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#28 帰還、そしてこれから

 マロウ領で最も賑やかな町、ジュガン。領主であるキギル家の屋敷があるこの町では、交易の為にガレスからやってきた商人も多い。

 ガレスとソーン、二つの人種がここでは入り混じって生活している。ジュガンの大通りではいつの日も、青い肌と薄紅の肌の人々が行き交う様を見る事ができた。


「しっかし、いつ見ても不思議な光景だな」


 馬小屋の飼い葉を運びながら、レオはなんとなしにつぶやいた。馬小屋の中は屋根が高く作られており、風通しもいい。臭いにさえ慣れれば外より過ごしやすい程だ。


「うちの村じゃガレス人以外の人間が来たら大騒ぎだってのに、ここじゃ両方いて当たり前なんだ。もし明日、いきなりどっちか片方しかいなくなったら、それこそ大騒ぎになるんだろうな」


 世界は広いぜ、などとニヒルに笑いつつ、レオは馬にブラシをかけた。人種にこだわらないキギルの風土があればこそ、レオもこうやって仕事をもらえている。


 ラーズとリンカが兵士を連れてキギル各地を周りに出て行って以降、レオとアーシェラは働き口を探し始めた。

 兄妹はラーズと同様、キギル家の客人としてそこそこいい暮らしをさせてもらっている。シモンとしてはラーズを手中に収めておきたい為、ご機嫌取りの一つとして兄妹を手厚く保護しているのは、レオにも感じ取れた。


 しかし、レオとしてはそれに甘んじている気にはなれなかった。ラーズは国家が保護するだけの価値がある力を得ている。言ってみれば、どこに行っても高待遇を与えられる人間だ。だがレオとアーシェラはそうではない。このままの生活がずっと続くとは思えないし、今後何があってもいいように蓄えをしておきたかった。

 シモンに仕事が欲しいとの意思を伝えると、彼は快く了承した。友人やよく使っている商人に頼み、仕事を探してくれたのだ。


 多くの仕事は日雇いだったが、賃金は十分頂いている。今やっている馬と馬小屋の手入れも中々の高額だ。雇い主がシモンの顔を立ててくれるのに加えて、レオの仕事ぶりは丁寧で愛想もよく、評判は上々だった。

 飼い葉の交換に小屋の清掃、一通り仕事を終えると、既に日は西に傾いていた。


 レオは大きく息を吐き、馬小屋の中で佇む馬の群れを見た。どの馬も体を覆う毛は艷やかで、動く度にその下にある隆々たる筋肉の美しい動きが感じられた。その見事さだけで、どれだけ飼い主に愛されているのが分かる。

 ほとんど雑用とは言え、これほど大切にしている馬に触れる仕事を与えてくれた雇い主には感謝しかなかった。


 馬の濡れた瞳が、レオを不思議そうに見つめていた。いつもはソーン人が手入れをしているのだろう。ガレス人が珍しいのかもしれなかった。


「なあ、お前はガレス人とソーン人、どっちが好きとかあるのか?」

「何言ってんだよ」

「おわぁ!」


 不意に声をかけられて、レオは思わず奇声を上げていた。声のした方に顔を向けると、馬小屋の出入り口の前でアーシェラが顔をのぞかせていた。


「なんだ、アーシェラか。驚かすな、変な声出ちまっただろ」

「こっちはレオ兄の頭が変になったかと思ったよ。馬に話しかけてるし」

「そこは……あれだ。あんま気にすんな」


 きまりが悪そうにごまかすレオを、アーシェラが半眼で睨む。


「そんな事より、なんでお前がここにいるんだ。お前、キギルの屋敷でメイド仕事してたはずだろ」

「領主様がレオ兄を呼んで来てやれって言ったんだよ。ラーズ兄が帰ってくるんだってさ」

「ラーズが? 何かあったのか?」


 レオは声を上げた。ラーズが出てから二ヶ月は経っているが、キギル領を回って戻ってくるにはあと一ヶ月はかかるはずだ。

「領主様は慌ててるみたいだよ。ラーズ兄に、何かあったのかもね」




 ラーズとリンカが急ぎジュガンに戻る事になり、キギル家の人々は慌ただしく出迎えの準備を行う事になった。本来マロウ領内をのんびりと回ってくる旅のはずが、護衛の兵がやられ、二人が命の危険に晒された為だ。

 生き残ったメントとは、ケイガに到着した後分かれる事となった。メントは一旦ケイガの病院で傷の治療を行い、それからジュガンに戻る予定らしい。


「命がけで仕事をしたんだ。領主様によろしく言っておいてくれよ?」


 分かれる時にも、メントは笑顔で軽口を叩いていた。

 ケイガにある転送門を使ってジュガンに戻り、馬車を使ってキギルの屋敷にまで戻る間、ラーズ達は五十人にのぼる兵士に囲まれる事となった。皆規律正しく、一糸乱れぬ動きで馬車を囲む。これの前には野盗どころか、野良犬すら前に出るのを躊躇する事だろう。


