旅はそれほど甘くはない
レベルの高いモンスターもよく出没する危険な森の中に置き去りにされて、ようやく勇者パーティーをバックレる決意をしたはいいものの、これからどうするか、についてはまだ何も考えは纏まっていなかった。
一先ず、これからの行先については王子様たちのいる街の方角とシュバイン王都ミュルベの方向は絶対に行かないと決めた。王都では仕事を探さないとなると基本給の水準は大きく下がるが、勇者パーティーでは結局ペナルティだかなんだかでまともな給料を支払われなかったので、きちんと貰えれば給金の額に文句は言わない。
材料費を工面できるようになったら、また魔法具でも作って売ってみよう。まとまった額が貯まったら独裁政治の愚王の統治する真っ黒王国から抜け出して、もっと魔術が盛んな国にでも渡ろう。
「取り敢えず、足を回収しなくちゃな…」
行動の第一優先は、この森から抜け出すことだ。山奥育ちであるが、だからこそ森という場所の恐ろしさは誰よりも理解できる。できれば、夜になる前にある程度安全な場所でも見つけておきたい。
そのためには、あの絨毯が必要だ。
シュバイン王子たちが乗って行った飛行車に括り付けられていた絨毯は、俺の特等席でかつ、実家から持ってきた私物だった。母が生前に作ったという魔法具の一つで、母の傑作の一つだとか。
あの絨毯は、俺が上に乗って魔力を注ぎ込むと、空中に対し浮力を得て浮き上がり、飛べるようになる魔法具だ。昔、母が読んでいた絵本に出てきた魔法の絨毯を再現しようとして作ったものらしく、よく母はこれに乗って山の間を自在に行き来していた。
ただ…
落ちたと思われる場所に行くと、背の高い木の枝に引っかかっていた。俺は、物質生成の魔法陣をちょうど絨毯の真下にあたる一に書き込み、指を鳴らし、魔力を注いだ。
すると、魔法陣の中心から土が針のように飛び出し、それはあっという間に絨毯のかかった位置まで到達する。針の先に引っかかったところで魔法陣を足で崩すと、針は一気に元の高さまで縮んで行く。一緒に、支えを失った絨毯はバランスを崩して枝の上を滑るように地面に落ちて行った。
絨毯を回収すると、付着した葉や土を払うためにバフバフと振り回した。
「よし、これで…あとは…無事動かせるかどうか、だな」
絨毯を地面に敷いて、その上に足を掛けると俺が注ぎ込んだ魔力に反応して、絨毯がゆっくりと浮かび上がる。上に行くまでに、木々の葉や枝を上で掻き分けながら、どうにか森の向こうを視認できる高さにまで到達する。
俺は太陽が存在する方向を確かめて、東西南北を頭の中で認識する。そして、ここに来る前に見た地図を頭の中で思う浮かべて、王子たちが向かったのは森から一番近い街__ここから南の方角にあるベーベンという街に向かったと想像した。
あそこは確か「勇者パーティー御一行優遇制度」なるものがあって、宿もほとんど無料で泊まれるから、あの王子の王子のくせに妙にみみっちい性格を考えたら間違いなく其方へ向かっただろう。
「よし、なら俺は…ハーゼの街とかいいな。まさかあんな遠くまで行くとは、あいつらも思わないだろう」
ハーゼの街は東にある。そうと決まれば、俺は絨毯を東の方へ向けて走らせる。
「っとと、う、わあ!」
すると、東に向けて向かおうとした絨毯が前方にお辞儀の角度で急降下し、危うく絨毯から滑り落ちそうになったところを、咄嗟に後ろに体重を乗せることで落下を免れた。
____そう、絨毯で飛べるのはいいが、実は水平方向への移動のコントロールが、俺はまだ未熟なのだった。
お母さんはメルヘンな趣味を持っていたのでしょう。