#11 豪雨の中を突っ走れ
長く続いていた地震は収まりだしていたが、風雨は更に勢いを増していた。雨風が激しくなればなるほど、ラーズ達を追いかける事は難しくなる。ラーズはそこまで考えたわけではないし、大体今の天候をどう操作しているかも理解できていない。だが今のこの状況は自分が起こしているのだと、ラーズは直感していた。
混乱の極みに陥った兵士たちの間を突っ切り、ラーズ達は逃げ出していた。予想もしない状況に遭遇した人間の心は脆いものだ。雷が光るたびに兵は神の怒りに触れたと怯え、祈りを捧げるものすら現れていた。ラーズの動きに反応できる者は誰もいなかった。
「いた!」
前方にいた馬を見つけたリンカが、真っ先に走り寄る。兵士たちが乗っていた戦馬だが、乗っていた兵士は先程の地震で驚いた馬に振り落とされたらしい。
手綱を握ると馬はいやいやをするように動いたが、リンカは慣れた手付きで動きをを封じた。アーシェラを担いでいるとは思えない手際の良さだ。
リンカはラーズに向かって手綱を突き出した。
「馬! 乗って!」
「よ、よし!」
ラーズが手綱を受け取ると、リンカは近くにいた別の馬を捕まえる。
「よし、それじゃ行こう」
「おい、お前ら! 俺を置いていく気か!」
同様にして、近くの馬に乗ったレオが、抗議の声を上げた。
思わずラーズは眉を寄せた。
「レオ。お前まで行かなくても」
下手をすればレオもラーズの仲間として、反逆者として追われる身だ。しかしレオはラーズが言う前に手で制し、いつになく真剣な顔で返答した。
「くだらない事言うなよ、ラーズ。妹を助けるのは兄の務めなんだよ。大体人手があったほうがいいだろ?」
「いや、だけど……」
「今は言い争ってる暇はねえ。なあ、さっさと行こうぜ、リンカ」
「そうね。今はどうこう言ってる場合じゃない」
あっさりと答えるリンカに、ラーズは頭をかいた。
「ああもう……。後で文句言うなよ!」
三人が馬を進めようとした時、雨の中をこちらに近づく人影が見えた。ついに兵士に見つかったか、と馬を走らせようとした直前に、野太い声が闇夜から聞こえてきた。
「ラーズ! レオ!」
「叔父さん?」
「親父!」
振り返った先にいたのは、予想通りゴードだった。何が起きたのか困惑しているのは顔を見れば明らかだ。しかし村を襲った地震と雨に、何かとてつもない事が起きたのを感じ取ったのだろう。着るものも雑に、ラーズ達を走って探し回っていたのが外見から見て取れた。
「ラーズ、レオ! 一体どうなってるんだ? 外に兵隊が集まったと思ったら、この雨だ。一体何が起きてる?」
尋ねながら近寄ってきたゴードの目が、リンカの背に固定されたアーシェラに気付いた。驚愕と恐怖が入り混じった顔で、レオの馬に駆け寄る。
「アーシェラ! レオ、アーシェラは無事なのか?」
「親父、悪いけど後にしてくれ。俺達はアーシェラを治療しに行くんだよ」
「治療? 何があった! 一体何があったんだ! ラーズ、この雨も地震も、お前が起こしてるのか? お前は何をしでかしたんだ!」
悲痛な叫びが、ラーズの胸に突き刺さった。この荒れ狂う空も、大地の唸りも、ラーズの怒りが天地に放たれた結果だ。そのせいで、村中の人間が怯え、その原因を恨んでいる事だろう。
だが今は、それを謝って回る暇はない。
ラーズははやる気持ちを抑え、なんとか言い聞かせるように言葉を口にした。
「叔父さん、詳しい事を説明してる暇はないんだ。アーシェラは大怪我をしてる。この辺りには助けられる人がいない。だから、助けられる人のところに行かないといけないんだ」
「ラーズ……」
