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#16 ソーンの空に挑め

 風が心地よく吹き、どこかから鳥の鳴き声がする。風は数日前まで浴びていたそれより乾いていて、嗅いだことのない香草の匂いを連れてくる。

 日が天頂近くまで上り、やがて西の空へと落ち始める頃。雲ひとつない快晴の空が、視界いっぱいに広がっていた。

 美しい光景だ。しかしそれとは裏腹に、太陽の光はラーズの肌を容赦なく焼いていた。ガレスとソーン、同じ空のはずなのに太陽はまるで別物のようだ。


「くそっ……」


 天を眺めながら、ラーズは思わず毒づいた。この青空を変える事ができない限り、ここに残る事はできない。


 雨を降らせようとしてキギルの屋敷にある広い庭のど真ん中に座ったまま、既に半日が経っていた。

 庭に生えている様々な草木は、庭師によって丁寧に整えられているらしい事が見てとれるが、どれも弱々しく萎れていた。ガレスならばうんざりする程の雑草もほとんどなく、あっても枯れ気味だ。

 ソーンが苦しんでいるというリンカの言葉は、どうやら正しかったらしい。


 シモンからの依頼を、結局ラーズは受けることにした。というよりは、受けざるを得なかったという方が正しい。


(もうガレスには帰れないかもしれない)


 ラーズにはそういう思いがあった。危急の理由があったにしても、個人的な感情で関所を破り、転送門を勝手に使用した。ガレス王家としては、ラーズを罪人として裁くには十分な理由だろう。

 何より自分を殺そうとし、アーシェラを傷つけた王家を信じる事はラーズには難しかった。頼る者のない異国で暮らすには、キギル家との繋がりは何としても捨てたくないところだった。


 幸いにも、ラーズには天奏の秘術がある。しかしリンカから話を聞いたとしても、シモンはラーズの力がどの程度のものなのか、見なければ信じないだろう。

 ソーンでの生活をやりやすくする為には、シモンとソーンにとってラーズどれだけの価値を持つ存在かを示す必要があった。


 それからずっと外に出て雨を降らせようとしているのだが、空は全く反応を見せなかった。

 ラーズは立ち上がり、両手を天に伸ばした。雨よ降れ、と念じるが、暖かい風が虚しく吹くだけだ。


「おう。どうだ、調子は」


 声をかけられてラーズが振り向くと、レオが手に籠を提げて立っていた。


「レオ」

「その調子じゃ、まだまだみたいだな。とりあえず飯にしようぜ。ここの料理人に頼んで作ってもらったんだ」

 籠にかけられていた布を取ると、白く平たい焼き餅のようなものが並べてられている。焼き餅には切り込みが入り、中に色とりどりの肉や野菜が詰められていた。


 ラーズは礼もそこそこに、餅を手に取った。麦の粉をこねて作る麦餅は、ソーンでは一般的な主食らしい。中に詰められている具も、ガレスでは見ない香辛料がくせになる味付けだ。

 二人で庭に座り、しばらく黙々と餅を頬張った。貴族の敷地内で美味い飯を食べ、のんびりと過ごす。もし旅行に来ているなら、最高の思い出になるところだ。


「どうよ、雨、降らせそうか?」

 最後の麦餅をぱくつきながら、レオが尋ねた。


「どうかな。正直言うと全然自信がないんだ。何やっても上手くいかなくって」

「こないだ関所で雷を落としただろ? 兵隊さんの前で啖呵まで切ってたじゃねえか」

「確かに、あん時はできてたよ。でもあれをどうやってたのか、今考えても全然分からないんだ」


 少なくともこれまでの間、ラーズが天奏の秘術で何度か天候を操作してきたのは間違いない。しかし、それを自分の意志で使う方法が分からないのだ。

 村で雨を降らせ、地震を起こした時。転送門の関所を破る為、雷を落とした時。これまで自分が天変地異を起こした時を思い起こし、やり方を考えるのだが、どうしてもきっかけが掴めなかった。

