12 エミリーの小さな隠し事
「ねえ、エミリー。少し怪我が多すぎない?」
ソファーに座らせたエミリーの侍女服の裾をまくり、イザベラは眉をひそめた。
いつものように授業を終えてからエミリーと合流すると、今日は侍女服が土にまみれていた。
エミリーのことだ。きっと派手に転んだのだろう。すり傷くらい作っているだろうから、部屋に戻ったら見せなさいと命令して、今ここに至る。
もちろんセスに女性の足など見せられない。部屋から追い出し、ドアの外で待機だ。
「足だけで十ヶ所もあるわ。こういう怪我が治るのは大体一週間だとして、消えかけているものもあるけど、これだと毎日一つ以上作っていることになるじゃない」
侍女服はくるぶし丈まである、黒無地のロングワンピースに白いエプロンだ。袖をまくっている時にあざを見つけたことはあるが、足はスカートに隠れていたから今まで気がつかなかったのだが。
エミリーの膝小僧には、乾いてかさぶたになっている擦り傷。他にもふくらはぎやすねにくっきりとした青いあざ、黄色や紫になってきたあざなど、新旧あった。
「貴女がそそっかしいのは知っているけど、流石にこれは多いわよ。この分だと太ももにもあざがあるんじゃない?」
「きゃーっ、イザベラ様。そんなに見られたら恥ずかしいですぅ。大丈夫です、大丈夫でございますですから」
さらにスカートをまくろうとすると、エミリーが慌てて力いっぱいに裾を押さえた。
「貴女の大丈夫ってあてにならないわ。ほったらかしにするんだもの」
腰に手を当てて、じとりとエミリーを見る。腕のあざだってイザベラが冷やしてやらなければいつも放置なのだ。これからは毎日確認しなければ安心できない。
「分かりました! ちゃんと自分で冷やしますです」
イザベラの視線に顔色を青くしたエミリーが、無駄にばたばたとした動作で氷を入れた布を巻いた。氷の冷たさに首をすくめる。
「ひぃぃっ、冷たいですぅ」
そんなに急いで太ももに氷を当てたら冷えるのは当たり前だ。イザベラは持ってきたショールをエミリーにかけてやってから、隣に座る。
「それで、どうしてこんなに傷やあざを作ったの」
エミリーのことだから、毎日何かしら怪我をしてもおかしくはないけれど。少し引っ掛かったので話を戻すと。
突然、エミリーが大声を出した。
「そんなことより、イザベラ様ぁっ!!」
「わっ、な、なに?」
息がかかりそうな距離にずいっと近づかれ、驚いて腰を引く。
ところが、勢いよく体を近づけたエミリーだが、間近でこちらの顔を眺めるばかり。
さてはノープランね。
呆れているとぱあっとエミリーの表情が明るくなった。何か閃いたらしい。得意げにエミリーが鼻の穴を膨らませた。
「今度の休日に買い物に付き合ってくださいです!」
「買い物? いいわよ」
何を言いだすのかと思ったらただの買い物のお誘いだ。拍子抜けして頷く。
「良かった!」
パンッと音を立てて、エミリーが両手を合わせる。
「えへへ。もうすぐ母の誕生日なんですぅ。プレゼント選びをイザベラ様と一緒にしたいなぁって思いましたですぅ」
顔の前で手を合わせたまま、エミリーがにへらっと口元を緩めた。
「お母様の誕生日なのね。それはいいものを選ばなくてはね」
嬉しそうなエミリーの様子に、心が温かくなった。母親の誕生日を祝うという普通のイベントはイザベラにとっても麗子にとっても経験がない。エミリーの家族の温かさの一端に触れられた気がして、なんだか嬉しい。
すると、なぜかエミリーの瞳が潤んだ。
「どうしたの?」
「だって、イザベラ様。貴族のお嬢様が平民のお母さんに様つけて下さるなんて、普通は有り得ませんです」
「それは……そうかもしれないわね」
胸の奥を突かれた気がして、イザベラは瞳を揺らがせた。
確かに今までのイザベラならあり得なかった。
「そうですよ」
エミリーがイザベラをゆっくりと抱き締める。そろそろと遠慮がちに、エミリーの背中に腕を回した。
こういう時、いつもどうすればいいのか分からない。
