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#01 人生が一変した日

 店の外から聞こえてきたどよめきに、ラーズ・ベルレイは軽く顔を向けた。

 ちょうど真昼時だ。窓の向こうでは太陽の光が、町とそこに住む人々に激しく降り注いでいる。

 そんな中、板を組み合わせた即席の屋台に、人々が群がっていた。屋台の上にはカラフルな短冊の板が並べられて、その横に硬貨が山となっていた。


「さあ、さあ、皆様方。誰に賭けるか、もうお決まりかな?」


 丸々とした体形が特徴的な屋台の店主が、客の目を引こうと両手を叩く。そして群がる男女の前で満面の笑顔を見せながら、朗々と語りだした。


「ついに今日、目前に迫った『継承の儀』! このガレス王国の次代の王を決定する重要な儀式だ! 偉大なる大神(たいしん)アクローより授けられた、天地を支配する力を受け継ぐのは、偉大な王家の血を継ぐ三王子のうち果たして誰か! さあもう時間がないよ! 賭けてない人はいないかい!」


 男の声に釣られるようにして、周囲の男女が我も我もと詰め寄る。金と賭け札が飛ぶように交換される様は、小さな嵐でも起きているような勢いがあった。


 ガレス王国。エルドレス大陸中部に位置する国であり、ラーズが住む国だ。その首都ガレールで今日行われる儀式に伴い、町はお祭り騒ぎとなっていた。


「お待たせ、代金だ」


 ラーズは外に向けていた顔を戻した。白髪の店主がカウンターに袋を置くと、中の金貨が気持ちのいい音を立てた。

 袋の中身を想像して、ラーズは相好を崩した。年齢の割に使い込まれて皮の厚くなった指で、袋を開いて中身を確認する。少年の面影をわずかに残した彼の笑顔につられて、店主も笑顔で声をかけた。


「あんたの作る毛皮は質がいい。評判も高いよ」

「そりゃよかった。今後ともごひいきに」


 金額を確認し、ラーズは袋を腰に提げる。ちょうどそこで、外からひときわ大きな声が上がった。どうやら賭けに大金を張った客がいたらしい。


 店主が苦笑しつつ、窓の外を見た。

「なんだ、まだやってるのか」

「王都の人達は何でも賭けにするって聞いた事がありますけど、本当なんですね。しかし、『天奏(てんそう)の秘術』なんて、本当にあるんですかね?」


 ラーズは尋ねた。

 天奏の秘術。それはガレスの初代国王が大神より授かった、天地そのものに干渉し、支配する力だと伝えられている。

 そしてその秘術を、新しい王となる者が受け継ぐ儀式。それが今日行われる『継承の儀』なのだ。


 店主は鷹揚にうなずいた。

「秘術はあるよ。王都に住んでいると儀式や祭の際に、先王陛下が秘術を使うところを見る機会があってね。まあ、君も今日見られるさ」

「楽しみにしときますよ」


 店主に礼を言い、ラーズは店の外に出た。屋台から離れて、北に顔を向ける。

 赤い煉瓦の家々が規則正しく立ち並び、その間を石畳が格子状に並べられている。そしてその道の先で、ガレス王国を象徴する赤い王城がまるで山のように威容を誇っていた。


 


 広場にラーズが到着した時、既に大勢の市民が詰めかけていた。

 灰色の石畳が半円形に敷き詰められた広場には、二百はくだらない兵士が陣を作っている。そしてその陣の中心部に、木材をくみ上げて作られた円形の舞台があった。


 ラーズは舌打ちした。毛皮の買い取りに時間をかけすぎたせいで、兵士を更に囲むように人だかりができている。外周にいるラーズの所からは、舞台がよく見えなかった。

 軽く周囲を見回すと、何人かが木箱の上に立ち、儀式を眺めているのに気付く。

 ラーズもそれを真似する事にした。広場の隅に置かれた木箱の山の中で、空いていた一つの上に乗るとなんとか舞台の詳細が見えた。


 銅鑼の重い音が、あたりに鳴り響くと、王城の巨大な扉が開いた。一糸乱れぬ隊列で歩く兵士達に囲まれて、豪奢で華麗な衣装に身を包んだ三人の男が、台に向かって歩いてくる。

