呪われしテレーゼ
翌朝、俺は宿屋のお婆さんによる渾身の朝食をなんとか全部腹に収めてから、雇用主と会うために再びギルド館を訪れた。ギルド館に入ると、俺の姿を見た受付嬢のテレーゼが大柄な男性と共に近づいてきた。
「おはようございます、リヒトさん。早速ですが、こちらが先日渡した仕事の依頼主のギルベルトさんです」
「おはようございます。えっと、ギルベルトさん。初めまして、リヒトと申します…」
テレーゼの隣にいる大柄な男性は、彼女と比べると猫と獅子くらいサイズ感に差があり、俺も自然と彼を見上げる形になった。こんなにでかい男は山の外に出てから初めて見るかもしれない。
短く切り揃えられた黒髪に、細目で厳つい印象を与えるが、顔立ち自体はそれほど悪くなく、将来はこんな男になりたいと思わせるような見事な偉丈夫といった容貌。しかし、どこか雰囲気はやる気なさげだった。
「…おう。随分細身だが、求人を見て応募してきたってことは力には一応自信あるんだな?」
「は、はい!」
「一度受けたら、その日のノルマを達成するまで帰れねえし、給料も出せねえが、それでも受けるか?」
「大丈夫です」
山育ちで見た目ほど体力が少ないわけでもないし、力仕事に関しても、ちょっとした強化魔術をこっそり自分に施せば、丸太の一本くらいは軽々抱えて歩くことができる。俺は自信を持ってギルベルトさんに向かい合い、答えた。
「そうか、そんじゃまあ、取り敢えず契約成立ということでよろしくなテレーゼさんよ」
「わかりました」
そう言ってテレーゼはギルベルトさんから何やらサインを貰うと、受付の方へと引っ込んで行った。
思わず目で追ってると、ギルベルトさんが気怠げな低い声で話しかけてくる。
「女に見とれてる場合じゃねえぞ新人。早く行くぞ」
「は、はい!行きます」
「…お前もテレーゼを狙っているのか」
ギルベルトさんにそう探りをいれるように問われ、思わず心臓が跳ねるも、一応俺は否定する。
「い、いや。そんなわけでは」
「…本当に、あいつも苦労するな。出会う男出会う男に、惚れられちまってよお」
「テレーゼさん、本当に人気なんですね」
「人気?そんな甘いもんじゃねえよ。『呪われてんじゃ』ってぐれえ、テレーゼは男に付き纏われてる」
歩きながら、俺はギルベルトさんと言葉を交わす。テレーゼのことを語る彼の表情は、どこか苦虫を噛み潰したかのような苦渋を滲ませたものだった。だが、彼はテレーゼを語る言葉を止めない。まるで、溜まった毒を吐き出したいようにみえた。
「あいつ、死んだ俺の友人の娘なんだ。母親もガキん頃に亡くしたってんで、働くためにいろんな街を転々としながら、ハーゼにやってきた。仕事を見つけても、だけど、ここでもあいつはすぐに仕事をクビになるってんで、俺があのギルド館を紹介してやったってわけだ」
「クビに?仕事は真面目にやってるように見えたんですが…」
「そこが、あいつの呪われたところだ。あいつ、ツラが恐ろしくいいだろ?そんで、会うたび男に惚れられて迫られる。あいつにはそんな気ねえのに、男のツレの女が、そいつを誘惑したってんで怒鳴り込んで、あいつは何も悪くねえのに責任取って辞めざるを得なくなった。それが何回と続いたんだ」
俺は、驚きのあまり相槌も打てなくなった。あの人はただ真面目に仕事をしていても、周りが、仕事とは関係ない彼女を勝手に評価し、勝手に貶められたことがあるという。関係のない第三者である俺が聞いても、憤りが自然と湧いてくるこの話を、なるほど毒でも飲んだかのような表情でギルベルトさんが語ったのも頷けた。
では、何故彼は、この話を俺に語って聞かせたのだろうと首を傾げていると、ギルベルトさんは振り返って俺を威圧するように見下ろしてくる。
「お前はちゃんと肝に銘じとけ。あいつにとって、男からの好意ほど貰っていらねえもんはない。受付で笑顔を浮かべようとも、それは仕事だからだ。お前は、勘違いして、あいつの道の邪魔になるようなことだけはするなよ」
それは、ギルベルトさんなりのテレーゼへの気遣いで、彼女へ害をなすかもわからない『男』の俺への牽制だった。
俺は、頭の中でどこか違和感を覚えながらも、ギルベルトさんの言葉にただ頷くしかできなかった。
年始もなかなか忙しい・・・趣味という逃げ場があると、少し気が楽になりますね
1/13 テレーゼの名前がテレーズとなっていると報告を受けたので修正しました。報告をくださった方ありがとうございました!