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ザマァされた悪役令嬢の、Re:Re:リスタート  作者: 遥彼方
Re:Re:リスタート

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71 夜の吐息

 上空を鳥にしては大きな影が飛んでいる。翼と体の大きさが鳥よりもアンバランスで、よく見ると何かを抱えていた。


「もういい。そろそろ降ろして。自分で飛ぶ」


 抱えられていたアメリアが、リアンの手をすげなく払った。抵抗なく手が離れ、自身の翼を広げる。


「互いに生気を分け合う仲だというのに。つれないな、リリス」

「当り前でしょ、ルスヴン。貴方とは単に利害が一致しているだけ。私は魔王様のもの」


 大して残念に思っていなさそうなリアンことルスヴンに、アメリアを乗っ取ったリリスが鼻を鳴らす。

 吸血鬼であるルスヴンはリリスの血を、サキュバスであるリリスはルスヴンの精気を。互いに供給し合う。しかしそれに愛情が伴うかというと、それは別物。ルスヴンもリリスも無条件の親愛は己の存在の根幹である魔王にあり、他に向けるものはない。


「ああ、この体は貧弱ね。本当ならあのイザベラの体を用意して下さるはずだったというのに」


 リリスは自分の胸部を見下ろし、溜め息を吐いた。

 黒いドレスの下にあるのは、普通よりも少し心もとない二つの膨らみ。くびれていない腰。手足は細いが、メリハリがない。

 まあまあの顔立ちだから、ギリギリ及第点にしておこう。どうせしばしの間使うだけの仮の体だ。


「あの体を手に入れる機会はまだこれからだ。そのために魔王様が舞台を整えている」

「分かっているわよ」


 ルスヴンに首肯したリリスは、恍惚の吐息を空へと流した。


 イザベラ。あの体は素晴らしい。まだ発展途上であるのに豊かな双丘。長い手足。むっちりとまろみのある体。あの体こそ魔王に相応しい。そしてその体を自分のために魔王が用意してくれる。それは震えるほど光栄なことだった。


 だからリリスは魔王に応えなければならない。リリスだけではない。全ての魔族が魔王に。


 姿形。能力。自我。それらに違いこそあれ、魔族は全て魔王の欠片だ。魔族は魔王そのものであり、魔王の子であり、しもべである。


 クラーク学園から飛び続けたリリスとルスヴンは、王都の上空に達していた。


 時刻は夜。リリスの領域だ。

 リリスの吐息は夜空に広がる。風に乗り、月や星々の光をも飲み込み、ベールのように黒い影となって地上を包みゆく。


 眼下。夜の王都は、それなりの静けさで横たわっていた。ぎっしりと立ち並ぶ家々に灯った光の下。くつろいでいたであろう人間たち。彼らに黒い影が浸透する。


 ――ザザ……どうしてあの子はいつも……ザザ……いつも偉そうにこき使いやがって……ザザ……アイツより俺の方が……ザザ……こっちを向かないなら……ザザ……ちょっとくらい……ザザ――。


 静かだった王都のそこかしこでノイズが響き始めた。リリスは目を瞑り、夜の空気を震わせる無数の雑音に心地よく浸った。


「さあ、種は芽吹いた。数日もすれば可愛い子供たちが産声を上げるわ」


 瞑っていた目を開き、リリスは桜色の唇を吊り上げた。この体は聖女のイザベラほどではないが、それなりに器として使えるようだ。


 聖女。神に愛され、神の言葉を聞き、神の力を行使する者。

 神の加護を受ける人間である勇者とは違い、聖女は神の器でもある。ただし器といっても体だけではない。体と魂。双方があればこそ、神を受け入れる器となりえる。だから体と魂を入れ替え、弱らせて堕とした。後は魂を堕とせば完成する。


 前回は惜しかった。聖女と勇者に同行する者に潜み、追い込んで絶望と憎しみに堕としてやるはずだったのに。やはり神の妨害が入った。


 今度こそ聖女を堕とす。そうすれば神が現世に干渉する手段を失う。次の聖女が現れるまで、世界は魔王のものだ。現れたとしても、育つ前に堕としてしまえばいい。


 イザベラが聖女の魂としてだけではなく、体も聖女としての力を発揮する前に。魂が体に馴染んでしまう前に堕とす。そのためには。


「魔王様が到着する前に、場を整えておかなくてはね」


 リリスは黒い翼と黒いドレスをはためかせた。ルスヴンも隣を飛ぶ。向かうは王都の中心。王城である。


 夜の闇に浮かび上がる白亜の城は、炯々と灯りがついていた。


「王はどこ?」

「こっちだ」


 ルスヴンがリリスを手招きした。リアンの父は官僚で、朝晩の引見にも参加しているため王城の構造に明るい。

 連れだって部屋の窓から中に入った。通常なら閉められている鍵は、内側から開けられている。中にいる者が開けていたのだ。

 城下の人々と同じく、王や王城に暮らす者たちにもまた、リリスの吐息でノイズと黒い影が行き渡っている。


 金を基調とした豪奢な調度品。柔らかな光を放つ魔具もまた不必要に豪華で、天井から吊るされていた。部屋の奥には欄干で仕切られた中にベッドが鎮座している。リリスたちが侵入した部屋は、王の寝室だったらしい。


 リリスたちは王の寝室を通り抜けた。もう一部屋も素通りして入った広間は丁度食卓の場で、王族だけではなく家臣たちがひしめいていた。

 ここで王と王族は毎晩公開で食事をとるからだとルスヴンが軽くリリスに説明した。


 食卓についていた王が立ち上がった。王妃、王子たち、家臣。王都に住む人々と違い、彼らの仕込みは終わっている。


「ようやくか」

「ああ。待たせた」


 ルスヴンの短い返事に、王が微笑んだ。誰もかれもが瞳に黒い影を躍らせているものの、それ以外は翼を生やしたリリスたちと違い、見た目をわざと変えていない。


 リリスは王の隣にいる王太子の前に立った。王太子もまた、笑んで立ち上がる。王太子の後ろにはルスヴンが立ち、首筋に口を寄せる。


「魔王様に勝利を」

「もちろん」


 リリスの腕が王太子の胸を貫いた。溢れるはずの血は、ルスヴンが吸い取っている。


「それは必要?」

「もちろん。証拠隠滅と、補給と嗜みも兼ねてね」


 ルスヴンに呆れて問えば、当然のように言われる。


 軽い音をたてて胸に大穴を開け、骨と皮になった王太子が床に転がった。王太子から抜け出した黒い影はリリスに戻る。

 異様な事態だが誰一人騒がず、それどころか笑って食事を再開した。ただ一人を除いて。


 翌日。王都からクラーク学園に緊急の伝令が飛んだ。


 『王太子が魔王に殺害された。勇者と聖女候補であるジェームス、セス、イザベラは至急王都に参じよ』

三章スタートです。


本作は、毎週水曜日の更新。

あなたの心に響きましたら、幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 三章は波乱の幕開けですね。 ノイズの正体もさることながら、あっさりと王太子を使い潰したところを見ると、計画はかなり前進しているということでしょうか。剣技大会でのパフォーマンスも、その効果を大…
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