 次代国王を決める天奏の儀が、これから行われるのだ。


「王子様だ!」

「やだ、ウェイナー様がこっち見て笑ったわ!」

「嘘でしょ、ありえないって!」


 周囲で市民たちが騒ぎ出し、興奮の度合いは一気に高まった。

 長兄ウェイナー。次兄バリル。そして末弟ハルダー。ガレス王国が誇る三王子は、やがて広場の中央に辿り着き、台に上がった。


 ウェイナーは真っすぐ背を伸ばし、集まった民の顔をできるだけ多く見ようとするように、周囲を確認している。端整な顔を崩さず、その表情からは何も読み取れない。

 バリルは対照的に笑顔を民に向けていた。三人の中では最も大柄で、服の上からでも鍛えられた筋肉の太さが分かる。

 ハルダーはこの中で最も小柄だが、近寄り難さは三人の中で最上級だろう。女と見まごう美しい顔をしながら、その表情は険しい。緊張しているのか、墨のように黒い長髪の先端を神経質そうに指先でいじっていた。


 三者三様、同じ父親から生まれたとは思えない程に似た所のない三人だった。


 これから生涯をかけて忠誠を尽くす主君に野次馬を近づけまいと、周囲を取り囲む兵士達は、視線と態度で厳しく示している。

 それと違って、民達の反応は気楽なものだ。次の王が誰になるか、それによって生活が楽になるか苦しくなるか、自分達では決められないし変えられない。先ほどの露天商と賭けに興じる客のように、せいぜいが娯楽の対象でしかないのだ。


 もっとも、そこはラーズとしても変わらない。田舎の村で狩りをして暮らす身としては、今年の冬までにどれだけ獲物を取れるかの方が気になっている。今回の儀式も、せいぜい故郷に帰った時の土産話でしかなかった。


 ふと、花の香りがした。普段嗅いだ事のない、癖のある異国の花の香りだった。


「あれが……三王子」


 隣で声がして、ラーズは顔を向けた。香りの主が、そこにいた。


 群青色のコートを羽織り、フードをすっぽりとかぶったその姿は、亡霊が昼間に間違えて出てきたようだ。しかし声やその香りが、不気味な気配を拭い去っていた。

 フードの隙間から、女性の顔が見えた。真っすぐすらりと伸びた高い鼻に、艶やかで厚みのある唇。少々青白い肌をしているが、ちらりと覗いただけでもかなりの美人と分かる。


 ガレールには既に何日も前から、大勢の観光客が各地から詰めかけていた。かくいうラーズ自身も、儀式目当てに田舎から来た身だ。普段から故郷の村で狩りをして、毛皮を定期的に売りに来ているのだが、今日の『継承の儀』を見る為に、いつもより張り切って毛皮を集めて日程を調整して来ていた。

 おそらく彼女もその一人だろう。しかも顔の造作がガレス人とは違う特徴を見せている。


「君、外国の人? どこから来たの?」


 軽い気持ちで、ラーズは話しかけた。毎日変化のない生活を繰り返す田舎者には、異国の人に会う機会などそうそうない。

 女は、弾かれたようにラーズの方を見た。気の強そうな釣り気味の目が、驚きに丸くなっていた。


「あんた、あたしに言ったの?」

「君以外に誰に言うんだよ。俺の近くでガレス人じゃなさそうなのは、君しかいないだろ」


 軽い冗談のつもりで笑ったが、女は複雑そうに口をつぐんだ。

 楽団が華やかなファンファーレを吹いた。儀式の始まりを告げる合図に、ラーズも女も、台に視線を移す。

 金糸銀糸に彩られた法衣を着た老人が、二人の従者を連れて台に上がり、王子達の前に立った。アクロー教団の大司教だ。

 大司教が王子に向かって礼をすると、三人も礼で応じ、頭を下げる。大司教は頷くと、従者に目配せをした。


 従者達は二人がかりで持っていた壺を、慎重に大司教の前に運んでいく。人の胴体がすっぽりと入る程の大きさの、銀色に輝く壺だった。それを音一つ立てまいとするように、ゆっくりと置くと、従者は礼をして離れた。

 大司教が壺の蓋に両手をかざし、天を仰いで声を上げる。


「天地を統べる大神、アクローよ。ご照覧あれ! 貴方様より授けられし天奏の秘術、契約に従い、この世で最も相応しき者に引き継がせます!」


 天に届けようと声を張り上げながら、大司教は更に祝詞を続けていく。


「……何やってんの、あれ」


 女の声がした。とがめているという訳ではなく、疑問を口にしただけ、といった口調だ。前にいる人や兵士達の頭が邪魔なのか、しきりに頭を動かす様はどこかかわいらしかった。


