#42 予測しなかった驚愕
やがて光が収まった時、辺りの光景は全く違ったものとなっていた。
部屋の大きさは幅が六ハイデル(約十メートル)、奥行きは三十ハイデル(約五十メートル)ほど。天井までの高さは、ラーズの背の十倍はあるだろうか。真っ白な壁に囲まれた部屋だった。
おそらく王都にも、これほどの大きさと美しさを誇る部屋は存在すまい。
「……?」
ラーズの脳裏に、何か閃くものがあった。思い出そうとする隣で、レオがきょろきょろとあたりを見回した。
「はぁ……。あそこに転送門が仕掛けられてたのか……」
「おかしいな。ジュナはこんなところに来たなんて言ってなかったけど……」
リンカも突然の変化に驚いている様子で、床の感触を確かめたりしている。
「ねえ、見て見てレオ兄。ラーズ兄も、すっごい彫刻が並んでる!」
いつの間にか先に飛び出していたアーシェラが、壁際に並んだ彫刻を指さしながら興奮気味に言った。等間隔で並べられた異形の姿をした巨大な彫刻はどれも見事な出来で、物言わず客人を見定めているようだった。
「塔の上階にこんな部屋があったなんてね……」
リンカのつぶやきに、ラーズは自分でも気づかないうちにかぶりを振った。
「……違う。ここは塔じゃない」
「え? なんでそう思うの?」
「俺……、ここに来たことがある」
茫然としながら、ラーズはやっとといった感じで口を開いた。
皆の困惑した視線が、ラーズに集まった。
「ラーズ、それどういう事?」
リンカが皆を代表して口を開いた。
「来たって言っても、夢の中だけど。何度かここを見たことがある」
「夢の中って……」
「よく覚えてないけれど、ここは塔じゃないんだ。もっと重要な場所に通じる玄関だ」
夢遊病患者のように、ラーズはふらふらと歩きだした。皆も何も言わず、後についていく。
様々な彫刻達の視線を感じながら、やがて突き当りの壁まで辿り着く。奥の壁の中央部に、鎧を着た戦士の彫刻が二体、ラーズを見下ろしながら並んでいた。
これも夢で見たものと同じだった。
ラーズは右手を伸ばし、壁に掌を押し付けた。壁はあっさりと消え去り、穴が開く。
ラーズの胸が高鳴った。恐らくこの先に、あの女がいる。夢で見た女。あのどこか懐かしいものを感じる女が。
「行こう」
そう言った声が酷く重苦しく響いた。
穴を潜り、別の部屋に出る。果たしてその先には夢で見たとおりの、円形の真っ白な部屋が広がっていた。
天まで届くかと思う美しい炎のような構築物も夢の通りだ。夢で見たものと寸分違わない、いやむしろ実際に見るとより美しく、神々しくすら感じられた。
「すごい……」
ラーズと同じく炎の構築物を見上げながら、リンカが感嘆の声を出した。
「あなた」
夢と同じ女の声がして、ラーズの胸が高鳴った。心を鷲掴みにされるような熱い衝撃が全身を貫く。
衝撃に耐えきれなくなって、ラーズは声のした方に顔を向けた。
部屋の右の壁にある別の出入り口から、女が姿を見せていた。夢で見たものがついに形となって、そこに現れていた。
青いロングドレスにウェーブのかかった黒髪、柔らかい微笑み。なぜ初めて夢で見たときに気づかなかったのだろう。たとえ十年、百年経っても忘れるはずのない、大切な姿がそこにいた。
「母さん……!」
ラーズは何年振りかの声をかけ、しかし彼女は困惑気味に首を傾げた。
「あなたは……天奏の秘術の継承者ですね?」
「母さん、俺だよ、ラーズだよ!」
「誰かとお間違えになられております。私は大神アクロー様の御使い。私は生まれた時よりこのディー・オーンの地におりました」
「嘘だ!」
思わず叫んでいた。生まれた時からずっと見てきた顔を忘れるはずがなかった。
激しく靴音を鳴らしながら近寄って、顔を見る。他人の空似などではない。輪郭から目の輝きに至るまで、記憶に残っている母と寸分変わらない。
「そうだぜ、どう見たっておばさんだろ?」
「あたしだよ、おばさん。アーシェラだよ。わかる? いっつもアーシェ、アーシェって呼んでくれてたじゃん!」
後ろにいたレオとアーシェラも援護するように言った。二人もラーズ一家と家族ぐるみの付き合いをずっと続けてきたのだ。ラーズを除けば母を最も知っているのはこの二人だ。
だがどれだけ語っても、女は逆に戸惑い、混乱しているようだった。このような状況を想定していなかったのだろう。少しきつい顔をしながら、女は口を開いた。
「一体、あなたは何者なのですか。秘術の継承者よ、あなたの名を教えてくださいますか?」
「俺はラーズ・ベルレイ! 父はイリアン・ベルレイ、母さんはアルーシャ・ベルレイ。あんたの事だよ!」
「アルーシャ!?」
女が初めて困惑以外の表情を見せた。今にも倒れそうなほどに体は震え、その目は信じられないものを見るように見開かれ、ラーズを見つめていた。
「アルーシャの息子……? まさか、そんな……?」
「アルーシャ?」
別の声がして、ラーズは振り返った。反対側の壁にある出入り口から、一人の少女が姿を見せていた。
ラーズは己の目を疑った。青いロングドレスにウェーブのかかった黒髪。ラーズの腰ほどの高さしかない少女だが、目鼻の作りはラーズの前にいる女とよく似ている。いや瓜二つといってよかった。恐らく少女が年をとれば、目の前の女と、母と同じ顔になるだろう。
「よしなさい、メオーシャ」
少女の後を追いかけて、別の女が姿を現す。既に老年の域に入ろうとしている女性だったが、これも同じく、ラーズの母の面影があった。
なんだ。何が起きている、これは?
今度はラーズが困惑する番だった。何も言えずにいるラーズを畳み掛けるように、二人の後から女達が部屋に入ってきた。
一人、また一人と女が部屋に入ってくる。一番年下は十歳程、上は六十近いだろうか。歳は様々だが皆同じ顔の造作をしていた。ラーズの脳裏に焼き付いている、母と同じ顔を。
「ど……、どうなってるんだ……?」
唖然として、呻くように言ったラーズとリンカ達を、女達が取り囲んだ。棒立ちになっているラーズをかばうように、リンカが手を伸ばす。
やがて部屋で最初に見た女が女達の輪から一歩踏み出し、ラーズの前に立った。
「アルーシャの息子が秘術の継承者となるとは。驚きと喜びを同時に持ってきてくれましたね」
「あ、あなた達は一体何なんですか。俺の母さんと、どういう……?」
「私はアイーシャ。アルーシャは私の姉」
驚愕の言葉を突きつけられ、ラーズが目を白黒させる。そんなラーズに、アイーシャは微笑んだ。
「そして貴方は、私達が待ち望んでいたお方。ついにこの世に現れた、大神アクローの後継となるべきお方なのです」




