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#41 塔内にて

 扉が閉まり、暗闇に包まれた塔の中に明かりが灯った。

 頭上四ハイデル(約六メートル)程の位置にある天井の至るところから太陽のような白い光が差し込み、巨大な室内をくまなく照らしていく。


 ラーズは痛む体に顔を歪めながら、なんとか立ち上がった。服の上に散らばっていた岩の破片が床に散らばり、重い音を立てる。


「くそ……足まだついてるか、俺……」


 死んでいないのが不思議な気分だった。ヴィジャの時もそうだが、蛮魔はたびたびラーズの常識を覆してくる。

 扉の近くに落ちている岩が見えた。人の頭ほどの大きさをした破片がいくつも転がっている。もしこれが当たっていたならば、こうやって立ち上がる事もできなかったかもしれない。そう思うと背筋が寒くなった。


「みんな、無事か?」

 ラーズは声をかけながら周囲を見回した。

「なんとかね……」

 最初にリンカが応えた。隣でアーシェラとレオも手を上げる。


「あたしも大丈夫……だけど体痛い」

「アーシェラ、大丈夫か? 休んでろ、危なくなったら兄ちゃんが担いでやるから」


 皆疲れきって床に腰を下ろしているが、大怪我を負った者はなさそうだった。ひとまず安心して、ラーズは周囲を見回した。


 塔の一階全体を使った、長径が五十メートルはある六角形の部屋だった。等間隔で太い円柱が立ち並び、天井を支えている。それ以外には何もなく、人が住んでいる気配もなければ年月を経た事による汚れや破損も見当たらない。

 白い壁と柱は磨き上げられた陶器のような質感だが、触れると金属のようだった。現代の建築技術で作れるとは思えない美しさだった。


「すげえ……これが、アクローの塔か……」

 隣でレオが感嘆の声を漏らした。


「半年前はこんなところに来れるなんて、夢にも思わなかったぜ……」

「ああ。仮に天奏の秘術を授からなかったら、俺達がこれを見る事なんて一生なかったな」


 感慨深いものを覚えるラーズの視界を、リンカの顔が塞いだ。鋭く吊り上がった目で睨まれて、思わず怯む。

「な、なんだよ」

「感慨にふけるのもいいけど、その肩! めっちゃ深いでしょ!」


 指さされた左肩の傷口から、どろりと血が溢れている。ダゴナスに傷をつけられていた事を思い出すと、途端に傷が痛みを伝えてくる。


「痛っ……! 傷口、こんな深かったのか」

「ほら、手を伸ばして。包帯巻いたげるから」


 リンカが袋の中から包帯を取り出した。ラーズの腕を引っ張ると傷口に水筒の水をざっとかけて洗い、慣れた手つきで傷口を覆っていく。


「こんなの放置してたら駄目だよ。とりあえず血だけでも止めとかないと」

「ごめん、さっきまで慌ててたから忘れてた」


「まあ、あたし達の為に怪我したんだから。……それはありがとうね」


 素っ気なく言いながら、リンカは包帯をきつく縛った。

 軽く頬を染め、何か戸惑っているようなリンカの顔を見ていると、ラーズも妙に恥ずかしかった。いつも嗅いでいる花の香りがやけに蠱惑的に感じられた。

 傍から楽しそうに見ている兄妹の視線を無視して、ラーズは腕を動かした。痛みはあるが、動きに問題はなさそうだった。


 リンカは包帯を巻き終えると、一人で部屋を歩き回り始めた、無遠慮に柱を触ったり小突いたりして回っている。

 驚いてラーズは声をかけた。


「おいリンカ、何やってるんだよ」

「部屋の中を確認してるんだよ。なんかおかしくない? 外から見た塔はてっぺんが見えないくらい高くまで伸びてたのに、ここには階段も何もないよ」


 言われてみればそのとおりだった。この部屋には窓もなければ階段もない。天井も穴一つなく、上階に上がる方法があるようには見えない。

 レオも周囲を見回して軽く頭をかいた。


「確か、秘術を継承した人はここでアクローのご神託を受けるんだよな? 誰もいないし、何もねーぞ」

「だよね。確かジュナが塔に入った時は、ここで大神の使いが現れるって聞いたけど……」

「うーん……。多分そのうち誰かが出てくるんじゃ……」


 ないか、と言うところで、ラーズは動きを止めた。

 部屋のちょうど中央にある空間に、突如として光が生じた。炎の光とも太陽が発する光とも違う、柔らかく青い光を発する球形のものが広がっていく。

 それは中央の空間を埋め尽くし、やがてまた小さく収束していく。そして光が消えた後、そこには一人の女の姿が残っていた。


「ようこそいらっしゃいました、大神の秘術を受け継ぎしお方よ」


 女が口を開いた。無地の白いローブのようなものを身にまとっており、黒髪とのコントラストが印象的だ。顔はガレス人の特徴に近い。だがその顔は、どこか生気や感情のようなものが感じられなかった。

 誰も言葉を発しようとせず、皆目を奪われていた。

 女は両手を胸の前で組んだ姿勢のまま、ラーズ達をぐるりと一瞥すると、最後にラーズに顔を向けた。


「秘術を受け継がれたお方は、 貴方様ですね?」

「は、はい。そうです。俺です」


 目の前で起きたことに呑まれ、情けない応対をしてしまう。だが女はぴくりとも表情を変えず、ラーズを鳶色の瞳で見つめた。

 まるで昆虫のように感情のない瞳で数秒見つめられた後、女はおお、と口を開いた。初めて感情のようなものが見えたのもつかの間、女はラーズに向けて深々と頭を下げた。


「すべて確認いたしました、偉大なるお方。お待ちしておりました」

「え?」


 出てきた言葉に面食らい、思わずラーズは聞き返していた。


「その、偉大なるお方って、俺のこと?」

「はい。我が主は貴方様を、遥かな昔よりお待ちしておりました」

「はぁ? その、意味が分からないんだけど」


 ラーズが何を言えばいいのか迷っていると、ラーズの隣に来たリンカが口を開いた。


「あなたが……その、大神アクローの御使いなのですか?」

「いいえ、ソーンの娘。私はいわば、御使いにお作りいただいた道具に過ぎません。私はただ与えられた仕事をこなすのみ」

「道具って、どう見ても人間、だよね……?」


 リンカのつぶやきに女は答えなかった。ラーズ達の前から退くと、床の中央に描かれた円を手で指し示す。


「この円内にお立ちください。主がお待ちしております。全ては主が説明をいたします」

「……わかった」


 どちらにしても、行かなければ何も始まりそうになかった。ここまで来たら破れかぶれだ。


「皆で行こう。ここで待ってたって仕方ない」


 ラーズは中央に向かいながら、皆に手で来るように合図する。不安がりながらも集まるリンカ達に、女が首を傾げた。


「貴方様以外は、秘術を継承しておりませんね?」

「そうだよ。だけど皆で行く。何か問題があるのか?」

「いえ。貴方様がそうしたいと仰るのであれば、私はただ従うのみです」


 女にうなずいて、ラーズは円の中に入った。リンカ達も後に続いて円に入る。


「では、後は主が貴方様をお迎えいたします」

 女が深々と頭を下げる。次の瞬間、円が青い光を放った。その光を浴びたラーズ達の体は次第に透き通り、光に飲み込まれていく。

 何事かと思う間もなく、光は一気に膨れ上がった。

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