「見えにくい? こっち来なよ」


 ラーズが手を伸ばすと、女はすこしためらったが、結局手を取った。

 一つの木箱の上に二人で立つと、花の香りが強くなった。コート越しに体を密着させる形になると、柔らかく張りのある体の感触が、ラーズの腕を包んだ。


 胸の鼓動が少し強くなるのを、ラーズは感じていた。


「『継承の儀』がどんなものか、教えてやるよ」

 なんとか気持ちを律しながら、ラーズは女に笑いかけた。


「なにさ、あんただって見るのは初めてでしょ?」

「まあね。だけどガレスの民はみんな、先代の『継承の儀』見た親から、儀式の内容を教えられて育つんだよ」


 ラーズは空いている左手を伸ばした。大司教と壺を指さしつつ、一つずつ解説を始めていく。


「あの壺の中に、歴代国王が受け継いできた、天奏の秘術の核が入ってる。天奏の秘術を受け継いだ者が死ぬ度に、核が体から抜け出てきて、それをあの壺で封じて保存してるんだってさ。どういう形で封じられてるかとかは聞かないでくれよ。そこまでは俺も知らないんだから」


 ラーズの言葉に、女はふむふむと頷く。


「で、これから大司教があの壺を開ける。そうしたら核が出て来て、この場にいる人達の中で、一番持つに相応しい相手を選ぶ。それで選ばれた人が次の王様」

「この場にいる人達の中で、って。秘術ってこれまで王家がずっと受け継いできたんでしょ?」


「そうだよ。伝承では、国中で一番ふさわしい人が秘術を受け継ぐ、って言われてる。だけど今まで王家以外が受け継いだ事はない。だから王家は王家として存続してんの」

「相応しい、相手……」


 言葉を深く心中に刻み込むように、女は呟いた。

 大司教の聖句が終わりを告げた。壺の蓋に手をかけ、呪文の書かれた封を解き、そのまま一気に開く。

 皆の視線が集中する中で、壺の中からゆっくりと、秘術の核が姿を現した。


 それは白い光に包まれた、龍を思わせる姿をしていた。靄のような光が漂い、正確な姿形は分からない。龍は風にあおられるようにゆらりゆらりと漂いながら、大司教と王子達の頭上へと浮かび上がっていく。


 皆が息を呑んだ。この国を守護する力の源を、この場にいる全員が目の当たりにしているのだ。

 やがて龍は上昇をやめ、ぐるぐると空を旋回し始めた。二度三度と、人々を見定めるように龍は尾をくねらせながら、王子達のいる台の上を回っていく。何が起きるのかと固唾をのんで見守る中、ついに龍が動きを止めた。

 何が起きるのかと思った次の瞬間、龍が目標目掛けて飛んだ。放たれた矢の如く一直線に飛んだそれは、狙いを寸分たがわずにラーズの胸板に飛び込んだ。


「!?」


 声にならない驚きが呼気となって口から吐き出される。胸を叩かれたような衝撃に、バランスを崩した。


「わ!」


 後方に倒れて、積まれていた木箱にぶつかる。木箱に立っていた人達にもぶつかり、何人かが転げ落ちた。上から落ちてきた人がラーズの肩や足にぶつかって、そのまま石畳まで転がっていく。

 木箱の山から起きた人の雪崩が収まると、周囲は不気味な程の静寂に包まれた。


「痛え……」


 思わず声を漏らしたラーズの目が、胸から生えた龍の尾を捕らえた。光り輝くそれは何度かくねった後、するりと胸の奥に入って行った。


 目を瞬かせ、今見たものが夢や幻でない事を確認する。顔を上げると、隣にいた女がフードの奥で、初めて会った時と同じ驚きの表情を作っていた。

 ゆっくりと立ち上がりながら、周囲を見回す。誰もが女と同じ表情をしていた。恐らくラーズ自身も、同じ顔をしている事だろう。


「……ひょっとして、選ばれたの、俺?」


 ラーズは茫然としながら、たった今、天地を支配する力を受け継いだ事を、確認するようにつぶやいた。

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