その7 過去への追跡
夜明けのひかり その6
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あと数日で夏休み。そんな日に私は文芸部の部室で休んでいた。秋に転入した学校でひーくんと一緒に文芸部に入っていろいろ活動した。そこまで熱心に、というわけではないけど楽しんで部活をしていた。
窓を全開にして扇風機も強で風を起こす。ひたすらに暑い外の空気を風で中和して涼んでいる。涼めてはいないけど。
「暑いねー」
「そうだよね~」
相づちをうつのは同じ部員の杵築ゆのか。同じく二年生。そしてもう一人、奥の方でワープロで小説を書いているのが部長の市振こしじ。こちらも二年生。三年生はこの部活にはいないのだった。
「ひので君は今日どうしたの」
「なんか用事があるんだって」
「ふーん」
九尾さんのところに用事があると言っていた。九尾の狐のところに通う人間なんてそうそういないけれど、用事で通っているというのはそれなりに信用があるのだろう。
「ちーっす、あれひのでは」
男子部員の横手が入ってきた。椅子に座ると扇子をとりだして、
「じゃあ今日は俺のハーレムというわけだ」
と言い扇ぐ。あんたみたいなのでハーレムが作れるかといってやる。
「うるせーな、冗談だよ冗談」
文芸部はいつもこんな馬鹿話を含めておしゃべりするような部活だった。
「ただいま」
「おかえりー、あれ、お兄ちゃんとお姉ちゃんは」
「ひーくんは九尾さんとこ。お姉さんはなんの用事がよく知らないね」
「そうなんだ」
一人で待っていたのはひーくんの妹のはる か。私は珍しく一人で帰ってくる。最近は大抵三人で同じ列車で帰ってくるのだけど今日は用事が重なっているらしい。
着替えて晩御飯作り。去年の九月から東海家に居候しているけど、その時からご飯は当番制だった。両親は仕事でいなくて、三人の兄弟姉妹と叔母にあたるとき姉さん、そして私の五人で暮らしている。
「今日は本場のチャーハンを見せてあげるよ、中国からの友達のレシピを聞いてきたから」
「本場?私にも作っているところ見せて!」
「いいよ、ほらっ」
「すごいっ」
「ちょっと味見してみる?」
「・・・・・・おいしい」
夕食のときもこのチャーハンはかなり人気だった。じぶんでもここまでうまく作れたのは初めてかも。
あくまで私がこの地に派遣されたのは「東海ひのでを守るため」ではあった。九尾さんは敵が多くてそれで関わっている人間も危険だから、だという。
しかし実際はこの家で「家族」として暮らしているだけだった。一緒の家で暮らして、一緒の学校に行って、ただそれだけだった。私が部屋でひとりでいるとそんなことを思う。それはお父さんが海外で働いていて、そしてお母さんか家を空けることが多かったから、家族という当たり前のことも嬉しかった。
翌日学校にて。五限が終わりあと一つで放課後というところでぼんやり外を眺めていたら化け狐がやって来た。そういえばひーくんは今日も用事があるらしい。何の用事なのか。不思議と私には内容が知らされていなかった。そして化け狐。何か怪しい。
教室を飛び出し、逃げようとした狐を捕まえる。暴れるので一発叩いたらおとなしくなった。
「なんでさっき逃げたのよ」
「実は・・・」
そしてその化け狐はとんでもないことを言い始めた。込み上げてくる怒り。まさかという絶望。そして・・・・・・やっぱりなという感情。捕まえた手が力で狐の首が絞まりかけた。
私は、この計画を阻止しなければならない!
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ひーくんが計画している悪魔の計画。それを止めなければ・・・・・・そう思って私はカバンをもって教室を飛び出した。
「あと一時間あるよ?」
「エボラ出血熱と脳梗塞と雛見沢症候群を同時に発症したから早退するっていっておいて」
「え、う、うん」
ここ何日かの九尾の狐のところに通った行動、そしてこの計画。九尾の狐に入れ知恵されたにちがいない。いくら彼女の立場が上だと言ってもこれは私が積極的に阻止しなければいけない。
一時間早く学校を出たのだから待ち伏せするなり、九尾の狐に説得するなり、いろいろやりようがある。確実なのは待ち伏せか。神社の近くに急いで向かい、木の影に息を潜める。
・・・・・・来ない。なぜだろうもう二時間も待っているのに、まさか、ばれた?急いで神社に向かう。いつもと変わらず狐たちがのんびりとしていただけだった。
「九尾さんは?」
「どこかに出掛けているらしいですよ、確か田原町の神社だとか」
「ありがと」
急いでそこへ向かう。早めに出たのが仇となったか。本気で走ってそこまでやってくると、九尾と、もう一人の女性が座って話をしていた。
「九尾さん!」
「なんだたもとじゃないの」
「ひーくんはどこにいるんですか!」
「なんだ、知ってたの」
九尾の狐は驚くこともなく、計画についてたんたんと話した。
ひーくんは私が既に亡くなった身であるということを知っていて、それで過去に戻って私の死亡する歴史を変える、ということを思い付いたらしい。それを九尾の狐に相談した。そして九尾の狐が時間移動のできる神様を紹介してひーくんが旅立った。というところ。
「私も過去に行かせてください」
「どうする?きゅーちゃん」
「うーん、そうだねぇ、わかった、いってきなさい」
ここで九尾の狐があっさり認めると思わなかったのでかえって驚く。しかしこのチャンス、生かさねば!
