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#13 天が怒る時

 キーストン転送門はガレス王城から北東部、ちょうど北の山脈の麓に位置している。交通の便は悪く、近くにある町も大して栄えていない。


 規模によっては大陸の端から端まで一瞬で移動できる、転送門の価値は確かに大きい。しかしキーストンの転送門は王都から近すぎる為、常に開け放っていては外敵の侵入を許しかねない危険があった。

 その為、キーストンでは通常、門を使用できないように制限がかけられている。加えて転送門をぐるりと囲うように壁が作られ、門の守護と監視を目的とした関所が作られている。規模は小さいが警備兵も配置されていた。


 その警備兵の中の二人が関所の中の休憩室にこもり、退屈な時を過ごしていた。

 二人は机を挟んで向かい合い座っていた。机の上には正方形の盤が置かれ、様々な形をした駒が並べられている。地元では有名なボードゲームだ。


「……ったく、いつまで降るのかね」


 黒髪の兵士は四角い顔を嫌悪の表情に固めたまま、文句を吐き出した。

 若い男だ。体も大きく、仕事を与えられれば馬車馬のように働く事だろう。しかし今は他にやる事もなく、同年代の兵士と娯楽にふけっていた。

 もうじき昼を迎えようという時間なのに、窓の外は真っ暗で、雨が滝のように降り続けている。


 彼が物心ついた時から、見たことのない光景だった。

 例年ならば今頃は、一週間に一度か二度、大地を潤わせる雨がさらさらと降り、後は雲一つない晴れた空が続く。それがガレスの春というものだった。それもこれも、天奏の秘術あってのものだ。


「ここんとこ、天気が不安定だな。王家の不甲斐なさに、大神アクローもお怒りか」


 テーブルを挟んで向かい側に座る、茶髪の兵士がつぶやいた。休憩中だからといって、関所の中では遊び回る訳にもいかない。わずかな金で賭け事に興じて時間を潰すのが常だった。


「不甲斐ない、ってお前。誰かに聞かれたら大目玉だぞ」

 黒髪の兵士が声をひそめて言うが、言われた側は涼しい顔をして肩をすくめた。

「どうせ誰も聞いちゃいないさ。それに、王家が秘術を奪われた事は事実だろ」


 数日前の継承の儀で天奏の秘術が奪われた事は、二人も既に連絡を受けて知っている。しかも秘術を奪った男は、なんと十七かそこらの若者だという話だった。

 自分達より若いというのに、そんなものを手に入れるとは。二人は若者に対して怒るよりも驚き、感心すらしていた。


 二人は幼馴染であり、遠方にある小さな農村の出身だった。田舎で毎日かわりばえのしない、退屈な仕事をして生きていくより、いっそ兵士になって危険と隣合わせの人生を送ろう。どうせなら出世できる可能性のある仕事につこう。そう二人は誓い、兵に志願した。

 しかし望みとは裏腹に、与えられた仕事は閑職と言っていい内容だった。


 敵地と隣接しているわけでもない、国内の停止した転送門を監視する関所の警備。門を使える者は国内にすらほとんどおらず、その使える者がここに来る事も滅多にない。門の機能を停止している以上、敵国がここを無理やり通って来る事もできない。

