#23 気楽な旅を
ソーンはガレスと違い山が少なく、なだらかな地形が広がる事で知られている。ソーン人は馬に乗って移動する事が多く、騎馬技術に秀でた者も多い。人に従順で優れた馬を持つ事は彼らにとってステータスであり、馬は財産そのものであった。
今ラーズが乗っている馬も、キギル家ではかなり優秀な馬なのだろう。初めて会った時からラーズによく懐き、長旅も文句言わずにこなしている。
「ラーズさん。だいぶ馬に乗るのも上手くなりましたね」
隣で並走していたシンバが声をかけた。
ラーズとリンカを護衛する兵士達の隊長である。ラーズより体が一回り大きく、いかつい角ばった顔をしているが、内面は明るく社交的な性格だ。
ラーズもシンバに笑って答えた。
「ありがとうございます。でもまだまだ皆さんみたいに上手くはいきませんよ。まだ体中が痛むし」
「山に登るのと馬に乗るのでは、使う筋肉が違いますから。一月でそれだけ乗れるようになれば、立派なもんですよ」
ラーズもガレスにいた時から度々馬に乗ってはいたのだが、彼らと比べたらお遊びでしかないと思い知らされた。初めて彼らと一緒に馬で旅を始めた時は馬の速さと持久力に驚き、兵士達の技術についていくので精一杯だったものだ。
「隊長、ラーズ君もいい加減疲れたみたいだし、そろそろ今日の寝床を探した方がよくないですか?」
ラーズ達の後方をついてきていた兵士が声を上げた。
「ヘイジ、お前が休みたいだけじゃないのか?」
声を上げた兵士の隣にいた、メントという兵士がからかう。ヘイジは軽く鼻を鳴らし、
「お客人の為を思って言ってるのさ。何なら一晩中馬に乗ったって構わんぜ、俺は」
「面白い。そんなに体力が余ってるなら、今夜の見張りはまずお前にお願いしようか」
ラーズとリンカに五人の兵士が付き添い続けた旅も、もうじき二ヶ月になる。次の目的地であるケイガで仕事を終えれば、ひとまずキギルに戻る予定だった。
(レオとアーシェラ、どうしてるかな)
脳裏に二人の姿が浮かぶ。レオはアーシェラと共にキギルの屋敷に世話になっている間仕事を探すと言って、ラーズの旅には参加しなかった。
「俺が行っても何もできないしな。何があってもいいように金を稼いでおくよ」
ラーズがいる事で、レオ達兄妹も客人としてしてキギル家に住まわせてもらっているが、もともとレオは働きたがりの男だ。金を稼ぐのが趣味と言いきるような性格なのに何もしないままでいる事が、レオとしては歯がゆかったのだろう。
「それに、ラーズ兄とリンカさんの間を邪魔しちゃ悪いしね」
そうアーシェラがレオと話していたのを耳にした覚えがあるが、それはとりあえず気にしない事にした。
先頭を進んでいたリンカが速度を落とし、中央の集団にまで移動した。
「みんな、ヘイジが休みたいかは別として、そろそろ陽も暮れるし、休めるところを探さない?」
「お嬢様、俺を引き合いに出さないでくださいよー」
ヘイジが苦笑しながらつぶやき、皆が笑う。シンバが考え事をするように軽く唸って、
「ちょうどいい、確かこの先に空き家があったはずだ。そこを使わせてもらおう」
「ありがたいですね、少なくとも野宿はしなくて済むわけだ」
メントがほっとしたように言った。
シンバの言った空き家についた時には、沈みだした太陽が西の空を赤く染めていた。
街道沿いに建てられた空き家の裏には森が茂り、森に入って少し歩くと小さな川と溜池があった。
空き家については、シンバも詳しい事はよく知らないそうだった。
「誰が住んでいたのかは知りませんが、旅人には便利なものでしてね。この辺りを通る時には、何度か使わせてもらった事があります」
空き家の中に入るとまず広い台所があり、隣に大きな部屋が一つ、その他に小部屋が二つある。おそらく大きな部屋が居間で、ほかは寝室だったのだろう。
一応男女に分かれて寝た方がいいだろう、という事で、リンカが小部屋を使う事となった。
馬に積んでいた荷物を降ろし、家の中に持ち込む。旅人がここを通る度に使う為か、古い割に部屋は意外と小奇麗だった。
裏手の森から枯れ木を取ってきて火を起こし、湯を沸かす。携行していた塩漬け肉を茹でて、こちらも携行していた干し麦餅を入れる。これで簡単な雑炊の出来上がりだ。
「早くケイガについて、旨い飯が食いたいもんですね」
皿に注いだスープを飲みながら、メントが言った。隊の中では一番の若手であり、ラーズ達とも年齢が近い。旅の中ではラーズによく軽口を叩いていて、今回も隣にいるラーズに口を開いた。
「ラーズ君はケイガについたらどうする? やることが決まってないなら飯を食いに行こう。あそこは屋台が多いんだ」