「時間はかかるかもしれないけど、いつか元気になったアーシェラを、村まで送り届けるよ。その為なら、俺はなんだってやる。だから、少しだけ待っててほしい」
暗雲と風雨の中でも、ラーズを見つめるゴードの顔はよく見えた。責めているのではない。娘を助けると言った家族の、その眼差しの真剣さを問うているようだった。
「……行ってこい」
やがて、ゴードはうめくように口にした。
「叔父さん」
「その代わり、アーシェラを必ず助けてやってくれ」
「わかった」
そのままゴードはレオの方を見て、
「レオ、妹を頼んだぞ」
「分かってるって。兄貴の仕事はきっちりやるよ」
「うむ。リンカさん、あんたも大変だとは思うが」
「大丈夫。ラーズがいてくれるなら、アーシェラちゃんは助けられます。必ず」
リンカの言葉に、ゴードは頷いた。
「じゃあ、行ってくるよ。叔父さん。必ず戻るから!」
そう言うと、ラーズ達は馬を走らせた。
後ろは振り返らなかった。目の前には暗闇が広がり、雨と風が全身を責める。
追いかける兵士も、姿を見る村人もいない中、ラーズ達は村の門を抜け、山道を駆け抜けていった。
「それで、アーシェラを治療するって、一体どうやるつもりなんだよ?」
雨の勢いに負けないように、レオが大声を出した。既に三人の乗る馬は山を下り、村からはだいぶ離れたが、雨雲は周辺一帯を大きく包んでいるようで雨も風も勢いが衰えない。この調子では例え兵士たちがすぐにラーズ達の後を追ったとしても、探し出すのは簡単にはいかないだろう。
「リンカ、アーシェラの調子はどうだ?」
先頭を行くリンカの隣に移動し、ラーズは尋ねた。
「かなり息が荒いね。矢は刺したままだから血は出てないけど、できるだけ早く看せないと」
「リンカ! 君には助ける案があるんだよな? 近くに医者はいない事はないけど、アーシェラの傷を治せる名医はいないぞ?」
「分かってる! ガレスの医者に見てもらうつもりはないよ! アーシェラちゃんを助けられる人ってのは、ソーンにいるんだ!」
「ソーン?」
「お前、正気かぁ!?」
男二人がほぼ同時に、素っ頓狂な声を上げた。
「ソーンまでどんだけかかると思ってるんだよ! このまま馬をぶっ飛ばしても五日はかかるんだぞ!」
レオの声には怒りがこめられていた。状況が状況だけに、ラーズも止める気にはなれなかった。だがリンカは顔色一つ変えず、
「そんなの分かってる! あたし達は馬でソーンまで行かない! 転送門を使う!」
「転送門?」
「この近くに転送門を守る関所があるのは知ってるでしょ?」
確かにラーズの記憶によれば、馬で一時間ほどの場所に小型の転送門があった。しかしあれは一般に解放されている門と違い、特殊な門として普段は停止されているはずだ。
「そこを使って、ソーンまで一瞬で飛ぶ! そうすれば、ソーンの医者の所には昼前に着くよ!」
「おま、お前、そんな……?」
レオのうめきは声にならなかった。当然である。要するに関所破りをしようと言っているのだ。
声を失ったレオに代わって、ラーズが反論した。
「リンカ、分かってるのか? 転送門を勝手に使うって簡単に言うけど、無茶がすぎるぞ! 確かに近くに転送門はあるけど、あそこを使うには王家が使用許可を出す必要があるんだ!」
「ちょっと違うよ! 転送門を使用する為に必要なのは、王家の許可じゃない。大神から与えられた秘術を受け継いだ人間の許可さ!」
今度は唖然とするのはラーズの番だった。馬に揺られる事も忘れそうになるラーズに、リンカは自信満々の顔を見せた。
「わかったでしょ? アーシェラちゃんを助ける為には、あんたの力が必要なの!」




