で険しくなるのを感じつつ、尋ねた。
「あなたが……大神の御使い?」
「はい」
アルカイック・スマイルを崩さず答える美女の姿に、シモンは彼女をどこで見たのかを思い出した。その昔、子供達を連れてトーバンの下に行った際に見せてもらった、秘蔵の絵画だ。古代より伝わる秘宝であるそれに描かれていた、アクローの御使いと同じ姿だった。
「いや、しかし……」
常識と理性が、そんな馬鹿なと疑問を呈してくる。そんな気配を感じ取ったようで、アイーシャは更に言葉を続けた。
「信じられぬのも無理からぬ事。ですが、今あなたの目の前にこちらのリンカ様と共に現れた、この事実をどう説明いたしますか?」
「ぬう……」
そう言われると答えようがなかった。シモンは頷いて、
「分かりました。ひとまず、あなたが大神アクローの御使いといたしましょう。それで、我らの前に現れたのは何ゆえでございますか?」
まさか『迷子の娘を連れてきた』などとは言い出すまい。
シモンの心中など知らず、アイーシャは答えた。
「私はこの度、大神アクローの代理人となりましたラーズ・ベルレイ様の命を受け、この戦を収める為の使者として参上いたしました」
「なに……!?」
礼儀も忘れ、シモンは唸った。目を白黒させ、自分でも何を言えばいいのか分からずに口をぱくぱくと開け閉めする。幼少期、走る馬から滑り、地面に転げ落ちた時でも、これほどの衝撃ではなかった。
なんとか我を取り戻し、シモンは呻くように言った。
「代理人……?」
「そうです。我らアクローの使いは、ラーズ様が天奏の秘術について習熟し、我らが求める水準に達した事を受けて、ディー・オーンの一員として迎え入れる事を決定いたしました。それに伴い大神アクローの代理として、このエルドレスの地を管理する代表者としたのです」
「馬鹿な。秘術の習熟? ディー・オーンの一員? そのような事、聞いたことがない。彼はウルザットの塔に神託を受けに向かったはずだ」
「ウルザットの塔は、本来神託を授ける場ではありません。秘術を授かった者が我らの求める基準に達しているか、それを見極める為の場なのです。基準に達していると見なされたのは、彼が初めてでした」
「なんということだ……」
誰も見ていなければ、シモンは頭を抱えているところだった。ラーズを己の手元から離さない為にエフラムに向かわせたのに、これではまるで逆効果ではないか。
「そして、ラーズ様は自身が原因として戦が起きようとしている事に対し、酷く心を痛めております。故に、この戦を止める為、我らを遣わしました」
「では、あの巨人も?」
「はい」
アイーシャがその細く美しい指で、巨人達を指し示す。
「あれこそ我らの主、大神アクローが使役せし鉄人兵と、鋼の巨人兵。ひとたび牙をむけばあなたの自慢の軍も、猛火を前にした藁も同じとなるでしょう。見えますか、あそこにおられる我らが主、ラーズ・ベルレイ様を」
「なに?」
言われてシモンは目を凝らした。アイーシャの指の先で、こちらを向いている鬼のような巨人が左腕を垂直に曲げ、掌を上にしている。そしてその掌の上に、人の姿が確かにあった。遠い為その姿は不明瞭だが、確かにガレス人の姿だった。
「ラーズ・ベルレイ……」
この場の主導権を完全に握られた事を実感しながら、シモンは呟いた。




