#17 幼馴染に会いに行こう
マロウ領最大の都市、ジュガン。そこはガレスとの貿易で栄える町であり、キギル家の屋敷が建てられている町でもある。
秘術を学ぶために何でもすると心を決めた後、ラーズはリンカに案内されてジュガンの町を歩いていた。
町には石を重ねて作った立方体の家が立ち並び、通りは人で埋め尽くされている。意外にも通りを歩く人はソーン人ばかりではなかった。青みがかった灰色の肌をした長身の男女が行き交う中、ガレス人の姿も結構な数が見られる。ガレスと隣接している事もあって、互いを行き来する商人も多いのだ。
「しっかし、ほんとでかいね、ソーン人は」
ラーズは思わず嘆息した。リンカと初めてあった時もその大柄な体に内心驚いたものだが、彼女が特別というわけではないらしい。皆ラーズが見上げる程に背が高かった。
「大神アクローは私達ソーンの民に強い体と、優れた感覚を授けたの。あんた達は残念でした、ガレスには大神のご加護が足りなかったみたいだ」
リンカは笑いながら、ラーズの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「どうかな。ガレスの民は体が弱い分、知恵がよく回る頭を大神から授かったぜ」
ラーズは口をへの字に歪めた。ラーズもガレスでは平均以上には背丈があるのだが、この場で言っても虚しいだけだ。
ひとまず話を変えるため、ラーズは口を開いた。
「それより、どのくらいで着くんだ? その訓練の心当たりの人がいる屋敷はさ」
「もうじき。すぐそこに屋敷が見えるでしょ。あそこにいるの」
ランカが指さした先に、周囲の家より一回り大きい家があった。リンカの屋敷ほどではないが家の外観は見事なもので、壁に使われている石も周囲のより磨かれているように見える。
「快癒の秘術を使う人ってのは、あの家の一人娘でさ。あたしと同い年で、幼馴染なんだ」
リンカの言葉はうきうきと弾んでいた。
「すごく頭も切れるし、優しくて人の頼みを断らない、いい奴なんだ。きっとラーズのことも助けてくれるよ」
「仲がいいんだな」
「もちろん。あたしの親友だからね!」
そうこう言っている内に屋敷の門前に辿り着いた。リンカが扉を何度か叩くと、すぐさま扉が開いて中から中年の男姿を見せた。どうやらこの家の執事か何からしい。
「久しぶり、バンバさん。ジュナに用があって会いに来たんだけど、いる? 時間あるかな?」
「これはリンカ様。もちろんでございます。どうぞ中へ。少々お待ちください」
バンバと呼ばれた男に連れられて、ラーズとリンカは応接間へと渡された。リンカの家に勝るとも劣らない見事な織物の数々に、ラーズは思わず息を呑んだ。
待っている間、リンカの幼馴染が果たしてどんな人なのか、ラーズは頭を働かせた。
押しの強いリンカと気の合う人間だ。きっとリンカによく似た一癖ある人間に違いない、などと少々失礼な事を考えていると、不意に扉の外から物音がした。
「嫌! あたしは絶対嫌!」
「ジュナ様。リンカ様がこうして自分から会いに来られたのですから、そのようにわがままを言わずとも」
「いーやー! あんな薄情者になんて二度と会わない! 絶対会わない! あたしは絶対許さない!」
「……」
部屋の外から聞こえる甲高い女の怒声と激しい物音に、思わず二人の間に沈黙が流れた。
「……親友なんじゃなかったっけ?」
半眼で眺めるラーズに、リンカはごまかすように苦笑いを見せた。
「あの子はちょっと、思い込みが激しいのが玉に瑕で。定期的に拗れる事があるっていうか、なんていうか……」
なんとも歯切れの悪い言葉だった。
やがて音が静まってしばらくした後、扉を開けてジュナが姿を現した。後ろにはバンバを連れている。
ソーン人らしく長身ではあるがリンカと比べるとずいぶん細身で、起伏の少ない体をしている。リンカと同年代ならせいぜい十八かそこらだろうが、幼さが残る顔立ちもあって、実年齢よりだいぶ年下に見えた。ラーズの予想とはだいぶ違い、落ち着いたお嬢様と言った感じだ。
部屋に入ってから着席するまで、ジュナのリンカを見る目は鋭かった。もし視線が刃物に変わるならば、リンカは今頃血まみれになっていた事だろう。
険悪な空気を感じて、ラーズも思わず姿勢を正した。
「えっと、ジュナ。久しぶり。今日はちょっとお願いがあって」
「そちらの方。ガレス人ですね」
