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#29

 ラーズの言葉を聞いた時の、シモンの驚きといったらなかった。

「なんだと!」


 いつもの落ち着いた強面が消えて硬直したシモンに、ラーズは畳み掛けるように言った。


「マロウから離れて、どこか別の場所に行こうと思っているんです」

「いや、いかん! それはいかんよ!」


 シモンの大声に、ラーズは思わず身構えた。自分の出した口調に驚いたらしく、シモンは軽く咳払いをして、


「あ、いや、すまないね。取り乱してしまった。しかし、何を思っていきなりそんな」

「ガレス王家か、蛮魔だかは知りませんけれど、俺を狙っている奴らは俺がマロウにいる事を知ってます。このままマロウに留まっていては、皆が危険だと思うんです」

「いや、そんな事は気にしないで構わんよ。無法者共に狙われていると分かったからと、娘の友人を放り出す程、私は薄情な人間ではない」


 シモンが胸を叩いてアピールする。シモンが基本的に義理人情に篤い人間なのは間違いないし、恐らく本人も本気で言っているのだろう。しかし必要ならば情もあっさりと捨てられる男だ。


 ラーズは軽く頭を下げた。

「あなたには感謝しています。アーシェラの傷を治してくれて、これまで俺達の生活を助けてくれた。そのお礼になればと思って秘術を使ってきましたけれど、これ以上俺がここにいたら、他の人にも被害が出ます」

「そのくらい、私に仕える者なら皆が覚悟しておるよ。生きるというのはいつも死と隣り合わせなんだ。大体だね、ラーズ君。ここを出てから君はどうするつもりなのかね?」


 シモンが身を乗り出した。


「自慢ではないが、ソーンでここより安全な場所を探そうとしたら、私以上の古参貴族か、それこそ国王陛下に庇護を求めるくらいしかないよ。それを捨てて、君はずっとガレス王家や蛮魔の影を気にしながら、隠れて生きていくつもりかね?」

「それは……」


「ガレスに戻り、王家と対話を行うかね? それもよかろう。しかしそれがあっさり実現するなど、君も思ってはいないだろう。君を殺して秘術の核を奪う方が、後々の禍根を残さず楽だろうしね。果たして君の望みが実現するかどうか、そんな賭けを行うかね?」


 早口でまくしたてるシモンの言葉は、ラーズの弱いところをついていた。

 ラーズ一人ならばマロウを離れ山にこもり、狩りをして暮らす事もできるだろう。だがそれでは問題の解決にはならない。ラーズが天奏の秘術を宿している限り、敵はラーズを狙うのを止めはしない。

 そしてラーズは一人ではなく、レオとアーシェラもいる。自分がソーンを離れるということは、二人もキギルの屋敷を出される事になるだろう。そうすれば二人の暮らしは、ずっと苦しくなるのは目に見えている。


 ラーズは奥歯を噛み締めた。現状を変える手段が、ラーズには思いつかなかった。


「……お父様」


 皆が口を閉ざした重苦しい空気の中、リンカが不意に口を開いた。


「ラーズが安全を得る方法が、あるかもしれません」

「なに? いきなりなんだ、リンカ。そんな手段があるというのか?」

「エフラムに行くんです。そこで大神アクローより神託を賜るんです」

「エフラムだと?」


 シモンが驚きの顔を見せた。


「エフラムって……、確か南の方にある国だっけ?」


 ラーズの頭に、母から教わった内容が浮かんだ。エフラムはガレスを囲む山脈を越えた先にある熱帯地方の国だ。そこには大神アクローを主神とするアクロー教の聖地が存在し、教徒は生涯に一度は聖地を詣でる事を夢見るという。


 リンカはうなずいて、

「大神より秘術を授かった者は、一度エフラムの聖地に向かい、アクローより神託を賜るのが習わしと聞いています」

「そうだな。ソーンでも快癒の秘術を得た者が、巡礼を行うのが恒例行事となっているからな」

「だからそこで、ラーズが天奏の秘術を得たのが大神の御心によるものなのか、尋ねてみるんです。大神が真にラーズを選んだとアクロー教団がお墨付きを与えれば、ガレスもそうそう手出しはできなくなりますよね」

「ほう……」


 シモンが顎をこすり、思案顔を作った。ラーズにもリンカの提案は悪くなさそうに思えた。蛮魔はともかく、ガレスがラーズに手を出せなくなればずっと自由に行動できるようになる。そしてレオとアーシェラをガレスに返す事も容易になるはずだ。


「やる価値はありそうだ。シモンさん、俺からもお願いします。エフラムに行かせてもらえませんか?」

「うむぅ……しかしなあ……。エフラムはエフラムであまり治安が良いと言えんし、行くとなると護衛も多くはつけられんが」


「それでも構いません。ここで待っているより、行動する方がずっといいと思います」

「お父様、あたしからもお願いします。このままじゃラーズだけじゃなくて、レオもアーシェラちゃんも身動きが取れません。いくらなんでもかわいそうですよ」

「ぬぅ……」


 考えても他にいい案が浮かばなかったか、シモンは参ったとばかりに大きく息を吐いた。


「分かった。仕方あるまい。エフラムには部族の長に友人がいる。彼に協力を乞う手紙を書こう」

「お父様!」

「ありがとうございます!」


 明るい顔を見せるラーズとリンカに、シモンは何とも言いにくそうな顔をしていた。




 石造りの部屋に、乾いた音がこだましていた。


 部屋は広く、天井も高いが、それに反して置かれているものは少なく、がらんとしている。一方の壁に木製の剣が置き場に挿して並べられ、その隣に人間を模した形をした木製の人形がいくつか並べられているだけだ。高い位置に作られた窓から日の光が入り込み、床と人形を何体か照らしている。


