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#43 大神の後継

 ディー・オーン。それはかつて大神アクローの御使いがエフラムに降臨した際に民に語った、大神アクローが住まう地の名である。

 そこはアクローの他、数多の神々の眷属と御使いが住まう。そしてアクローはエルドレスの地に起きるあらゆる事柄を常に見守り、それに応じて人々に祝福と罰を与えると言われていた。


 そこを見たことのある者はエルドレスには存在しない。否、存在しなかった。

 たった今、ラーズ達はディー・オーンの地に最初に踏み入れた人間として、アイーシャの後をついて廊下を歩いていた。


 詳しく話をする為に別室に案内するとして、アイーシャがラーズ達を先導したのだ。母と同じ顔をした他の女達は皆姿を消し、己の仕事に戻ったようだった。

 ラーズとしては彼女たちとも話したい気持ちはあった。しかし、今は先に現在直面している謎を解決しない事には話が始まらない。


「エルドレスの人間がここに来たのは、俺達が初めてなんだよな……」


 真っ白な廊下を歩きながら、レオが呟いた。廊下の壁や床は艶のある金属製で、鏡のように滑らかだ。塔の壁と同じ材質を使っているようだった。


「でもさ、想像してたところと結構違うよね」


 隣を歩くアーシェラが言った。


「あたし、ディー・オーンってもっとこう、楽園みたいなところだと思ってたんだけど。なんかふつーの建物みたい」

「まあ、確かにな。でも普通とは言えないだろ。こんなピッカピカの壁とか床、見た事ないぜ」

「ここはあなた達の住まう大地を、管理する為の建物なのです」


 二人の疑問を聞きつけて、アイーシャが会話に加わった。


「その為に必要な建物がまとめて建てられているのです。全体の広さではガレスの首都、ガレールと同程度ですね」


 あっさりと言い放ったアイーシャに、皆が目を丸くした。これほどに優れた技術で作られた建物が町一つの大きさで存在するなど、最早皆の想像を越えていた。

 レオは妙に真剣な顔になると、アーシェラの肩を軽く叩いた。


「兄ちゃんから離れるなよ、アーシェラ。建物つっても広いんだ。もし迷子になったりしたら大変だ」

「レオ兄、心配しすぎだよ。いざ迷子になったらアイーシャさんが探してくれるって、さっき言ってたじゃん」

「おまえ、御使い様をさん付けするのか……?」


 二人の会話を聞きながら、ラーズはアイーシャの隣に立ち、声をかけようと口を開いた。


「あの……えっと、御使い様?」

「私達に気をつかう必要はございません、我らが主よ。どうか私の事はアイーシャとお呼びください」


 背筋がぞわぞわと震える感じがいた。生まれてこのかた、こんな他人行儀な呼ばれ方をした事などラーズにはなかった。


「いや、だったら俺もラーズって呼んでよ。それよりちょっと聞きたい事があるんだけど」

「はい、どうぞ」

「さっき、ここがエルドレスを管理する建物、って言ってたけれど、ここはウルザットの塔の中じゃないんですか?」


 ウルザットの塔は確かに巨大だが、ガレールと同規模というのは流石に話が盛りすぎだ。つまり塔の一階から、転送門で別の場所に飛ばされた事になる。

 果たして、アイーシャはかぶりを振って否定した。


「いえ、違います。ここは塔の中ではありません。それどころか、エルドレスの地からも遠く離れたところにあります」


 言い回しを理解できず、ラーズは首を傾げた。


「申し訳ありません、分かりにくかったでしょうか。詳しく説明いたしますと、そうですね……。皆様はエルドレスの地で伝えられる、大神の創世神話をご存知ですね?」

「ああ、エフラムでも聞いたよ。大神アクローが滅びかけた世界の人々を龍の船に乗せて助けた。それから人々をエルドレスの地に送ったんでしょ?」

「いいえ。それには語弊があります。正確には、龍の船の一部をエルドレスとし、安住の地として与えたのです」


 一瞬何を言われたのか、ラーズには分からなかった。だがやがて言葉の意味を掴むと、凄まじい事を言われたのだと理解する。


「それって、つまり……」

「そう、貴方様の住むエルドレスの地は、いわば龍の船の腹の中に存在する浮島。そしてそれらの地を管理しているのが、このディー・オーンと私達なのです」



 辿り着いた別室で、ラーズ達は話の続きを聞くこととなった。


 いわゆる応接室の類の部屋らしかった。奇妙なオブジェが隅に置かれたり、刻々と姿が変化する絵のようなものが壁にかけられていたりして、今まで見て来た部屋や通路に比べると、だいぶ生活感が見られた。