リンカの言葉を無視して、ジュナはラーズに視線を向けた。リンカを見る時よりは穏やかだが、力のこもった目つきに少々気圧されながら、ラーズは頷いた。
「ラーズ・ベルレイです。ガレスから来ました」
「カイズ家の長女、ジュナ・カイズです。お見知りおきを」
「ジュナ、ここはあたしが紹介するところでしょ?」
リンカが不満を口にすると、ジュナの顔つきは更にこわばった。
「あらリンカ・キギル様。わたくしは今この方とお話の最中ですので、少々お待ちいただけませんこと?」
「変な言葉使いやめてよ。ひょっとしてまだ怒ってるの?」
「怒ってるかって? 当たり前じゃない、この薄情者」
ジュナの目が光った。歯をむいて怒りを露わにする。
獲物に襲いかかる獣の動きだな、などとラーズは隣で見ながら思った。
「あたしと一緒にガレスを旅行しようって誘っておきながら、結局一人で行っておいて」
「うわ」
そりゃひどい、と思わず口にしそうになるのを、ラーズは何とかこらえた。わざわざ怒りの矛先をこちらに向ける趣味はない。
「あなたと一緒の旅、あたしがどれだけ楽しみにしてたか分かる?」
「あれはそっちが急用ができたからでしょ」
「そこはあたしを待てばいいでしょう?」
「だってあんたを待ってたら、継承の儀を見逃してたんだよ?」
「あたしとガレスの儀式とどっちが大事なのよ!」
「そういう問題じゃないってば!」
二人から発せられる言葉の勢いはどんどん強くなり、ついには立ち上がって相手を非難し始める。二人の口喧嘩を、ラーズはあっけにとられながら眺めていた。
どれほどの時間が流れたか。やがて言いたいことを言い切ったらしい二人は肩で息をしながら、椅子に倒れこむように腰を下ろした。
「わかった、ジュナ。今回の事はあたしが悪かった。それは認める。ごめん」
「いいの。こっちもちょっと言い過ぎたところもあるし。ほんのちょっとね」
言いたい事を言ってすっきりしたようで、二人から険悪な空気はだいぶ薄れていた。バンバが後方で止めようとしなかったところから見て、恐らく二人のやり取りは昔からよくある事らしい。とりあえず怒ったら後はもう仲直り、という間柄なのだろう。
(ソーン人ってみんなこうなのか……?)
果たして自分はソーンでやっていけるのだろうか。などとついつい考えるラーズだった。
「それで、今日来た理由は何なのかしら」
ジュナの質問に、リンカが答えた。継承の儀でラーズが天奏の秘術を継承した事。それ以来王家に追われてソーンに逃げ出し、そこで天奏の秘術をシモンに見せなくてはならなくなった事。流れるように話を進めていく。
「でもラーズは、天奏の秘術をどう使えばいいか、上手く分からないらしくってさ。だからジュナが快癒の秘術を使う為の訓練法に、何かヒントがないかと思って教わりに来たわけ」
「快癒の秘術の?」
ジュナが疑問の表情を作った。ラーズに顔を向けて、
「ラーズさん。天奏の秘術の事は噂には聞いていますけれど、快癒の秘術とは全くの別物なのでは? 訓練をされても、それで天奏の秘術を使えるようになるとは思いませんが」
「それは確かにそうなんですが、正直言うと他に手がかりがないんです」
ラーズは思わず苦笑した。
「ただ天奏の秘術も快癒の秘術も、元は大神アクローの御使いが授けたものと伝えられてますから。そこに何かつながりがないかと思って」
「なるほど。でも上手くいくかどうか……」
「お願いします」
ラーズは立ち上がり、深々と頭を下げた。いきなりの事に、ジュナが戸惑いの顔を見せる。
「ちょ、ちょっと。いきなりそんな」
「今俺は、キギルの家や大勢の方々に恩があるんです。どうにかして、その恩に報いたいんです。お願いします」
「あたしからも頼むよ、ジュナ。ラーズが秘術を使えるようになれば、ソーンの天気も変えられる。そうすれば旱魃続きで荒れた畑だって良くなるし、枯れた川だって元通りになる。領民の生活も安定する。でしょ?」
「ちょ、ちょっと。そこまで重大な話だったんですか? もう……!」
二人の勢いに押されて、ジュナは困り顔でため息をついた。
「わかった。わかりました。訓練をいたします。ですが、それで秘術を使えないまま終わっても、私に文句を言わないでくださいよ」
「ありがとうございます!」
「ありがとう、ジュナ! さすがあたしの親友だよ!」
駆け寄って抱きしめるリンカに、ジュナは戸惑いながら、まんざらでもなさそうな笑顔を作った。




