39 駄犬の使い道
王子に告げられた内容に、トレバーの血の気は下がった後に怒りで上がり、沸点を越えて逆に冷たくなった。
「イザベラが護衛騎士に懸想。そんな馬鹿な!」
薄々と勘付いていたことではあるが、それは表に出さない。トレバーは、さも知らなかったという体で、否定した。
あの駄犬が。こんなことならもっと早くイザベラから引き離しておくべきだった。あれほど徹底的にしつけをしてきたというのに、駄犬には足りなかったらしい。
トレバーは後悔にギリギリと歯を食いしばった。
まだ色気づいていない子供だと侮った。新しい侍女の報告でも主従以上の素振りは見えず、放置していたのが仇になった。
「このことが露見したら、イザベラは僕という婚約者がいながら浮気した、ということになるね」
王子が、さらなる爆弾を投下してくる。
「誤解でございます。直ちに娘に確認を取り、疑いを晴らしてまいります」
「今セス・ウォードを追い出したら、事実を認めるようなものだと思うけどね?」
王子に先回りをされてしまったトレバーは、ぐっと喉を詰まらせた。
「残念ながら、確かな筋からの情報だよ。それにさ、浮気の事実関係なんてなくても、ちょっと噂を流したら、それが真実になってしまう。そんなものだよ、世論なんて」
余裕の笑みを浮かべたジェームス王子が、優雅に足を組む。娘と同じたった12歳だというのに、第二王子よりも5歳年上の第一王子とはまた違った圧力だった。
くそ。悔しいが王子の言う通りだ。トレバーだとて噂を使い、イザベラをさも悲劇のヒロインとして仕立てたのだ。
「僕が学園の令嬢たちにちょっとイザベラの浮気に関する愚痴を溢したら、きっとあっという間だろうねー。君やイザベラがいくら否定したって、王子の言葉の方が真実だよねー」
くすくすと王子が笑う。
トレバーの背中に冷たい汗が流れた。
第一王子は堅物で操りにくく、後ろ盾の王妃がトレバーを嫌っている。そのため早い段階から王太子に見切りをつけ、イザベラを第二王子と婚約させた。
王太子が健在であれば、第二王子では国王になれないが、そこは問題ない。どうにかしてみせる予定だった。
ゆくゆくは娘のイザベラが王妃。そうなればサンチェス公爵家の権力はさらに高まる。絵に描いたような、順風満帆の未来が待っているはずだったのだ。
それなのに、浮気を理由に婚約破棄されてみろ。流石に爵位はく奪とはならないが、名誉が落ちるのは勿論、王族を取り込むことは出来なくなり、トレバーの権力は大幅に落ちる。
イザベラ本人の価値も下がるだろう。そうなると貴族との婚姻も危ない。
下手をすれば修道院行きである。手塩にかけて淑女に育て上げた意味がなくなってしまう。
「だがそれでは彼女が不憫だ。僕だって彼女よりアメリアを愛したわけだしね。お互い様だろう」
ふいに笑みを消して憂い顔になった王子が、ふう、と溜め息を吐いた。
「だからさ、公爵が今まで通り僕を支持してくれるなら、穏便な婚約破棄に持っていってもいいと思ってるんだよ」
いけしゃあしゃあと、この若造が。
ふつふつと沸く怒りをトレバーは抑える。主導権は完全に王子のもので、逆う権利を取り上げられている。かといって穏便な婚約破棄に飛びつくわけにもいかなかった。
「この間のモンスター討伐で、セス・ウォードに男爵の爵位を与えられたのは知っているね」
確かにモンスター討伐の功績から、あの駄犬に爵位が与えられた。
しかし爵位は男爵。爵位には必ず領地つくが、セスに与えられたのは、犬にふさわしい小さく荒れた田舎の領地だった。
そんな取るに足らない爵位の話題を引っ張り出してきた目的は何だ。
「僕という勇者がいるから扱いは小さかったけれど、彼も英雄。セス・ウォードの実家が黙ってないんじゃないかな、サンチェス公爵」
……この王子。どこまで把握している。
「先日、ウォード伯爵家から連絡がありました。内容は伯爵家の非嫡子を育てた礼とセスを返してもらえないかという要望でした。勿論、大事な護衛騎士を手放せないと突っぱねましたが」
とぼけたところで無駄と判断し、正直に答える。
ウォード伯爵め。英雄という箔がついた途端に欲しがりおって。冗談じゃない。12になるまで食わせて、やっと使い物になった犬だ。誰が返すものかと相手にもしなかったが。
くそ。こんなことならあんな駄犬、突き返しておけばよかった。
「英断だね。共にモンスターを倒したから言うけれど、彼の技量は本物だよ。いい護衛騎士を持ったことを誇りに思うといい」
ジェームス王子が長い人差し指を唇にあてて、悪戯っぽく微笑んだ。
「そこで、だ。毎年クラーク学園でもよおされる剣術大会。彼もそれに出てはどうだろう。本来剣術大会に出るのは二年生からなんだけど、英雄の彼なら特例でいけるそうだよ」
「セスが剣術大会、ですか」
やり込められてばかりのトレバーは、ますます警戒を深める。
爵位から剣術大会。飛んだように見える話題を繋ぐものは何なのか。剣術大会にセスを出してどうなるのか。
剣術大会で上位に入ることは名誉だ。学園での成績はもちろん、王宮の近衛へのスカウトなども受ける。しかしそれは王子のメリットにはならない。
トレバーは忙しく思考を回したが、答えは見つからなかった。
「僕と彼なら間違いなく上位に食い込める。共にモンスターと戦った勇者と護衛騎士がセットで優勝・準優勝なんて、英雄譚としてはとても美しい絵柄だと思わないか?」
第二王子の剣の腕前は、指南役も太鼓判を押していると聞いている。
「モンスターを倒した実力を国民に知らしめる絶好の機会。勇者の僕としては、優勝の方がいいんだけど。残念ながら、僕よりセスの方が剣の腕は上なんだよね」
なるほど。やっと王子の意図が読めてきた。つまり決勝の舞台で、セスが負ければいいということか。
「剣術大会の準優勝なら、この間のモンスター退治がまぐれじゃなかったと証明できる。そうしたら、今度は男爵なんかじゃない、公爵令嬢の夫に相応しい爵位を父に進言しようじゃないか。どこぞの下位貴族との婚姻や修道院行きよりもずっといいだろう?」
あの犬がイザベラの伴侶。まったくもって気に入らない。気にいらないが、選択肢はなかった。
「承知いたしました……失礼ですが、殿下」
唸るように同意した後、少し迷ってからトレバーは口を開いた。
「なぜ娘とセスに肩入れなさるのです。殿下にメリットなどないでしょう」
こんな回りくどいことをしなくても、トレバーがセスを解雇した後、浮気を理由に婚約破棄すれば王子の目的は達成される。邪魔なイザベラを追い払い、セスのいない剣術大会で優勝すればいいのだ。
「ふっ」
王子の目がトレバーから逸らされ、隣室に繋がる扉に移った。
「メリットは、あの二人が幸せになった方がアメリアが喜ぶ。それだけだよ」
お読み下さりありがとうございます。
本作は、毎週水曜日と土曜日の更新。
あなたの心に響きましたら、幸いです。




