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#14 転送門、起動

 ラーズ達は馬のまま屋根の下に入ると、馬から降りた。


「ちょっとお願い」


リンカは背負っていたアーシェラを下ろし、レオに預けた。村を出る時に着せたコートの中で、アーシェラは荒い息を繰り返していた。長時間雨の中を馬に揺られた事でだいぶ疲弊していたが、まだ息はある。


「安心しろ、アーシェラ。兄ちゃんたちがすぐお前を元気にしてやるからな」


 レオがアーシェラを抱きしめて声をかけた。アーシェラに聞こえているかは分からないが、レオとしては言わずにいられないのだろう。自分の声が妹の助けになると信じたいのだった。

 ラーズは首を回し、建物の中を眺めた。


「これが、転送門……」


 遠くから見ればただの雨宿りの場所にしか思えなかったが、中に入ると異質さが分かった。床は磨き抜かれた黒曜石の鏡のように滑らかだ。周囲を支える柱は金属製だが錆一つ浮いていない。天井には奇妙な魔法陣のようなものが描かれており、建築様式はガレスとは全くの別物だ。


 建物には風化、劣化した箇所はほとんど見られない。数百年、あるいは数千年前に建てられたものであるなど信じがたかった。

 ラーズが周囲を眺めている間に、リンカは床の中央にある金属の杭のようなものに近寄っていた。何度か触れたり押したりしていたが、反応がないのを見ると忌々しげに舌打ちする。


「ラーズ! こっち来て!」


 ラーズはリンカの下へ駆け寄った。屋根を支える柱と同じ金属でできた杭が、床からラーズの鳩尾あたりの高さまで生えている。杭の天辺には、床と同じ黒い板が貼られていた。


「あんたの力がいる。門を起動させて」

「起動させるつったって、一体どうすりゃいいんだよ。俺は転送門なんて話に聞いただけで、実際見たのも初めてなんだぜ」

「いいから。まずそこに手を押し付ける!」


 言われるがままに、ラーズは杭に貼られた板に右の掌を押し付けた。冷えた板の感触が掌に伝わり、手から熱を奪っていく。

 それからどうする、と聞こうとした時に、板から光が発せられた。

 板は雷のように一瞬だけ光るとすぐに元に戻り、代わりに動物の鳴き声のような、奇妙な音が天井から鳴った。


「よし、ラーズ。次はこう言うの。『転送門起動、転送先一覧表示』」

「えっと……? 転送門起動、転送先一覧表示?」


 リンカの言葉通りに繰り返すと、ラーズ達の目の前に、薄い光が板となって現れた。半透明の光の板には精密な絵が描かれていて、ところどころに光点が点滅している。

 なんの絵かと思ったところで、ラーズは不意に気付いた。

 地図だ。ガレス、ソーン、更には見たこともない遠方の国々まで示した地図が、様々な色を用いた光によって描かれていた。


「それでここを選択!」


 リンカが指を伸ばし、地図上の光点に触れた。ちょうどソーンの東端、ガレスと隣接する地域だ。

 光点に触れると、地図の横に新たな光の板が現れた。新しい板では光の塊が、中央でぐるぐると渦を巻いている。

 数秒待ってもそのまま映像は変わらず、ラーズは眉を寄せた。


「なあ、これどうなってるんだ」

「向こうの応答を待ってるの。転送門は行く側と迎える側、両方が許可しないと移動できないんだ」

「なあリンカ、君はなんでここまで転送門に詳しいんだ?」


 頭に浮かんだ疑問をラーズは口にした。

 転送門の使用方法を知っているのは、貴族の中でもよほど上位の者だけだ。ガレスでは一般に解放されている門でも、使用にはそれ相応の貴族の許可がいる。ソーンもおそらく同じはずだ。

 リンカはひょっとしたら、自分が思っているよりもかなり高位の貴族なのかもしれない。


 ラーズがそう思った時、光の渦が切り替わり、映像を映し出した。リンカと同じ青い肌をした兵士たちを背後に従えて、高価そうな衣服に身を包んだ男が現れた。泥鰌髭を丁寧に整えた中年の男は、ラーズを見てあからさまな渋面を作っていた。