そしてこういう時のエミリーは、いつものそそっかしくて頼りないエミリーではなく、包み込まれるような安心感があった。何もかも忘れて包まっていられる、冬の布団みたいだ。
「休日が楽しみでございますです。ねっ?」
イザベラから体を離したエミリーが、明るくにっこりと笑った。
「そうね」
エミリーとの買い物は本当に楽しみだった。だからイザベラは、先ほどの違和感をすっかり忘れてしまっていた。
****
そして休日。イザベラとエミリーは、護衛のセスと共に学園の敷地にある商業施設街に来ていた。
クラーク学園の敷地内には校舎、広場、三つの学園寮と、小規模の街くらいに商店が立ち並ぶ商業施設街まであるのだ。
「わぁ」
様々な店が立ち並ぶ街に入った途端、イザベラは小さく声を上げた。優雅に歩くことも忘れて、足取りが跳ねる。右を向いたり、左を向いたりする度に、プラチナブロンドが宙を舞った。
「もしかして、街に出るのははじめてでございますです?」
きょろきょろと辺りを見渡していたイザベラは動きを止める。瞳をうろうろと揺れ、頬に血が上った。
「……そうよ。悪い?」
図星を突かれたのが面白くなくて、つんと横を向く。視界の隅でエミリーの頬がにやけた。ますます面白くない。
「悪くなんてありませんです。ね、セス様」
同意の声は上がらない。やはりセスは自分の味方だと嬉しくなってそちらを見ると、セスもきょろきょろとやっていた。どうやら味方というよりも、同類だったらしい。
「もしかして、セス様もはじめてです?」
「はい。イザベラ様が行かれるところ以外の場所に行ったことがなくて」
恥ずかしそうに眉尻を下げて、セスが頭をかく。色が白いから、頬が綺麗なピンク色に染まっていた。可愛い。
エミリーがぐっと拳を握り天を仰いだ。
「いいえ、エミリー。いつもしっかりとしていて、時々……いや、ちょくちょく自分よりも年上に感じるイザベラ様だけど、そもそも自分の方が五歳もお姉さん。今日は年上のお姉さんとして、お二人に色々教えてあげるのよ!!」
「エミリーさん、エミリーさん」
大声でめらめらと謎の闘志を燃やすエミリーの袖を、セスがくいくいとひいた。
「はいぃ、どうしました? 何でも聞いてくださいです!」
鼻息も荒く振り向く。ちょっと怖い。
「あの、大声で叫ばれると恥ずかしいです」
「年上のお姉さんならお姉さんらしくして。往来の真ん中で叫ばないでちょうだい」
「きゃーっ、思ってたこと全部言っちゃってましたですぅ」
エミリーが頬に手を当てて叫んだ。
「あの、何て言ってましたです?」
今度は恐る恐る聞いてくるので、セスと二人で教えた。
「いいえ、エミリー、って言ってから自分の方が五歳もお姉さんがどうのと、独り語りをしていたわ」
「色々教えてあげるのよ! って叫んでました」
エミリーが胸を撫で下ろしてから咳払いで仕切り直す。
「コホン。それでは気を取り直して。はじめてのお買い物へゴー! ですぅっ!!」
気合十分。ゴー! のところで勢いよく右手を垂直に上げる。本当になんなのだろう。今日のエミリーはテンションが高い。
周囲には何事かと振り返る人、微笑ましそうに生温かい視線を寄越す人。クスクスという小さな笑いも起こった。
「だからそれが恥ずかしいって言ってるんですけど」
「諦めなさい、セス。これがエミリーよ」
頬を引きつらせたセスに、遠い目をしたイザベラはため息混じりの答えを返した。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
もうすぐブクマ200。
数字が全てではないですが、やっぱり嬉しいですね。
本当にありがとうございます。
ブクマ100や、ポイント500とかの時にも言えよってものですが(笑)
ブクマ200になってからありがとうー!って言おうとすると、また機会を逃しそうなので。
ここで読者さまに『ありがとう』の言葉を。
本作は、毎週水曜日の更新。
あなたの心に響きましたら、幸いです。




