可愛い娘には旅をさせましょう。
巻雲かかる透き通った空。空気が湿っていて風が鋭い。
今日はミツビー達がソワソワしている。外敵が来たわけでもないし、健康チェックもいつも通りだった。
胸がざわざわする。何かが起こる……?
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「お誕生日おめでとう。アオサちゃん♪」パァン
「ほえっ!?」ぽかん
目が半開きだった私は一瞬で目がまんまるになった。いつの間にか16歳になったらしい。
「えっと、ありがとうママ。」
不意打ちでもママにお礼を言うのは確定事項だよ。それがアオサクオリティ。
ミツビー達もたくさん集まってきた。今日は野外でパーティーだ。
ケーキにロウソクが16本。「ふっ」と消火して~いただきますッ!
むぐむぐ、このクリームはハチミツと……シェードちゃんのローヤルゼリーが入ってますね。最初はスッキリ、後でねっとりする。独特の酸味が効いている。むぐむぐ、おいしい。
生地はミチルの巣のハチミツ。なんだかふわふわしてる気がする。
はちみつミルクは……ハッチとザハトの家の混合ですね。優しくてスッキリ。ごくごく、おいしい
バシバシ……シェードちゃんがかまって欲しそうにしている。膝にのせてナデナデすると幸せそうな顔をする。可愛い。
うん?たまごサラダにもハチミツ入ってるね。フレアとスカラの所の混合だね。ちゃんと全員分使ってるんだ。
「アオサちゃ~ん、お誕生日プレゼントがあるの~」
おっ、きたきた。なにかななにかな~ワクワク。
「じゃじゃーん、スマイルフォン!」
「スマホ!?」
「そうそう最近流行ってるのよ。今時の若い子はみんな持ってるわよ~」
この世界にも文明の波が寄せているのか。
ママは話を続ける。
「そしてこれは~たくさん入るリュック~♪」
「うん?」
「なんとあらゆる道具が999個ずつ入るの。科学の力ってすごいわね~」
……まてまてこの流れは嫌な予感がする。
10歳の息子を冒険の旅に送り出すアレな展開……
「そしてスニーカー~」
待って、
「とっても歩きやすいのよ~」
待って、
「それからそれから~」
バンッ!
「……ママ、私に旅に出ろって言うの?」
「……ええ。」
周囲の温度が下がる。
ママ分かって言ってるね。
本気で旅をさせるつもりだ。
「どうして急にそんな事言うの?」
「よく聞きなさい、アオサ。あなたには魅力がないのよ」
「ッ!?!?」
首を絞められる錯覚に陥った。今の一言には色んな気持ちが圧縮されていた。
仕事をせずに母に追い出された、あのクズ男と自分が重なる……
「アオサ、分かってるでしょ?あなたはまだ子供なの。旅に出て、色んな経験を積んで、自分で納得したら帰ってくるのよ。」
「……うん、わかった。」ぐすっ
たったこれだけで心が折れた。一瞬で自分の未熟さを思い知らされた。
残った料理は涙の味。色々な感情と一緒に飲み込んでいく。
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「アオサ……ごめんね……」
星々も目を閉じる静寂の中、母は娘の手を握る。
娘は静かに寝息を立てている。湖に沈むように深く深く眠っている。
髪をゆっくり撫でて寝顔を覗き込む。娘の息づかいを感じる。
すぅ……ふぅ……。
ちゅっ…………………………
ユイキリの唇が頬に触れる。
「アオサ、早く帰って来なさいよ。」
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そして旅立ちの朝。
半袖に長ズボン。底の厚い丈夫なスニーカー。つば付きの赤と白の帽子を逆向きにかぶる。
飾り気のない少女は鋭い目で世界を見据える。
胸は皆無。高い声と長い髪がなければ少年に見えるかもしれない。
「ママ、行ってきます。」
「いってらっしゃい、アオサ。」
ぶーん……
シェードがうるうるした瞳で見つめて来る。ナデナデする。
「シェードちゃん、私も辛いんだよ。」
ぶーん
ぶーん
ぶーん
いつの間にかたくさんのミツビーが。ミツビー総出でお見送りだ。
「ハッチ、私がいないからって、張り切り過ぎないでね。」
「フレア、八つ当たりは生態系を壊さない程度にね。」
「ミチル、美味しいオレンジジュース、期待してるよ。」
「スカラ、次に会う時は分身くらいやってみな。」
「ザハト、剣の道に終わりはない。どこまでも強くなれるよ。」
「そしてシェードちゃん、どうしても会いたくなったら……」
「!!!!!」
さあ、旅立ちの時だ。空は青く、雲ひとつない。
期待と不安を胸に、夢と冒険の世界へ足を踏み出す。
「それじゃ改めて……ママー、行ってきます!」
TO BE CONTINUED…
旅立ちまで長かった~
他作品と比べてサクサク進行かもですが、実際書くのは超大変なのです。
次回……何も考えてねぇ。