 部屋の中央には滑らかな表面をした、楕円形の机が置かれている。机の周囲には背もたれのない丸い椅子が並べられていて、全員が思い思いの椅子に座った。机には既に透明で硬質な質感をしたコップが置かれており、中には程よく温かい茶が注がれていた。


「先ほどはご無礼をいたしました」


 アイーシャは深々と頭を下げた。自分の大切な女性と同じ顔の人が自分に傅く姿はなんとも奇妙で、やりづらいものだった。


「説明をする前に皆で姿を見せ、ラーズ様を混乱させてしまいました事、深くお詫びいたします。何分、我々は皆、貴方様が来るのをお待ちしていたのです。我らが求める資格を得た者を」

「その、様をつけて呼ぶの、止めてもらえますか? 変な気分になるんで」


「そうですか? しかしこれから我らの主となる方に、礼を尽くすべきかと」

「それも分からない。俺があなた達の主ってどういう事なんです? 廊下でも話したけど、龍の船の中にエルドレスがあるって言ってましたよね?」


 アイーシャはどう話したものか、少し考えるように首を傾げ、口元に人差し指を当てた。母が考え事をする時と同じ癖だった。

 やがてアイーシャが口を開いた。


「分かりました。ご説明いたします。ではまず、何をお聞きしたいでしょうか」

「まずは……、さっきの、エルドレスの話を。大神アクローが龍の船の中に、エルドレスを作ったって言ってましたけれど」

「はい。そしてそれはエルドレスだけではありません。大神はあらゆる世界を巡り、大地を保存し、組み合わせ、管理する事を己の役目と課していました」


 いきなり話の規模が大きくなり、皆の顔が険しくなった。アイーシャもそれがわかったらしく、優しく語りかけるように説明を始める。


「例えばそう、人が家の庭を整えるのと同じです。穴を掘って池を作り、魚を泳がせる。木を植え石を置いて、美しい景観を作って楽しむ。そういった行いを、大神は大陸単位で行ってきたのです」

「大陸って……? 嘘でしょ。いくらアクロー様でもそれは……」


 尋ねるリンカの声には力がなかった。あまりに突拍子もない話だが、遥かに文明の進んだこの建物を見ていると、断言する事ができないようだった。反対にアイーシャの言葉は自信に満ちていて、嘘を言ったり誇張している風でもなかった。

 アイーシャはリンカを見据えて、冷静に言った。


「世界各地に置かれた転送門も、ウルザットの塔も、我らが大地を管理する為に遺した遺産の一つです。私達が民に秘術を授けた際に、人々にも使えるように機能を解放いたしましたが、元は管理の為に作られた道具なのです」

「いやでも、転送門は大きくても家一つくらいじゃない。エルドレスって広いんだよ? ソーンだけじゃない、ガレスにエフラム、ニグートもあるし」


「例えばそう、大神は過去に、エルドレスに別の次元より持ってきたソーンの大地と人々を組み合わせた事があります」

「そんな……冗談でしょ?」


「正確な日程は調査が必要になりますが、間違いありません。貴方がたソーン人と周辺国の人々との間に、外見に大きな違いが見られるのが、その証拠となるでしょう」

「ちょ、ちょっと、やめて。もういい! そんなの聞きたくないよ!」


 リンカが慌ててアイーシャを制止する。傍から聞いているラーズも頭がおかしくなりそうな規模の話だった。


「私達の世界は、ずっと大神におもちゃにされてきたって事?」

「いえ。先ほどの例えが悪うございました。大神が何を望まれていたのかは、我々にはわかりません。ですが少なくとも大神アクロー様は数多の次元、数多の世界を巡り、消えゆく文明、滅びゆく人々を助けてまわりました。それは事実です」