 門の周辺を石壁で囲み、関所を作っているのは、門が想定外で使われるいざという時の為に、誰か見張りを用意しなくてはならないからだ。


 ある意味では故郷で畑仕事をするよりも虚しく、代わり映えのしない毎日を、二人は送っていた。


 一瞬、窓の外が室内よりも明るく光った。数秒して、雷鳴が腹の底まで震わせた。

 二人は思わず、全身を硬直させた。兵士たちが生まれて初めて雷を見たのは、わずか数日前だ。天の怒りかと思う衝撃に、二人は椅子から転げ落ちるほどに驚いたものだった。

 もうだいぶ慣れはしたものの、光と轟音を見るとどうしても体がすくむ二人だった。


「王家が秘術を取り戻すまで、この空は続くんだろうな。さっさと終わらせてほしいよ。雨の中歩哨に立ちたくねえ」


 盤の駒に手を伸ばしながら、茶髪ががため息混じりに呟いた。黒髪も同意見だった。王家が代々引き継いできた秘術など、下っ端にとってはまさに雲の上の話だ。

 茶髪が駒を動かした。次の手を考えながら、黒髪は口を開いた。


「こう言っちゃなんだけどよ」

「ん?」

「天奏の秘術が奪われて、そっからもっと大きな事件でも起きないか。そんな事を、俺は思ってたりするんだ」


 今度は茶髪が驚きの表情を見せた。


「おいおい、俺より無茶苦茶言う奴だな」

「別に、戦争でも起きてくれ、なんて言わねえよ。ただ今のままじゃ退屈すぎるだろ? 何かでかいことでも起きてほしくってさ。お前だって同じ気持ちだろ?」

「ま、分かるけどな。ドーンと、なんか派手な事でも起きればな」

「そう、ドーンと」


 轟音が耳をつんざいた。

 二人の会話に応えるように、雷の閃光が窓の外いっぱいに広がる。雷音と共に、何かが砕ける轟音が耳をつんざき、振動が関所全体を揺らした。


「ヒィッ!」

「ギャッ!」


 二人が同時に悲鳴を上げた。文字通り椅子から転げ落ち、机の下に隠れ、頭を抱えて丸くなる。傍から見れば情けない姿勢だが、男たちの頭にそんな事は浮かびもしなかった。

 間を置かず、雷が落ちる。轟音と振動が二人を襲う。


 黒髪は恐ろしい事に気付いた。雷が発する光と音と振動が、ほぼ同時に感じられている。

 続けて落ちてくる雷はすべて、この関所目掛けて落ちてきているのだ。


 こんな事がありうるのか。そう思った矢先に、またしても光と轟音が襲った。まるで天に住まう神が不敬なる者共に悔い改めよと警告しているかのように、黒髪には思えた。


「ああ、神よ、大神アクローよ。どうか私の愚かな言葉をお許しください。悔い改めます。どうか、どうか……」


 恐怖から逃れようと、兵士は必死に悔恨の言葉を口にするのだった。



 五度目の雷が落ちた時、関所の門は完全に破壊された。分厚い樫の板で作られた巨大な門も、雷の熱と衝撃に耐えきれない。指向性を持たせた雷が関所を攻撃するさまは、まさに神の力と言うべきものだった。

 門が赤く燃える破片に砕けて飛び散ったのを見て、ラーズは拳を握りしめた。


「よし!」

「すっげ、やべーな……」


 レオが隣で茫然としながら呟いた。天奏の秘術が、ここまで細かく天候を操作できるとは思いもしなかったのだろう。


「お前の秘術って、どこまで天気を操れるんだ?」

「知らん。正直どうやってるのか俺も分かってない!」

「今はそんな事、話してる暇ないよ!」


 リンカに一喝され、ラーズもレオも顔を引き締めた。重要なのはこれからだ。

 三人は馬を走らせ、関所に向かった。

 関所は高い石壁が四面を囲むように建てられ、石壁の交差する点に円柱状の石塔が建てられている。建物としてはそれほど大きなものではなく、建物の上に立つ人の姿もまばらだ。

 この雨で、ラーズ達の姿は門番からは見えにくくなっているだろう。加えて先程の雷によって、外に出ていた門番達も身を潜めている。今ならば誰にも見つからず、関所の中にある転送門まで入り込めるはずだ。


 ラーズ達の乗る三頭は、砕けた門の跡に突っ込んだ。雷の熱によって赤く燃えた門の破片をかわしながら進む。兵士たちに出会う事もなく、馬はあっさりと門を抜けて関所の中庭に入った。


「ああ、俺達大悪人になっちまったな……」

 レオがしみじみと呟いた。ラーズは何か言ってやろうかと思ったが、考えるよりも先に目的の物が見えた。

「転送門だ!」


 リンカが嬉しそうに言った。


 青々とした芝生が一面に生えた広い中庭の中央に、長径が六ハイデル(約十メートル)ほどの、六角形をした建物があった。壁はなく、六本の柱が六角錐の形をした屋根を支えている。


「あれが転送門? 嘘だろ?」

 レオが疑問の声を投げかけた。大陸の端から端まで人や物を瞬時に飛ばす古代の遺物、という前評判を思うと、確かに違和感のある代物だ。場所が場所ならば、雨宿りの為に作られた休憩所のようにも思えた。

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