呪術師の羽休め
「それでは…ギルベルトさんからの『建築機材の運搬』の求人を受けるのですね。連絡しておきます。明日の昼に、雇用主さんがいらっしゃるのでそこでお話しをしてください」
俺は一週間の契約雇用の仕事を選び、受付嬢のテレーゼさんから書類を貰った。紹介者としてテレーゼさんのサインが書かれたそれを、折りたたんで麻袋に入れる。
椅子から立ち上がり、お礼を言おうと口を開こうとすると、突然後ろから肩を捕まれ強い力で後ろに追いやられた。
「終わったんなら、早くどいてよ。次は僕がテレーゼさんに応対してもらう番だ」
身長は俺より少し高いくらい。年齢は20代前半といった見た目の男が、鼻を鳴らしながら俺を椅子の前から追い出した。俺はなんだこいつ、と思いながらテレーゼさんに頭を下げて立ち去ろうとする。
すると、男は俺に心底軽蔑するような視線を投げかけながら吐き捨てるように言った。
「とっとと消えなよ。僕たちの逢瀬の邪魔だ」
「や、やめてください。ハイケさん…」
この男は、テレーゼさんの恋人か何かだろうか。しかし、それにしてはハイケさんに対するテレーゼさんの態度は、心底怯えているようで、嫌悪感さえやや滲ませている様子だった。
俺は男を避けるようにカウンターテーブルから離れる。なんなんだ、という疑念が顔に出ていたのか、知らない人が俺に耳打ちするように話しかけてきた。
「あいつ、ここの常連なんだ。まともに仕事しないで職業転々としていて、テレーゼちゃんにわざわざ会うためってのが見え見えだ。テレーゼちゃんもあんなしつこい男に付きまとわれて、可哀想だ」
「そうなんですか」
「テレーゼちゃんにアタックするなら、やっぱちゃんとした仕事について甲斐性のある男にならくちゃな。坊主も頑張れよ」
俺が妙な勘違いをするおじさんに否定の言葉を言おうとするも、嵐が去るようにおじさんはあっという間に俺から離れて別の人に話しかけに行った。随分とフレンドリーな人だ。
俺は麻袋に入れた求人の書類の存在を感じながら、ギルド館を後にした。
明日、仕事の雇用主のギルベルト氏に会うまで、俺はこれからしばらく滞在することになるハーゼの街について色々なことを調べ始めた。
この街は、農産物、それを使った料理を提供する商店が多く、また近くにある森から切り出した上質な木から作り出した木工芸品が一つの名産になっているという。それほど栄えていないが特別貧しくもないといった街だった。
経済についてはそんな感じで、街並みに関しては、政治や経済の中枢が街の中央に集中し、高級住宅地がそれに沿うように同心円上に並び、さらにその外側に普通の中流の住宅、農家の住宅、そして畑といった順に並んでいる。
そのような位置付けであるからか、特色の違う街の円状のエリアを、○○クライスというように住民は呼び分けていると言うが、これは正式な行政単位ではないらしい。
そして、言うまでもなく中心に近いほど土地の値段は高く、宿のグレードも高いものになっている。
なので俺は、一番外側の畑に近いエリア、通称バーデン・クライスにある宿をとって、そこで一晩を過ごすことにした。宿というか、ほとんど普通の家といった感じで、気の良さそうな老夫婦が切り盛りしており、二階の部屋が俺の借りる部屋となっていた。
「お客さんなんて久しぶりよ〜とうもろこしあるから、食べなさいな〜」
「えっと、少しやることがあるのでその後でいただきます」
俺は久しぶりの客人ということでやたら張り切ったお婆さんの食べろ食べろ攻撃をかわしつつ、借りた部屋へと向かった。
少し早い時間に投稿です