 リンカはまだ納得が言っていないようだったが、それでも押し黙った。これ以上話しても混乱するだけだと感じ取ったようだった。


「そして我々は大神が世界を管理する、その手助けをする為に作り出されました」

「作り出された。あなたも、さっきの女の人たちも、それと……母さんも?」


 ラーズが尋ねると、アイーシャは頷いて応えた。


「私達は管理を補助する為に作られた、人型の生命体です。一般的な人型種族と同様の機能は持っていますが、細部は大神により調整をいただいております」

「嘘だろ……?」


 ラーズはアイーシャの体を改めて眺めた。上から下まで、外見におかしな特徴は見られない。ガレス人と言えばガレス人、エフラム人と言えばエフラム人、どの国の人にも見える特徴のなさが特徴と言えるだろうか。


「さっき集まってた人たちだけど、歳は離れてても、顔はみんな同じ人の顔だった。まるで一人の人間が、違う歳ごとに分裂したみたいに」

「我々も歳を取りますし、寿命がありますので繁殖の必要があります。ですがエルドレスの人々と違い、基本的に我々は男を介さずに子を産むのです。男性側の情報が入ってこない以上、我々は同一人物を産んでいると言っていいでしょうね」


「一人で繁殖って……? ……一体どうやんの?」


 ずっと黙っていたレオが尋ねると、隣にいたアーシェラが頬を染めながら、レオを半眼で睨んだ。

「兄貴、変なとこ食いつかないでよ……」

「いや、ちょっと気になっただけだ」

「話の腰を折らないでよ。後で聞けばいいじゃん、もう」


「レオの話は置いといて、その大神の管理は一体どのくらい続いてるんですか?」

 ラーズが会話を引き継いで尋ねた。


「最低でも数千年。もしかしたら一万年を超えるかもしれません。正確な数字は、記録を調べなければわかりませんが」


 ガレスが建国されたのが三百年。大陸に現存する国で最古の国であるエフラムでさえ、その歴史は千年あるかどうかだ。まさに気の遠くなるような時間だった。


「大神はこの龍の船に集められた無数の世界を見守り、管理してきました。しかしある時、重大な事件が起こりました。今から千年前、大神が姿をお隠しになられたのです」


 四人は目を見開いた。


「死んだ、って事ですか?」

 ラーズの問に、アイーシャは頭を振った。


「わかりません。これに関しては記録が残っていないのです。理由が何にせよ、我々は混乱し、苦悩しました。我々は大神を補佐する為に作られました。その存在意義を失ってしまったのです」


 アイーシャの眉間に皺が寄った。痛々しい程の表情から、その苦悩が代を越え、今も続いているのが分かった。


「我々は各世界が滅ばず現状を維持するよう、最小限の管理を続けました。ですが長い間管理を続けても、大神が帰還する気配はありません。結果我々は大神の不在をどうするか相談し、一つの結論に達しました。我らが仕える大神。その後継者となるべきお方を、我らの手で生み出す事にしたのです」

「な……!?」


 とてつもない言葉だった。大神アクローの不在も衝撃的だったが、これはそれ以上だ。

 言葉を失ったラーズを尻目に、アイーシャは話を続けていく。


「我々は志願者を募り、大神の御使いとして降ろしました。世界の管理の為、大神より授けられた力や数々の遺産を、秘術として目をつけた人々に与えていきました」

「それが、大陸に残ってるアクローの御使いの伝説……」


 何百年と時を隔てて、大陸中に同じ姿をした御使いと秘術の伝説がある理由に、ラーズはやっと思い至った。『アクローの御使い』という不老長寿の存在が各地を何百年と渡り歩いていたのではない。同じ体をした別人が、同じ目的の為に代を重ね、各地を渡り歩いていたのだ。


「我々は待ちました。大神が守り慈しんだ民の中から、大神の秘術を大神同様に扱う才に長けた者が現れるのを。我々が認めるだけの力を持つ者をこのディー・オーンに招き、全ての力をお渡しし、仕えようと。その方こそ、我らが大神アクローの後継となるべき者。そしてついに、貴方がこの地に辿り着いたのです」


 アイーシャは両手を胸の前で組み、ラーズに大して祈るように頭を下げた。その顔は感無量と言ったように、うっすらと涙をにじませていた。


「ようこそおいでくださいました、我らが新たな主よ。私達は皆、貴方様に仕えることを誇りに思います」


 その言葉には何百年もの間、何千人もの人々が受け継いできた、万感の思いが込められていた。

読んでいただきありがとうございます。

これまで基本連日投稿していましたが、今後投稿の間隔が開く事になると思います。

投稿した際にはまた読んでいただけると嬉しいです。

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