#40 絶体絶命
「ラーズ!」
リンカの悲鳴が聞こえた。痛みに耐えながら、ラーズは目の前にいるダゴナスを睨みつけた。ダゴナスの体は所々毛が焦げ付いてはいるが、大した傷を負ってはいないようだった。
雷が放たれる瞬間、ダゴナスは後方に跳びつつ、手に持っていた斧を投げつけたのだ。雷球はダゴナスに直撃する前に斧にぶつかって弾け、その威力を十全に発揮させられなかった。必殺の雷光は魔獣に傷を負わせはしても、その身を破壊するまでには至らなかった。
「想像以上だったぞ、お前の力。秘術とは恐ろしいものだな」
ダゴナスが口を開いた。紫の体毛の中で、血のように赤い舌がちろりと動いた。
ラーズは目を配りながら、腰にあるナイフに右手を回した。ダゴナスはこちらの秘術を警戒しているのか、はたまた余裕なのか、ラーズに襲いかかろうとしてこない。どちらにしても、今のラーズにとっては時間を稼げるのはありがたかった。
「お前の秘術、使うまでに時間がかかるようだな」
ダゴナスが言った。心中を読み取られないように、ラーズは表情を変えずにダゴナスを睨んでいた。
「この距離で雷を放とうとすれば、おそらくその前に殺せる」
「さあ? 他にも色々やれることはあるかもよ?」
さらにダゴナスが何か言おうとした瞬間、ラーズは腰からナイフを引き抜き、そのまま投げた。狙うは目玉。他の所に当たってもかすり傷すら負わせられるか怪しい。
ダゴナスは首をふってナイフをかわす。それをほとんど見ずに、ラーズは塔に向かって走った。走りながら意識を集中させ、背後に雷球を作る。今のラーズには、ダゴナスを完全に殺すには雷球をぶつける以外に方法はなかった。
手足を必死に振って走る。塔に向かいながら、遠巻きに見るリンカ達の姿が見えた。
塔までの道はまだ遠く、このままではダゴナスに追いつかれるのは分かっている。だが今は雷を当てる為にも、自分まで巻き込まれないように距離を取るしかない。
背筋の毛が逆立つような感覚がした。刹那、何も考えずに前方に跳ぶ。頭のすぐ上を巨大な何かが通り抜け、髪が何本かちぎれる感覚があった。直後に地面に体がぶつかり、土が胸をこする。
痛みをこらえて振り向くと、巨体が逆光の中、ラーズを見降ろしていた。背後に太陽と雷球の光を浴びつつ、ダゴナスが大きく拳を振りかぶる。
「この距離で雷は撃てるか?」
ダゴナスがにやりと笑った。彼の言う通り、いくらダゴナスの体が大きく、強くとも、雷の衝撃を防ぐ盾にするには弱い。当てればラーズも炭と化すだろう。
勝利を決める拳をラーズの顔面に向けて撃ちこもうとして、ダゴナスの動きが止まった。
「がっ、か……!?」
先刻までの力強い動きとは打って変わって、ダゴナスは地に膝をつき、全身を痙攣させながら荒い息を繰り返し始める。
「ざまあみろ!」
自身の策が完全にはまり、ラーズは喜びに言い放った。
ラーズは秘術を用いて薄い空気を周囲から集め、リンカ達の為に塔までの道に固めた。それと同時に、ダゴナスの周辺の空気を極限まで薄くなるように調整していた。
強靭な心肺機能を持つダゴナスの体であっても、生物である限り呼吸は必要だ。酸欠状態では生物の活動は著しく減退する。恐らく人生で初めて経験する苦痛を、ダゴナスは経験している事だろう。
苦しんでいる間に、ラーズは立ち上がった。そのまま前方に走りつつ、妙な事に気付いた。リンカ達はなぜか塔の中に入らず、中に入っていなかった。
塔の前まで来て、ラーズは困惑した。巨大な六角柱の形をした塔につけられた両開きの入口は、リンカ達が押しても引いても開こうとしていなかった。
「おい、どうやって入るんだよこれ!」
レオが壁を乱暴に叩いた。アーシェラにリンカも何か鍵がないかと壁を触り、叩く。
「まさか、アーレンさんが鍵を持ってたとか言わないよね?」
「それなら別れる時に渡してくれるはずよ。鍵は……」
リンカが真剣な目でラーズを見た。
「多分、秘術の継承者じゃないと開かないんだよ」
「俺?」
「そう。いいから早くやってみて!」
リンカにせかされて、半信半疑ながらもラーズは扉に触れた。
途端に、壁の中央が長方形に光りを放ち、次の瞬間光と共に、扉が音を立てて観音開きに開いていく。
皆が驚きに目を見張った。
「すげえ、リンカの言った通りだったな」
レオが感心したように言った。
なんにせよ、これで到着だ。中に入ればひとまずは安全を保てるだろう。勝利に胸が躍るのを感じつつ、ラーズは思わず後ろを振り返った。
「嘘だろ……」
口から驚きの声が漏れた。はるか後方で倒れているはずのダゴナスが立ち上がり、最後のあがきを見せていた。自分の背丈ほどもあるような巨大な岩を両手で頭の上まで持ち上げ、全身を大きく動かして放り投げる。
槍投げのように放られた長方形の岩は鮮やかな軌道と凄まじい速度で、ラーズ達目掛けて飛来する。
「中に入れ!」
ラーズの叫びに、全員が何も言わず反応した。飛び込むようにして全員が塔の中に入ると、それを感知したか扉が閉じ始める。
次の瞬間、岩は閉じかけの扉に直撃した。
岩がぶつかった衝撃で砕け、無数の破片となって塔の中へと乱入する。背中に破片の直撃を受けながら、ラーズ達は室内に転がり倒れ込んだ。
「いってぇ……!」
「あうぅ!」
痛みに悶絶し、それぞれ様々な悲鳴を上げる。硬い床に転がった痛みに涙がにじむのを感じながら、ラーズは扉の方に顔を向けた。
四角く切り取られた外の青空と白い山の緩やかな斜面が見えた。その先で、ダゴナスがラーズ達を逃がすまいと、ふらつきながらも歩を進めていた。
ダゴナスがラーズに向けて手を伸ばす。直後に、扉は音を立てて閉じられた。
全員が、安堵に大きな息を吐いた。ひとまずダゴナスの脅威から逃れられた安心感に、全身から力が抜けていく気がした。
「とんでもない奴だったね……」
自分の安全を確認し、ほっとしたようにリンカが言った。