 たっぷりと水を貯めた瓶がそこにあるのに、蓋の開け方が分からない。そんなもどかしさがあった。


「まあ、領主は当分置いといてくれるって言ってたし。ゆっくりやり方を探っていけばいいだろ?」

 軽い口調のレオに、ラーズは眉を寄せた。

「それじゃ遅いんだよ。向こうはいついつまで、って期限を決めてないだろ。俺が秘術を使いこなせないなら、領主に俺達を置いとく価値がない。さっさと放り出すさ」


 ラーズはため息をついた。シモンが娘の連れてきた異国の友人を無償で手助けしてくれるお人好しだと、期待するのは難しい。

 仮にもしそんなお人好しだったとしても、このまま助けられたまま、負い目を感じて過ごすのは嫌だった。たとえ身分は違っていても、リンカとは対等の友人でいたかった。


 レオが軽く笑った。

「放り出される、か。そん時はそん時だ」

 ラーズは目を見開いた。


「どこに言ったって、俺達が揃ってりゃなんとかなるよ。お前が狩りをして、俺が商売して、アーシェラにはいろいろ手伝ってもらって。ガレスには戻れないかもしれないけど、なんとか暮らしていこうぜ」

「お前はいいのかよ、それで」

「屋敷に来てから、十分贅沢はしたよ。あのまま村に残ってたらアーシェラは死んでた。もう十分だ。アーシェラが元気なら、俺は何も文句はない」


 レオはそう言うと、ラーズの胸を軽く指さした。


「お前は心配しすぎなんだよ。先のことをあれこれ考えすぎだ。もっと気楽にいけよ。お前の親父さんもよく言ってたろ。考えすぎると感じ方がわからなくなるってな」

「……そうだな。まだ時間はある。いろいろ試してみよう」

 レオの能天気ですらある励ましが、ラーズには嬉しかった。


「あれ、レオもいたんだ」

 背後からの声の主はリンカだった。ラーズとレオは立ち上がってリンカを出迎える。

 リンカは挨拶もそこそこに、空を見上げて軽く困り顔を作った。


「雨を降らせるの、難しいみたいだね。こないだは地面まで揺らしてたのにどうしたの?」

「あの時どうやったら雨を降らすことができたのか、いろいろ調査中だよ。そっちこそ、お嬢様なのに勉強とかしなくていいのか?」

「旅から帰ったばっかりだからね。当分はお休み」

「ずいぶん気楽なんだな」

「どうせ家はあたしより優秀な兄さんが継ぐもん」


 リンカは余裕の顔を見せると、レオの目が好奇心で輝いた。

「リンカの兄さんってどんな人なんだ? 親父さんがあんなごっついのだし、きっと英雄譚に出てくる将軍みたいな顔なんだろ」

「まあ、かっこいい人だよ。あたしが子供の頃から色々手柄をあげてるし、国でも結構有名で……いや、それはまあいいじゃない」


 話していて恥ずかしくなったのか、むずがゆそうな顔になったリンカが話を切り替える。


「それより、今はあんたの方が問題でしょ。天奏の秘術の使い方が分からないんだったら、お父様は多分あんた達を放り出すよ」


「マジかよ。やべーな……。さっき話してた通りじゃねえか」

 レオが困り顔を作った。ラーズも眉を寄せ、軽く頭をかく。


「俺だってどうにかしたいけど、使い方が分からないんじゃどうしようもないよ。一体歴代のガレス王はどうやって使ってたんだか」

「天奏の秘術を受け継いでるのは一人しかいないものね。快癒の秘術なら、秘術を使うための訓練とかあるんだけどね……」


 ため息と共に発せられたリンカの言葉に、ラーズの頭にひらめくものがあった。


「なあ、その快癒の秘術なんだけど。それを使うための訓練、俺もやらせてもらう事はできないかな」

「快癒の秘術を? でも天奏の秘術と快癒の秘術じゃ、力も全然別物じゃん」

「だけど同じ大神の御使いから授けられた力なんだ、なにか共通点があるかもしれない」


 ラーズは意気込んで言った。

 レオはああ言ってくれたが、やはりこの兄妹に大変な思いをさせたくなかった。ゴードに約束した通り、自分には家族をちゃんと元の生活に帰す義務がある。

「この際なんでもやってみるよ。頼む」

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