増えるシェード
あと4話くらいで最終回の予定
夏、午前11時、太陽が照りつける。
蒸し暑さとそよ風の涼しさが入り混じる。
湖のほとりの一軒家、クリーム色のソファには2人の親子が膝枕。
首筋に汗の粒が流れる。
母は娘の青髪を撫でていく。
いつもの姿勢。アオサは横になって母の膝に顔を埋める。ユイキリは膝の上の頭に手を乗せる。
目を閉じて髪の間に指を走らせ、時々右手をペロリ、汗を味わい、深呼吸をして、再び撫でる。
アオサとソファの間には、1匹の蜂が挟まっている。
30センチの蜂、シェードだ。
アオサのお腹に挟まれて、左手で撫でられ、くすぐられ、脚をパタパタさせている。
ユイキリの左隣にはジヒナ。40センチもある白いタマゴを抱えて慈愛の表情を浮かべる。
タマゴの上から下へと右手を下ろし、ぎゅっと抱きしめ、頬ずりをして、ナデナデ。
たまにユイキリと肩をぶつけて微笑み合う。
家族の時間は過ぎていく。
▼▼▼▼▼▼▼▼
ジヒナ:「あ、タマゴの様子が!!」
甘い沈黙を破り、中性的で優しい声がリビングに響く。
ユイキリ:「あらあら〜?」ナデナデ
アオサ:「ん? うまれそう?」
シェード:「ほえ?」
アオサは身体を起こし、部屋が段々と騒がしくなる。
シオサ:「ついにママが産まれるんですね」
なんとシオサがソファから生えてきた!
ダチョウの卵よりも大きなタマゴは、上下左右に揺れて、小さな殻を割っていく!
ピシッ!
ピシピシッ!
ピシピシピシピシ!!
ピシィィィィィィィィィィイ!!!
???:「ぴぎゃー!」
ジヒナ:「うわあ可愛い!!!」
スライムだ!
青白いスライムがタマゴから孵った!
バランスボールよりはちいさな球体だ。
???:「ここはどこー?」
アオサ:「自宅だよ」
???:「私はだれー?」
アオサ:「貴女はアオツー、私の一部だよ」
アオツー:「何のために産まれたのー?」
アオサ:「ジヒナにナデナデされるためだよー」
ジヒナ:「アオツー、よろしくな」
アオツー:「あなたがママ?」
ジヒナ:「そうだよ… おお、アオサみたいな触り心地」ナデナデ
アオツー:「ふみゅ〜♪」
そのまま数時間ナデナデし続けるのだった。
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シェード:「アオサー!!」
アオサ:「なあに?」
シェード:「ユイキリにべったり過ぎるの!」ぐいっ
アオサ:「あーごめんごめん」
いつまでも離れない親子に痺れを切らし、アオサの腕を掴んで引き剥がす。
ユイキリ:「そうね〜、2人で出かけて来なさい」
アオサ:「はーい」
シェード:「ちょっとユイキリ何考えてんの! アオサを独占するんじゃなかったの?」
アオサ:「あらあら〜、私はアオサちゃんと1つになったのよ〜」
シェード:「んなっ!?」ゾワッ
耳元でユイキリの声がする! なんとアオサがユイキリの声で喋ったのだ!
アオサの右手がシェードの肩を掴む。
まるで別人に触れられたようで、背筋に冷たい電流が流れる。
ユイキリ:「ママー、あんまり驚かさないでよ」
アオサ:「うふふ〜ごめんなさいね〜♪」
シェード:「な……ななななな……!????」
シェードは混乱している。
アオサ:「行ってきまーす」
ユイキリ:「行ってらっしゃ〜い♪」
シェード:「あ、あうあ〜?」
困惑する間にアオサに引っ張られ、外へ連れ出されてしまった。
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(アオサ視点)
近くの草原に腰を下ろす。蜂を眺めてぼんやりと頭を回す。
出掛けると言っても今更行く場所もない。
私の身体はあちこちに遍在している。
例えば今、マリリンちゃんの心臓から身体を出してナデナデする事もできる。
◯◯◯◯◯◯◯◯
(マリリン宅)
にゅるっ♪
マリリン:「あ、アオサさん?」
アオサ:「マリリンちゃんナデナデさせてー」ナデナデ
マリリン:「ふにゃぁ〜」
◯◯◯◯◯◯◯◯
ほらね。
シェード:「ちょっと、1人で何やってるの!」べしべし
アオサ:「ごめんごめん」
怒られちゃった。
シェード:「アオサ」
アオサ:「なあに?」
シェード:「アオサはアオサなの?」
アオサ:「そうだよ」
シェード:「アオサはユイキリでもあるの?」
アオサ:「あらあら〜、そうなのよ〜♪」
シェード:「……」
アオサ:「……」
ちょっと嫌な沈黙。シェードちゃんとの距離が離れちゃったな。
強さも、人数も、価値観も、あまりに遠い。
こんな時、どうすれば良いんだろう……
アオサ:「そうだ、シェードちゃんも増えてみる?」
シェード:「増える!?」
アオサ:「私の身体がある所全てにシェードちゃんを生やすの」
シェード:「・・・そうね、案外悪くないの!」
そうと決まれば善は急げ!