「この人たち、うちの精鋭隊だよ。大貴族の護衛とか、重要任務の為に訓練されてる人達。こんな間近で仕事するところ初めて見た……」


 馬車の中で、リンカは唖然としていた。ラーズが持つ天奏の秘術は、シモンからは領主以上の価値がある存在として見られているという事だ。


(妙な気分だな)


 自分の意志で手に入れたのではないものが、自分の価値を高めているというのはどうにも慣れなかった。

 道中は何も問題など起きず、ラーズ達はキギルの屋敷にたどり着いた。

 シモンはわざわざ馬車の前まで出迎えてきていた。ラーズとリンカが馬車から降りると、シモンは飛びつくような勢いで二人を抱きしめた。


「よく帰ってきてくれた! 心配したぞ!」


 シモンの安心した声と裏腹に、ソーン人の怪力がラーズの体を締め付ける。


「あ、あの、シモン様。無事を祈ってくれたのは感謝しますが、ちょっとその、痛くて……」

「ん? ああすまん。私としたことがね」


 手を離し、シモンはにやりと笑った。喜びを現しているのだと思うが、強面の彼が笑うと威嚇に見えた。


「いや、生きていてくれてよかった。こんな所で立ち話もなんだな。中に入りたまえ。腹は減っているかね?」


 二人は屋敷の応接室に送られ、机に置かれた茶と山のような菓子でもてなされた。ラーズとリンカはシモンと向かい合って座ると、ラーズが口を開く前に、シモンが勢いよく頭を下げた。


「今回は済まなかった。許してほしい。私の失態だ」

「いや、そんな。やめてください。悪いのは襲って来た連中ですよ」

「いやいや、私の領内を旅させるのだ、護衛も大していらんと高をくくっていたのがいけなかった。犠牲を払ったが、君と娘が生きていたのが不幸中の幸いだよ」


 シンバ達の最期の姿が脳裏に浮かび、思わずラーズは顔を歪めた。

「……もうやめましょう。先の事を考えないと」


 声の調子から気持ちを感じ取ったか、シモンは頷いた。


「そうだな。襲撃者の件だが、おおよその話は聞いた。まるで伝説に出てくるような怪物を生み出す女だったとか」

「はい。そいつがヴィジャと呼んでいた怪物を倒した後、女は姿を消しましたが、後に妙なものを残していったんです」


 ラーズが目配せをすると、リンカが袋の中からそれを取り出した。

 精巧な異形の手が机の上に置かれると、シモンは目を見開いた。


「ば、蛮魔の手……!」

 口走った事を忌避するように、シモンは手で口を抑えた。


「蛮魔? お父様、それは?」

 リンカが尋ねる。シモンは言った事を悔やむような顔を作りながら、先ほどの勢いが嘘のような小声で話し出した。


「この大陸には蛮魔衆と呼ばれる集団がいてな。構成員皆が、怪物のような姿と力を持ち、金次第で汚い仕事を請け負う。奴らに狙われれば、王族すらそれからは逃れられんと言われているのだ」

「そんな連中、初めて聞きました」

「言いたがる者はおらんよ。無闇に広めて、自分が狙われる側になるやもしれんしな」


 シモンは慎重に、机上の手をつまみ持ち上げた。


「若い頃に、これと同じものを見たことがある。その時は私の友人が狙われていた。彼の父は要塞のような自宅に息子を閉じ込めて守ったが、結局彼はベッドの上で血まみれになって見つかった。そして骸の上に、これが置かれていたそうだ」


 その時の事を思い出したようで、シモンは怒りと怯えに顔を歪めた。


「奴らは今回、君を標的に定めたというわけだ。これは次は殺すという意志表示かな。依頼主は恐らくガレス王家か、君の天奏の秘術を欲しがる別の勢力か……」

「お父様、ラーズはどうなってしまうんですか。このままでは……」


 このままではどうなるか、言うのはためらわれたようだった。しかし言わずとも分かる。クトラとヴィジャのような凶悪な連中がまだ大勢いるのならば、キギル家の援護があってもラーズの命は安全と言い切れるだろうか。

 ラーズの胸に黒い影が広がるようだった。

 そんな気持ちを知らず、シモンが腕を組んで悩み顔を作る。


「まずは警備を強化するしかないな。マロウ領内を巡ってもらうのも、当分延期せざるを得まい」

「あの……その事なんですが」


 申し訳なく思いながら、ラーズは口を開いた。


「うん?」

「俺はもう、ここを出ようと思っています」

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