28 私はヒロイン
出た。出た出た出た、モンスター。
神様。イベントを早めてくれてありがとう。
アメリアは心の中だけで両手を組み、自分を転生させた神様に感謝した。
目の前には迫力満点のモンスター。
アニメや漫画、ゲーム。それら二次元にはない圧倒的なリアリティと存在感ビシビシだが、全く怖くない。
だって自分はヒロイン。神様と攻略対象たちに愛され、ハッピーエンドを迎えることが約束された、無敵の存在なのだ。
だからどんなことがあっても大丈夫。
――どういたしまして。私の聖女よ――
中性的な神様の声は心地よく響く。その度にアメリアは、黒髪赤目で妖しい美貌の青年のスチルを脳内再生させて、うっとりと聞きほれた。
アメリアの前世である、二十代後半のしがないOLだった夢香は、きっといつか自分の王子様が現れると根拠なく信じていた。
顔も性格も、スラリとスタイルも良い、そんな王子様。とはいえ望みが高すぎるのはよくない。収入はそれなりでいい。一般的な男性の収入よりちょっぴり上程度で妥協しよう。
夢香を好きだと言ってくれる男性だって何人かはいた。しかしいずれの男性も王子様とは程遠く、好みじゃなかった。
やっぱり最低限、顔は良くないと。生活力も欲しいよね。あと、優しくないと駄目。論外。夢香の眼鏡にかなう男性は中々現れてくれなかった。
そこのところ、乙女ゲームの攻略対象たちは理想だ。ああ、いつかこんな王子様が現れたらなぁ。うっとりとゲームに浸っては、現実にため息の日々だった。
そんな夢香に転機を与えてくれたのが、『ローズコネクト』という新作乙女ゲームである。
休日何気なくスマホをいじっていた夢香の目に飛び込んだ、新作アプリの広告。
特に予定もなく時間も有り余っていた夢香は、軽い気持ちでクリックして始めた。それがつい、ドはまり。気が付けばメインヒーローのジェームス王子とのハッピーエンドまでやり続けた。
その後表示されたのは、こちらに向かって手を伸ばす謎のイケメン。
黒髪に鮮やかな赤い瞳、妖しささえ醸し出す美貌の男が夢香に微笑んでいる。その下には、簡素な文字列と二つの選択肢。
目の色と同じ艶やかな赤い唇が開き、男性にしては高く、女性にしては低い声が文字列をなぞる。
――ゲームのヒロインになるか?――
『はい いいえ』
このタイミングで出てくるとは、きっと一度クリアしてから現れる隠しキャラだろう。迷わず『はい』を選択したのが、夢香としての記憶の最後だった。
スマホ配信の乙女ゲーム『ローズコネクト』は、ヒロインのアメリアとイケメンたちの恋愛アプリだ。
このゲームは普通の平民だったアメリアが、お忍びできていたメインヒーローのジェームス王子と出会うところから始まる。
ゲームの『ヒロインになる』ことを選択した、夢香の意識が復活したのも、そこだった。
「何かお困りですか?」
護衛を巻いて一人きり。お忍びのため平民の恰好をして、きょろきょろとしていたジェームス王子に、声をかけた。その時のアメリアは夢香の記憶もなく、彼がこの国の王子などとは思わなかった。道に迷ったか何かで、困っている人だと思ったのだ。
「あ、いや、僕は」
振り向いた彼と目が合った、その瞬間。
……ああ、私はこの人と結婚する。
アメリアの脳内でリンゴーン、と鐘の音が鳴り響き、花が咲き乱れた。
――その通り。これは運命なのだから――
ついでに前世の記憶と神様の声も流れ。
アメリアは全てを理解した。
自分はあの乙女ゲーム『ローズコネクト』のヒロインだ! と。
そして彼は自分を幸せにしてくれる白馬の王子様、ジェームス王子その人なのだ、と。
それからアメリアは心を落ち着け、素知らぬ顔で彼を自分の実家であるパン屋に連れて行き、焼き立てのパンをご馳走した。
熱々のパンを掴んで驚いた彼。こんなに美味しいパンは初めてだと屈託なく笑う彼。
とても整った容姿の彼が子供みたいにころころと表情を変えて、可愛らしかった。
純粋無垢で、世間知らずで。ひそかに憧れていた近所のカフェ店員のお兄さんもかすむ、キラキラしい美貌。丁寧な話し言葉と、あふれ出る品の良さ。
三次元のジェームス王子は、『ローズコネクト』のスチルなんかよりも、余程破壊力があった。
帰り際に「ありがとう」と手を握られ、熱っぽい目で「また来る」と告げられ。
その後何度かジェームス王子がアメリアの元へお忍びで通い、いきなりクラーク学園の入学の案内が届いたのも。
クラーク学園でジェームス王子本人が出迎えて身分を明かしてくれたことも。他の攻略対象のヒーローたちがいたことも。
全て『ローズコネクト』のシナリオと、神様の言う通り。
ところがイザベラ・サンチェス公爵令嬢。彼女の態度が急に変わった。ちくちくとした嫌味がなくなり、平民を馬鹿にしなくなった。
どうして急に嫌味を言ってこなくなったの? 悪役令嬢でしょう?
ま、いいか。出来れば意地悪なんてされたくないし。
アメリアは不思議に思ったものの、前世と今世に共通するお気楽さを発揮して、気にしなかった。
――本当にいいのか?――
そこへ待ったをかけたのが、神様の声だった。
――相手は公爵令嬢で王子の正式な婚約者だ。美しく聡明で家柄も申し分ない。この上性格も良くなってしまえば困るのではないか、聖女よ――
困る? アメリアが?
首を傾げるアメリアに、神様が続ける。
――これからのシナリオ、イザベラが婚約破棄をされる理由を思い出してみよ。アメリアへの嫌がらせと、持ち前の性格の悪さが原因であろうが――
あっ、とアメリアは理解した。そうだ、イザベラがこのままアメリアに嫌がらせをしなければ、婚約破棄イベントは発生しない。
――このままイザベラが婚約者のままならば、平民でしかないアメリアでは、いくら王子に見初められたとはいえ勝ち目などない。よくて側室であろうよ――
側室。ヒロインなのに、側室。
ぐらりと視界が歪んだような気がした。
それって愛人扱いじゃない。一夫一婦制が当たり前だった夢香の感覚で、それは有り得ない。逆ハーはいいけど、攻略対象のハーレム要員になるのはごめんである。
だからといって他の四人の攻略対象とのエンドも、気が進まない。チヤホヤされるのは悪くないけれど、ジェームス王子がメインヒーローでアメリアの本命なのだ。
「どうしよう、側室は嫌。だけど他のヒーローより、殿下とエンディングを迎えたいの」
――案ずるな、アメリア。私の聖女よ。お前が聖女として覚醒してしまえば立場はひっくり返る――
こうして、アメリア《ヒロイン》のために、神様が新しいシナリオを提案してくれたのだった。
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