心臓からシェードちゃんへ、パワーが流れ込む!
そして、シェードちゃんが私の腹に突進!
もにゅっ
シェードちゃんが体内に入る。
全ての私へ浸透し、お腹から肩へと登っていく。
そして……
ポンッ♪
◯◯◯◯◯◯◯◯
シェード:「アオサ! あたしも増えたの!」にょきっ
アオサ:「うまく行ったね。一緒にナデナデしよう」ナデナデ
マリリン:「ふにゃぁ?」
ネスト:「パパずるい! ボクもナデナデしてよ」
ハリネ:「アオサさん!? 勝手に家に上がっては困ります」
アオサ:「じゃあ家族みんなナデナデするねー」にゅるっ
シェード:「あたしもなの!」にゅるっ
ナデナデ、ナデナデ
ナデナデ、ナデナデ
ナデナデ、ナデナデ
◯◯◯◯◯◯◯◯
シェード:「アオサなの! アオサがいっぱいなの!」
アオサ:「うん、ちゃんと増えたね!」
ああ、私の肩に無数の蜂を感じる。これでどこに行ってもシェードちゃんと一緒だね!
後でジヒナも増やしてあげないと。
アオサ:「そうだ、私カフェやってるんだ」
シェード:「カフェ? …あああの」
2人で空へ浮かび上がる。手を繋いで島の外へ!
空は暗い虹色に歪み、あらゆる時空と混ざり合う。
遠くの島に、ジャングルと高層ビルが重なる。
目的地は数時間前のネオバレルシティだ!
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アオサ:「ここがオカマのカフェだよ」
シェード:「ちょっと、名前どうにかするの!」
大通りに面したビルの1階、朝の冷たいアスファルト、ひんやりとした空気は少しホコリっぽい。
チリンチリンチリン♪
アオサ:「いらっしゃ〜い」
アオサ:「お客さんだね」
アオサ:「ちぃーっす」
シェード×3:「ぶーん♪」
店員は3人とも私。シェードちゃんは蜂の姿、肩に1匹ずつ止まっている。
シェード:「……すごい違和感なの」
アオサ:「すぐ慣れるさ」
10時過ぎ、店内は閑散とし、ポップなBGMが耳を通り抜ける。
4人用の席につく。そして2人並んで座る。
アオサ:「最近新メニューが出たんだ……」
シェード:「ふーん、色々あるのね」
メニューを決めて、呼び鈴を押す。
アオサ:「ご注文はお決まりですかー」
アオサ:「親子丼」
シェード:「ハチミツたっぷりパンケーキなの」
アオサ:「かーしこまりましたー」
BGMに混じって料理の音が聞こえる。
アオサ:「ふふふ、私、今フライパンでパンケーキを焼いてるの」
シェード:「あたしは肩の上から見てるの」
ほっと一息。
……
何もない時間。
穏やかなひととき、女神さまとの戦いが嘘みたい。
女神さまは今もサンドバッグを殴り続けている。
シェード:「やっぱり、アオサからユイキリの気配がするの」
やっぱりまだ距離が開いている。
アオサ:「ごめんね」
シェード:「違うの……少し、時間が必要なの」
アオサ:「そっか」
シェード:「……」
……
………
……………
アオサ:「お待たせしましたー親子丼とパンケーキになりまあす」
エプロン姿の私が料理を運んで来る。
黄色い卵と熱々チキン。スタンダードな親子丼だけど、秘伝のタレがすごい!
シェードちゃんは……無言。
パンケーキを頬張る嫁を片目に、私も無言で親子丼を頬張るのだった。
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(アオサが心臓を貰わなかった世界線)
綺麗なアオサ:「昨日は恥ずかしい目に合いました」
授業中にママにナデナデされました。クラスみんなに見られて、でもママのナデナデには抗えませんでした。
綺麗なアオサ:「はあ……」
川沿いの通学路、1人ため息を吐きます。
シェード:「アオサー、どうしたの?」
・・・え?
シェード:「アオサアオサ、あたし増えたの。今日からよろしくなの」
理解が追いつきません。いえ、理解させられました。別次元の私が理解しています。
綺麗なアオサ:「えっと、お嫁さん、ですよね?」
シェード:「!! そうなの! アオサの嫁なの!」
腕を絡めてほおずりしてきます。……悪い気はしません。可愛いです。
シェード:「あんたはアオサ率が高いのね!」
綺麗なアオサ:「アオサ率……?」
……あぁ、なるほど。別次元の私、頑張ってください。
綺麗なアオサ:「娘が、いるんですね?」
シェード:「そうなの! シオサっていうの」
おや、目の前に蜂が集まって……?
シオサ:「はじめましてママ、こっちの世界でもよろしくお願いします」
綺麗なアオサ:「よ、よろしく……?」
娘、ですよね?
綺麗な緑の髪です。
近づいてきて、頭を下げた?
上目遣いで……ナデナデですね。ナデナデして欲しいんですね!
ナデナデ、ナデナデ
ナデナデ、ナデナデ
ナデナデ、ナデナデ
シオサ:「えへへ、やっぱりママのナデナデです。」
私、気づいたらママだったみたいです。
このまま登校して大丈夫なのでしょうか?
こんな感じであと3話