「ソーン王国マロウ領、転送門管理官、ガモン・サンドだ。転送門使用の要請を取得したが、君は何者かね? 新規の転送門の使用など、私は聞いておらんぞ」

「あの、えっと、俺は」

「大体、発信元はガレスではないか。ガレス人がソーンに個人で転送門を使用? 一体どういう事なのだ」


 矢継ぎ早に質問され、ラーズは答えるのに窮した。そんな事を話し、手続きを取っていれば、兵士たちに捕まるのは火を見るより明らかだ。

 どう説明するか考えている間にも、ガモンの口からは次々と詰問の言葉が放たれていく。


「ガレスとソーンは比較的友好関係にあるが、それは手続きを無視してよいという訳ではないぞ。君の氏名、転送門の使用目的を述べたまえ」

「あたしはソーン王国マロウ領領主、シモン・マロウ・キギルの末娘、リンカ・マロウ・キギル!」

「げぇっ!」


 横から割り込んだリンカの一喝に、ガモンが悲鳴に近い声を上げた。先程までの、尊大で面倒臭そうにしていた顔は一気に吹き飛び、泣き顔と作り笑いが入り混じった、なんとも言い難い顔に固まる。


「り、リンカお嬢様? 何故そのようなところに……」

「今急いでるの! さっさとここにいる四人を転送して!」

「いや、いやしかし、手続きがですな。私としても、あまりそういう前例を作るわけには」

「いいからさっさとして! 事情は後で説明するけど、あたし達は今兵隊に追われてて、一人は大怪我してるの!」

「は、はいぃ! すぐさま! すぐさま転送いたします!」


 ガモンが泣きそうな顔で、後ろの兵士たちに命令を下していく。それを見て、リンカはやっと安心したようにため息をついた。


「……リンカ、君ってそんな大貴族だったのか」


 ラーズは驚きと感嘆が入り混じった声を発した。貴族の娘だとは聞いていたが、想像よりも遥かに上の大物だったらしい。


「言ったでしょ? あたしの家ってそこそこお金持ちなんだよ」

「そこそこ、ね。外見からは想像もつかなかったよ」

「おい、和やかに話してる場合じゃねーぞ!」


 レオの言葉を受けて、ラーズは振り向いた。ラーズ達が入ってきた門から、白い鎧を身にまとった男たちが次々と姿を現してきていた。雷の衝撃から覚め、関所の被害状況を確認しに来たのだろう。そしてラーズ達が転送門を使用しているところを目撃したわけだ。


 当然、兵士たちはラーズ達を捕らえようと走り始めた。五人、十人、次々と兵士たちは扉から出てきて、ラーズ達にまっすぐ向かってくる。


「リンカ、転送までどのくらいかかるんだ?」

 レオが焦り顔で尋ねた。リンカは肩をすくめる。


「わかんないよ。正直ここまで来たら向こう次第!」

「嘘だろ? ここまで来て捕まりたくないぜ!」

「じゃあ追い払うしかないな」


 ラーズは空いている左手を兵士たちの方へ向けた。先程もやった事だ。必ずできる。


「目をつぶってろ! 耳も閉じとけ!」


 リンカ達にそう言い、意識を集中させて一秒、二秒。天にため込まれた力の塊を落とす事をイメージする。

 それが起こせると直感した時、ラーズは片手で目を塞いだ。次の瞬間、極大の光の塊が転送門に迫る兵士たちの前に落ちた。

 目をつむっていても光が網膜に残像を作る。轟音が耳をつんざき、帯電した空気が、全身をちりちりとくすぐった。雷は地面を深くえぐり、周囲に焦げた匂いが漂った。


 兵士達に被害が出ないように威力を調整して落とした雷だったが、兵士たちに恐怖を植え付けるには十分だった。音と光に倒れ転がった兵士たちは、立ち上がりはしても明らかに腰が引けていた。再びラーズ達に近寄るのをためらっている。


「聞け! ガレスの兵士!」

 雨にも負けない怒声に、兵士たちが弾かれたようにラーズの顔を見た。

「俺は天奏の秘術の継承者、ラーズ・ベルレイ! 俺を止めようとするのは、即ち天に逆らう事! 大神アクローに逆らう気のある者だけ、かかってこい!」


 ハッタリの大音声を発し終えたと同時に、転送門が転送を開始した。

 黒い床全体が光を放ち、ラーズ達の体を包み込んでいく。

 やがて光が収まり、奇妙な音と共に転送門が停止すると、ラーズ達はガレス国内から、完全に姿を消していた。

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