 その人形のうち一体を、男が黙々と叩いていた。


 身長は一・三ハイデル(約二メートル十)はあるだろうか。その身には腰布一枚をまいているだけで、隆々たる肉の鎧の見事さがよく分かる。遠目には小山が動いているように錯覚するほどだ。


 長い間一人で叩いていたらしい。浅黒い肌に、珠のような汗がびっしりとついていた。常人の太腿程もある腕が拳を放つ度、人形が壊れそうな音を立てて揺れた。


「精が出るの、ダゴナス」


 背後から声をかけられ、男──ダゴナスは動きを止めた。振り向いた先に、ヨグがいつものコート姿で、ニコニコと笑みを浮かべていた。


「ヨグ。もう少しわかりやすく現れてくれ。うっかり殴り飛ばしそうだ」

「ほほ、威勢がいいのう」


 ダゴナスは人形にかけていた布を取り、汗を拭き始めた。ヨグはダゴナスが殴っていた人形をみやり、


「剣術の道場を借りて鍛錬か。人形なんぞ殴らんでも、ここを使う者と試合でもやればどうだ」

「そのつもりだったが、この体を見ただけで誰も相手をしてくれなくなってな。退屈しのぎに借りた」


 ダゴナスはヨグの方を見た。ダゴナスが大きすぎ、ヨグが小柄な為に、ダゴナスはだいぶ見下ろした形でヨグを見る事になる。この場に二人を見ている者がいたならば、大人と子供が会話しているのかと錯覚する事だろう。


「ひょっとすると、仕事の話か」

「おうよ。今回は中々の大物だぞ」

「話を聞く前に、着替えさせてくれ」

「分かった。では外に出て、飯でも食いながら話すとしよう」


 汗を拭き終わり、ダゴナスは上下を身に着けてマントを羽織った。筋肉が太すぎて、マントの下に鎧でも身につけているように見える。

 外にいた道場主に、ダゴナスは無愛想に金を渡すと、ヨグと連れ立って歩き出した。

 巨漢と老人、両極端な二人がどういう関係なのか、道場主は代金として頂いた金貨を数えながらぼんやりと考えていた。




「天奏の秘術か」


 町にあった飯屋で個室を取り、ダゴナスとヨグは食事をとることにした。酒と共に注文した羊肉の煮込みをつまみながら、ダゴナスはヨグの話を黙って聞いていた。


「確かに大物だ。依頼主はガレス王家か」

「そうだ。あそこの末弟が独断で依頼してきてな。天奏の秘術を取り戻したいのだとさ」

「自分たちの信じる神の決定に逆らってまで、王になりたい訳だ。神も嘆いている事だろうな」


 自分の言葉に笑うでもなく、ダゴナスは黙々と飯を口に運んでいく。


「既にクトラにも一度頼んだのだがな、ほうほうの体で逃げ帰ってきた」

「ほう? 秘術の持ち主とはいえ、体は生身の人間だろう。ヴィジャを殺せるとは思えんが」

「ヴィジャは雷に焼かれたそうだ」


 ヨグと会ってから初めて、ダゴナスの顔に険しい表情が生まれた。


「雷か。秘術とはそういう事もできるのか」

「おう。クトラはちょうどヴィジャを操る為に繋がりを持っていた時でな。ヴィジャの目を通して、奴が雷を無から生むところを見たそうだ。繋がりを断つのがわずかに遅れて、ヴィジャの痛みを感じ取った」


 ヨグはしみじみと息を吐いた。痛ましそうに目を伏せて、


「クトラが帰ってきてからずっと、腹を焼かれた、痛い痛いと泣き喚いていてな。あの子がかわいそうでならんよ」

「相変わらず、爺様はあいつにご執心だな」


 ダゴナスがぼそりと呟くと、ヨグはにやりと笑った。その顔だけを切り取れば、ただの好色な老人にしか見えない。


「ともかく、クトラの代わりに仕事をこなす奴を用意したくてな。お前に白羽の矢が立ったというわけだ。どうだダゴナス、お前なら雷をかわせるか?」

「秘術に『起こり』があるなら、どうにでも封じられるだろう」


 内容の凄まじさに比べて、あっさりとした口調だった。気負いも何もない、ただ事実を述べただけという感じだ。


「しかし俺がやるのは構わんが、それでいいのか? 暗殺など俺にはできん。時間さえかければ、もっと確実に殺せる奴がいるだろう」

「それがな、依頼人の王子様は短気なご様子だ。わしの予測だが、早めに仕事をこなさんとおそらく依頼を取り消すだろうな」

「なるほど。食いっぱぐれは困るな」

「だろう。だから早めに頼む。標的の居場所は、分かり次第教える。どこにでも行けるようにしておいてくれよ」


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