#04 提案
「君か」
「そうよ。今から部屋に入るけど、襲わないでよ?」
言うと、部屋に青い影が入った。
群青色のフード付きのマントで全身を覆ったその姿は、やはり初めて会った時に思った通り、こんな廃屋のほうがよく似合う。
「窓、閉めるね。外から見られたくないでしょ?」
女は窓に近づき、雨戸を閉じた。外の光がほとんど入らなくなったところで、女はマントの中から右手を突き出した。
手に持っていた携帯用のランタンを軽くいじると、オレンジ色の光が室内を照らした。
「もう、探したんだからね。歩いてたらいきなり土砂降りになるもんだから、化粧が落ちちゃった」
床に座ってランタンを置くと、女はフードを外した。光に照らされた顔を見て、ラーズは息を呑んだ。
顔の作り自体は、儀式の時に見た横顔と変わらない。しかし化粧の落ちた肌は、初めて会った時よりも更に青みが強い。さらに特徴的なのは、髪の生え際近くに左右二本生えた、親指ほどの大きさをした角だった。
「ソーン人!?」
ラーズは思わず目を瞬いた。ガレスの隣国であるソーン王国の住人は、青い肌と額の角が特徴と知られている。しかしその姿を実際に見るのは初めてだった。
「気づいてなかった? 外国の人か、って聞いたじゃない」
「あ、ああ。確かにそう言った。でもあの時はもっと白い肌だったから。ソーン人は、もっと青い肌だと思ってたし」
「あたし達の姿を見ると、警戒する人も多いからね。こっちに来る時は白粉を塗るようにしてるんだ」
女はあぐらを組んで、ラーズを見据えた。頭からつま先まで、全身を確認するように視線を動かしていく。
なんだか獲物を値踏みしている獣のように思えて、ラーズは顔をしかめた。
「ああ、ごめんごめん。別に襲うつもりなんてないからさ。安心してよ」
ラーズの顔に気づいて、女は苦笑した。
「自己紹介がまだだったね。あたしはリンカ。リンカ・キギル」
「俺は……ラーズ。ラーズ・ベルレイ」
「ラーズ。なんだかいい響きだね」
「君の名前も、こっちじゃ聞かないような名前だけど、語感がいい」
ありがと、とリンカは笑った。変に気取ったところも、作ったところもない笑みだ。少なくとも悪人ではないように、ラーズには思えた。
「昼間の儀式であんたが逃げてから、町中大騒ぎでさ。探すのにずいぶん手間がかかったよ。安心して、兵士たちはまだこっちには来てない」
「兵士たちも見つけられてないところを、君はどうやって見つけたんだ?」
「これのおかげ」
リンカは額の角を指さした。
「あたし達ソーン人は、目とか耳じゃ感じ取れないものをこの角が感じ取るんだ」
「そりゃ便利だな。それで、俺を探してた理由ってのは何なんだ? 王子様達に俺を連れていって、恩賞をもらおうってわけじゃなさそうだけど」
「まさか。そんな事しないよ。あたしの目的は一つだけ」
自分の本気を伝えようとするように、リンカはラーズの瞳をまっすぐ見つめた。
「あんたが欲しいんだ」
いきなり切り出された言葉の意味を掴みかねて、ラーズは知らないうちに顔をしかめていた。
ラーズの反応に、リンカは訝しげな顔を見せた。しかし数秒と経たない内に、その顔の意味に気づいて頬を染めた。
「違う! そうじゃない! あんたが思ってるような意味じゃないんだから!」
両手を突き出し、音がなるほど振り回して否定するリンカだった。
「あたしが言いたいのは、そう、あれ! あれよあれ! 外の! 天奏の秘術!」
「ああ……」
どもるリンカの言葉の意味を、なんとか理解した。ラーズの胸に天奏の秘術の核が入り込んだのを、リンカも当然見ているのだ。
ようやく落ち着いたか、鼻息荒くリンカは話し始めた。初めて会った時の、落ち着いてどこか神秘的ですらあった姿が嘘のような変貌だった。
「外の雨も、あんたが降らせてるんでしょ? 天奏の秘術は天地を支配するって、本当だったんだ」
「いや、別に俺がやろうと思ってやったわけじゃ……」
「ごまかさなくてもいいよ。あたしはあんたの力が借りたいの。ソーンを救ってほしいんだ」
「救う……?」
いきなり話が飛躍して面食らうラーズに、リンカがうなずく。
「あたしの故郷のソーンは、ここ数年天候が悪化する一方でさ。隣のガレスは毎年穏やかな気候で豊作だっていうのに、こっちは日照りだ台風だ、って極端から極端に飛んじゃって。民もみんな苦しんでる」
「……」
「天を相手に人間のできる事なんてせいぜいお祈りと捧げ物くらいのもんだけど、それで良くなると思うほど、あたしは人間ができてないの。ガレスは秘術によって天候を操作してるっていうじゃない? だったらその秘術を借りちゃおうと思ったわけ」
「それで、継承の儀に参加する為にガレスまで来たっていうのか? 呆れたな。継承なんてできる訳ないだろ。あれは代々ガレス王家に伝わってきた秘術なんだぞ」
「でも、あんたは受け継いだ。そうでしょ?」
リンカに指さされ、ラーズは返答に詰まった。
「あたしもさ、自分が秘術の継承をできる、とは思ってなかったよ。今回は継承の儀で、天奏の秘術っていうのがどれほどのものなのか、それを見れたらと思ったわけ。そしたらあんたが受け継いで、実際にすごい力を使ってる。王子様にお願いするのは難しくても、あんたならどう?」
言葉を発しながら、リンカは段々と興奮しだしているようだった。目の前にいる少年がどれほどに貴重な存在か、語りながら改めて認識し、理解しだしたようだった。
「ねえ。あんたの力で、あたしたちの国を救ってくれない?」
その瞳の中には、情熱の炎が燃えていた。