「いいですね。ただそんな暇があるかどうか。仕事が終わったら、皆さんすぐジュガンに帰りたいんじゃないですか?」
ラーズが尋ねると、ヘイジが軽く首をかしげ、考える姿を見せる。
「俺は別に、どっちでも。ジュガンに戻ればまた別の仕事があるだけだしな」
「俺、できればケイガで少し時間をとりたいです。実家がケイガにあるので」
既に飯を食い終えたらしく、皿を置いたトーゴが言った。
ヘイジが驚きの顔を作った。トーゴは隊の中では常に寡黙で、仕事にしか興味を示さないような男だ。まさか彼が話に乗ってくるとは思わなかったのだろう。
「へえ、お前実家なんかあったのか。てっきり木の股かなんかから生まれたんだと思ってたぜ」
「怒るぞ」
「いや、悪かった悪かった。じゃあメントとトーゴは残りたいと。ラモンは?」
「少しは骨を休めたいのは正直なところですが。隊長に従いますよ」
ラモンと呼ばれた兵士は、頭をかきながら気弱そうな笑顔を見せた。
「よし、隊長? どうです?」
「そうだな。日程でいえばここまで、予定より早く来ている。一日二日、食料や必需品を集める為という事で時間をとってもいいだろう」
「ありがとうございます、隊長!」
シンバの決定に、メントが嬉しそうに拳を握った。
食事を終えた後、隊は今後の予定について再度話を詰め始めた。旅の日程と明日の目的地に危険が予想される地域など、確認事項を洗い出していく。
それが終わると、寝るまでの間は自由時間となった。しかし自由時間と言えども、周囲には草原以外にはわずかな林と街道しかない空き家だ。町なら盛り場に遊びに出かけるという選択肢もあるが、ここでやる事などほとんど何もない。
結局皆が集まり、再度雑談が始まるのだった。
「しかし、この間の村にいた子には困りましたね」
メントが思い出したように話を切り出した。
「まさかラーズ君がソーン来た動機を、惚れた弱みと考えるとは」
「最近の子供ってのは早熟だねえ。俺があのくらいの頃は、兄貴たちとぎゃあぎゃあ騒いでばっかりだったぜ」
ヘイジもその状況を思い出したのか、愉快そうに笑った。いたずらっぽい顔をして、ラーズの方を向く。
「実際どうだい、ラーズ君。君はリンカお嬢様についてどう思ってるんだ?」
「え? ちょっと」
いきなり話を振られて、ラーズは面食らった。
ラーズもあれ以来、リンカに対する感情について考える事もある。恋愛感情があるかどうか、未だに応えが出ないというのが正直なところだ。
しかし目の前にリンカがいる状況で、それをどう答えるにしても角が立つ。
「その……まあ色々なんていうか……」
言葉を濁すラーズを援護するように、シンバが軽く咳払いをした。
「よせ、ヘイジ。ラーズ君も困っているだろう」
「いや、こりゃ申し訳ない。つい口が滑りました。お嬢様もどうかお忘れください」
「え? ええ……」
リンカの反応は妙に鈍かった。常より頬も赤く見える。ラーズと同じく、話の内容にどう反応するか困っているようだった。
話を切り替えようと考えて、ふとやりたい事が頭に浮かんだ。
「えと、少し外に出て、風に当たってきていいですか?」
何かやる事があった訳ではない。外の風景が見たくなったのだ。
生えている木々やそこで行きている動物、風の匂いすら違うソーンの空気を味わいたかった。
シンバは少し悩み顔を作った。
「構いませんが、誰か護衛についていった方が良いでしょう」
「大丈夫ですよ。そんな遠くまで行く気はないし。家の周りをちょっと歩くだけです」
ただの散歩だし、気を使わせるのも申し訳なかったのだが、シンバとしても護衛としての立場があるのだろう。さらに反論する。
「安全の為です。この辺りにあなたを襲う者がいるとは思いませんが、獣と鉢合わせでもすれば面倒な事になりますし」
「あ、じゃああたしが行くよ」
リンカが軽く手を挙げた。立ち上がり早速靴を吐くリンカに、シンバの渋面が深くなる。
「お嬢様……。お嬢様が護衛をやられても、それではあまり護衛の意味が」
「あたしだって、結構戦えるよ? それに二人なら狼なんかが来ても、なんとか逃げ切れると思うし。もし怪しい奴が来たら呼ぶからさ」
「いやしかし」
「いいじゃないですか、隊長。ちょっと風に当たる程度でしょう?」
悩むシンバに、ラモンが助け舟を出した。横からトーゴが言葉をつなぐ。
「この辺りには、それほど凶暴な獣はいないはずです。よっぽど二人が変な事をしなければ、問題は起こらんでしょう」
「うーん……。わかりました。まあ何もないとは思いますが、くれぐれも遠出はしないように。何かあったら大声で呼んでください。いいですね?」
シンバが念を押すように言い、ラーズとリンカは揃ってうなずいた。