そうして私は、二年前の故郷の地を踏んだのだった。
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海、潮のかおり、砂浜。ここは私の故郷。二年前まで私の暮らしていた海辺の街。懐かしくて涙が出てきたけど、今はそれどころではない。ひーくんを探さなきゃいけない。
ここで私は今どこにいるのかを確認しなければいけない。いや、どこではなく、いつか、だ。今は何年の何月何日か把握しなければいけない。ひーくんはもうやって来ているのか、まだやって来ていないのか。それによって私がどう行動すればいいのか変わってくる。
今をいつか知る方法は・・・・・・新聞か。私は新聞を売るコンビニを目指して歩き始める。・・・・・・と、前に見覚えのある影。ひーくんだった。いきなり過ぎる。咄嗟に路地に入り身を隠す。いや、身を隠す必要は無くむしろ捕まえにいかなければならないのだけど今はその準備ができていない。記憶が確かならば私は縄を持っているはずだ。
ひーくんが向こうに行ったのを確認してコンビニに滑り込む。さっと入り口にある新聞をチェック。七月二十一日。確かひーくんがやって来た次の日だ。さて、どうしようか。どのようにひーくんを捕まえるかもそうだけど、まずひとつ重要な問題がある。それは雨風をしのぐ場所。私の実家も妖怪の山の家も当然使うことは出来なかった。ずっとホテルに泊まる金もない。妖怪の私が頼れるのは・・・・・・あそこだ。
「よこちゃん」
「あなたは誰」
神社を訪ねるとよこちゃんは社務所で美味しそうにアイスを食べていた。疑問の表情でこちらを見る。
「実はかくかくしかじかというわけで泊めてほしいんだよ」
「・・・・・・?証明するものある?」
証明するもの。時間移動の証拠となれば難しいが身分証明はできる。二枚のカードを取り出す。一枚は「キュービメンバーズカード」と書かれているカード。これは九尾の狐の部下であることを証明するもの。もう一枚は「かえり券」。あとで説明する。
「なるほど、わかった、泊まっても良い」
これで寝る場所は確保した。これでやっと作戦を練られる。
お昼ご飯を食べて作戦づくりに取りかかる。作戦の根幹は
1.ひーくんを捕らえて
2.かえり券の力を行使して
3.ふたりで元の時代に帰る
という流れだ。かえり券というのは神様に作ってもらっ時間移動のデバイスで、これで一回のみ時間移動を行うことができる。
次にこちらでやらなければいけないことだ。今の私が存在する条件は
・この時代の私が七月中に死亡する
・よこちゃんに助けてもらい妖怪として生を受ける(これは生を受けるというのだろうか?)
・ひーくんに対して執着心を持つ。の三つ。
・・・・・・ということは仮に今私が死んだとしても、執着心がないから条件は満たさない。むしろ粘らなければいけないということになる。よく考えないといけない。
翌日、私はホームセンターにある品物を買いに行った。ひーくんや過去の私に出くわさないようにしなければいけない。夏の青空の下でそんな細かいことを気にして歩くのはギャップがある。死んだのにあの空に飛び立つのではなく、未だにこんなごまごました地面に這いつくばって生きているのだから不思議だと思う。
品物をもって帰るとよこちゃんが不思議そうな顔をする。
「なにこれ、縄?」
「そう、縄。これを使うんだよ、でもどう縛ればいいのかな」
「何を縛るの?」
「人」
「人?」
「練習させてよ」
「嫌」
「言うと思った。私が縛られて観察するよ、それなら良い?」
「それなら」
そしてよこちゃんにあらかじめ用意した縄の縛り方の本を手渡し、縛ってもらう。こんなところをひーくんに見られたらたまらない。たまったもんじゃないのほうの意味。
「よこちゃん何してんの」
「妖怪退治の練習」
「そうなんだ」
そう思った瞬間に湯田川がやってきたのだから怖い。妖怪退治の練習という答えはなかなか機転が利いていて助かったのだけど。
「ふうん、忙しそうだね」
怪しそうな目で私をちらりと見る。そしてよこちゃんと私を見比べる。
「練習頑張ってね」
そういって湯田川は神社の階段を下りていった。
続きます。
おまけ。
「なんだこのコーナーは」
「このコーナーはひーくん(東海ひので)の素顔を紹介するコーナーでーす!いまいち登場回数が少なくてあまりぱっとしないひーくんの魅力を知っていきたいと思いまーす!」
「もうそれリメイク失敗だろ。俺のせいじゃない」
「という訳で、知り合いの方たちの証言を読み上げていきます」
「勝手にしろ」
「ひとつめ、文芸部の部員の中で文章力無いほうです」
「いきなり魅力じゃねぇ!」
「次~、ええと、すぐ変な騒ぎに首を突っ込んで騒ぎを大きくします!」
「だから魅力じゃねぇんだってば、しかも捏造だろそれ」
「今回だってひーくんが原因じゃん」
「仕方ないだろ」
「三つ目。お兄ちゃんの作るオムライスはとても美味しいです。日本一です!」
「はるか、普段はこういうこと言えないからってこういう機会を利用して・・・ほんとに泣かせるな・・・・・・」
「最後です、ひので君は優しい子で本当にいつも助けてもらってます。付き合ってほしいです・・・・・・コロス!」
「わ、おい待てよ」
・・・・・・
そして数日後、返り討ちにあったとみられる湯殿たもとの死体か見つかったのだった。
「もう死んでるんだってば」
続きます。