85 撹乱
小さな三つの影。
それは放物線を描き、震えながら護身用の短剣を構えたイザベラに迫る、モンスターたちの目の前で頂点を迎えた。
「何……? 小石?」
頂点に達したことで勢いを弱めたそれを目で追ったイザベラが、呆気に取られたように呟いた。
それはそうだろうとセスは思う。命の危機だというのに、投げて寄越したのはその辺の道端に落ちていそうな、灰色で光沢のない小石。
この状況を打開策出来そうな何かの兵器でも、武器でもない。当たったところでモンスターにダメージを与えられない、ただの小石なのだから。
セスは小石を見据えたまま石を弾いた左手の親指を戻す。あとはタイミングだ。
「こんなもの、時間稼ぎにもならんわ」
小石を鼻で笑って無視をしたモンスターが、爪や牙、強靭な顎をイザベラに向けようとした。そのタイミングで。
「グギャアアアッ」
小石が爆発した。
「えっ、うそなんで!?」
爆風から庇うように短剣を持ったまま両腕を上げたイザベラが、驚きの声を上げる。月光よりも美しいプラチナブロンドとスカートが風にはためいた。
爆発に巻き込まれたモンスターが黒い影になって消える。沢山いたモンスターもエヴァンとジェイダによって黒い影に還され、残りは二体になっていた。
「魔力が持っていかれた!? なぜ?」
魔法を放とうとしていたアメリアが驚愕し、慌ててまた魔力を集め始めた。どうやら行使しようとしている魔法はよほど大きなものらしい。
好都合だ。イザベラのもとへ走り出したセスは小さく口角を上げた。
「何をした、セス・ウォード!」
「さあ、何でしょう!」
濃密な黒い影をまとったジェームスが向かってくる。セスは思い切り足元の瓦礫の端を踏み抜いた。中途半端に高く盛り上がっていた瓦礫の端を。
馬鹿力のヴァンパイアの攻撃で、床はあちこち壊れている。不安定な瓦礫や細かい破片が、そこかしこに散らばっていた。
瓦礫を踏み抜いたセスは、ついでに足元の石づくりの床の破片をジェームスに向かって蹴る。
勢いよく踏まれた瓦礫の反対側が跳ね上がり、ジェームスに襲い掛かった。顔をしかめたジェームスが瓦礫を一刀両断。そこへセスの蹴った破片が、少し遅れて飛んでいった。ジェームスが無造作に破片を剣で払おうとしたその時。
「バースト!」
セスは火魔法を放った。
「ぐぅっ、おのれ、勇者!」
破片の爆発でジェームスが後退する。流石にあの程度でダメージを与えられないが、それでいい。
威力の大小は関係ない。セスが魔法を使える。その事実は牽制とプレッシャーになるからだ。
「なぜ魔法が使える! 今のお前に魔力はないはずだ」
「そうだ。魔力がなくちゃ魔法は使えない。でも今の世界には、魔法の時代にはないものが発達している」
ジェームスがぎり、と歯を軋ませた。
「魔石か」
「ああ、そうだ」
セスは懐から取り出した小石――魔石を手のひらの上で転がした。
魔力の希薄な今の時代が、魔具の時代と言われる所以は。魔法が使えなくても、魔法と同じ機能を有する魔具の発達、これに尽きる。
前のセスがイザベラを助けるために地下牢の壁を爆発させたのも、魔石を使っての事だった。
魔石とは魔力をためた鉱石。現在は魔具の動力源として使われている魔石だが、上手く使えば魔法を行使する魔力としても使えるのだ。
「だがあれだけの爆発を起こせる魔力をためた魔石など、国が保管しているものだけだ。どうやって手に入れた」
光を灯したり物を冷やしたり温めたり、生活に使える魔石は大量に採掘される。しかし爆発を起こすほどの魔力の溜まった魔石は希少で、危険もあるため市井どころか貴族にも出回らない。
「さあ、どうやってだろうね」
手のひらで転がしていた魔石を、微笑んだセスはこれみよがしに空中に放った。
どんなものでも裏社会では闇取引されるものではあるが、セスはそんな方法で魔石を手に入れていない。それどころかセスの持っている魔石は通常の、生活に使われている魔石だった。
もちろん、種はある。しかし自分から種明かしをする気はなかった。
ぱしん。重力に従って戻ってきた魔石を再び握り込む。
「まあいい。リリス!」
「はい、魔王様」
十分に魔力が溜まったアメリアが、魔法を放つための仕上げをしようとして、顔を強張らせた。
「まさか」
アメリアの顔色が変わる。アメリアの元に集まっていた魔力はまた減っていた。いや、どれどころかほぼなくなっていた。
「魔石は魔力を溜めこむ性質がある鉱石だ。だけど一般的に流通している魔石には、少量の魔力しか含まれていない」
種に気付いたらしいアメリアに、セスは微笑みかける。憎々し気に顔を歪ませたアメリアがセスを睨んだ。
「でもそれは世界に満ちる魔力が希薄だから。ため込む魔力そのものが少ないからにすぎない。もし濃厚な魔力の満ちた場所に魔石を放り込めば」
握りこんでいた魔石を、再び見せつけるように手のひらの上で転がしてから、指弾の構えを取る。
「威力のある魔法を使えるほどの魔力を溜めこむ」
種の一部を明かしてやれば、顔色を変えたアメリアと、ジェームスがセスのいる方向に迎撃の魔法を準備した。
セスの思い通りに。
「エクスプロージョン!」
「「ウォール!」」
セスの爆炎魔法と、アメリアとジェームスの防御魔法が同時に発動する。同威力の防御と攻撃がぶつかれば相殺されて終わりだが。
「なぜ後ろから……!」
黒い翼と背中を焼かれ、よろめくアメリアがうめいた。アメリアほどではないが、ダメージが通っていたジェームスが唸る。
「手に持っている魔石はダミーかぁあ!」
「さあね……ブースト!」
身体強化の魔法をかけ、仕掛けてきたジェームスの剣を受けた。
半分以上は正解で、残りは不正解。これ見よがしに手元の魔石に注意を集め、戦いながら瓦礫に紛れ込ませていた魔石のうち、二人の後ろにあったものを使っただけ。手に持っている石の中には、魔石もある。
自分の力。相手の力。道具。その時の地形。
あるもの全てを使って臨機応変に戦う。
それはイザベラに拾われる前も後も。拾われる前は仕方なく、後は早く強くなるために。
大人相手にストリートファイトをやっていたセスの戦い方だった。
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