その6 九尾の狐
夜明けのひかり
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翌朝。目が覚めたのは朝の五時だった。まだひので君はすやすや寝ていて、その間に朝の支度を済ませる。そして、一番のお気に入りのワンピースを着た。普段こんな時間から着ないけれど今日は特別だった。本当にこれでいいのかな、と迷いが入る。
と、その時ひので君が目を覚ました。私の方を、思ったよりもじーっと見ていたので緊張するけど表情には出さない。そして起き上がって朝の支度を始めた。ひので君はそれが終わると窓の外を見始めた。私も覗いてみたけど特に何か珍しいものがあるという訳ではなかった。
少したってから、いつも通り食堂で朝御飯の支度をする。準備をしているとひので君があとからついてきた。それを見た同居人のお爺さんが首をかしげる。
「新入りさんか?」
私がつれてきたことを伝えるとお爺さんは咎めるような表情で、
「勝手に連れてきて騒ぎになったらどうする。帰してやりなさい」
と言う。私は大丈夫と言ったが確かにまずいかもしれない。よその人間をつれてきたひとをこの町で見たこともない。九尾さんに話をしてあるから大丈夫なのだけど。
外に出掛けようと思って着替えたのにこれじゃだめだ。朝ごはんを済ませると二人で部屋に戻る。
「俺はまだお前の名前を聞いてないぞ、自己紹介してくれ」
「そういえばそうだね、私は湯殿たもと。よろしくね」
「よろしくな」
危ない危ない。危うく名乗りはぐるところだった。私は名前をなのり安心したのだけど、ひので君はそわそわしている。
「何かしよう?」
「竹馬と競争はやだぞ」
「ボードゲームは?」
「ボードゲーム?」
「まあそれなら」
「超次元オセロで良い?」
「なんだその超次元って」
「イカサマオセロ?」
「せっかくだしそのイカサマとやらを見てみようか」
ひので君は案外ノリが良かった。思い出してみるとそんなにノリが悪い印象は無かったのだけどすっかり忘れていた。そしていろいろやっているうちに夕方になった。前もこんなゆったりとした一日があったような気がする。
「湯殿さん」
「どうしたの」
「どうして俺を誘拐したんだ、何をさせるってわけでもないのに」
「どうしてだと思う?」
「見当つかないな」
「高校生の男の子からは特に美味しい鍋が出来るんだよ」
「鍋の時期じゃないだろう」
「冗談だよ」
「だったら何でだよ」
「寂しかったからね」
「・・・・・・」
誘拐した直接の原因。それはひので君がタイムリープして一年前の私のところにやって来たから。でもそれは今のひので君は知らないし、言っても混乱を招くだけだった。
しかし、今ひので君の前にいて、私が言った「寂しさ」が紛らわされることは無かった。その寂しさはひので君が理解してくれることは無かった。梨香姉さんやよこちゃんは事情を知っているけどひので君は知らない。
晩御飯の後、私はふらりと町へ出た。空はうっすらと太陽の光を残し星が見えていた。梨香姉さんのところにやってくる。
「あれ?ひので君はどうしたのさ」
驚いたような顔でこちらを見る。私は今考えている、その気持ちを全部伝えた。冷静に考えるとバカみたいだけど、それを頷きながら聞いてくれた。
「それはね、ひので君と話足りないんだよ。もっと話したらきっと寂しさも紛れるから」
「そうかな」
「そうだよ、あたしも初めてここに来たときには寂しかったけど、たくさん話したら平気になったよ」
「ありがとう、私がんばってみる」
「うん。辛くなったらいつでも戻ってきなよ」
落ち着いた気持ちでひので君のいる部屋に戻る。ひので君とたくさん話して、寂しさを紛らわせていこう。
・・・・・・でも。九尾さんとの約束の時間は明日の十時だった。
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翌朝、やはり九尾の狐はやって来た。本気で取り返しに来てるよと回りの人から言われる。あらかじめ話をしていなかったら私は古い雑巾のようにボロボロになるまで殴られるに違いない。もちろん約束はあるのだけどそれを他の人に知られたらあまり良くないだろう。私はあくまで屈した風に見せかけてひので君と別れ、そして一旦姉さんのところに向かう。別に場所はどこでも良いのだけどなんとなく。
「なっ?たったもと!あんた大丈夫なの?」
「大丈夫な筈だよ、話してあるし」
「ガチでキレてるって聞いたけど」
「え」
血の気が引いてきた(妖怪に血が流れてるかはさておき)。何が彼女を怒らせたのかは知らないけど、もし、がちのマジに怒ってたら、私に勝ち目は無いはず。
「あたしも一緒にいてやるから隠れてないで謝った方がいい」
そう助言を受けた丁度その時、部屋の扉が開かれて彼女が姿を見せた。
「いたいた」
そしてまもなく私は意識を失った。
そして目が覚めたとき、私は本当に知らない場所につれていかれていた。頭をフル回転させてもここには覚えが無かった。見知らぬ部屋に見知らぬ天井。カーテンを開けて窓の外を見てみる。前言撤回。見覚えがあるよここは。荒海さんちだった。話し声が聞こえるのでふすまに耳をつける。
「そういうことでいいね」
「まあ、いいんじゃない」
「じゃあ決まりね」
「はいはい」
九尾さんと吹浦さんの会話が聞こえる。はじめから聞いてなかったら話の内容はよくわからなかった。そして耳をすませていたふすまが開きこける。
「なんだ、起きてたの」
「え、あ、はい」
「というわけで、引っ越しだよ」
「引っ越し?!」
「聞いてなかったんだ」
途中からしか聞けなかったからとんでもないワードに驚く。引っ越し。どこに。
「今までは吹浦さんの下で働いてるでしょ、今日からはうちの部下になるのよ」
「・・・・・・なぜ?」
「それは大人の事情。さあ行くよ」
「えっ」
そして九尾さんは私に切符を手渡すとどこかへ消えてしまった。切符は一時間後の列車の指定席。あまり時間がない。急いで駅に向かって列車に飛び乗ることになった。切符以外何も持っていない上にお世話になった吹浦さん、梨香姉さん、よこちゃん、みんなに挨拶できないまま故郷を後にした。町が遠ざかっていく。
切符の行き先の駅についた頃にはもう真っ暗だった。どこへ行けばいいのかときょろきょろしていると、私の元に夏場には珍しく、厚着した背の高い男二人が近づいてくる。怪しすぎる。その二人が私に話しかけてきた。
「湯殿たもとさんですか」
「はい」
「話は聞いてます。こちらに来て下さい」
ここで仮にこの大男が人間であったとしたら、私は人間ではなく化けて出ている存在なので負けるはずはない。大男が人間以外だったら勝てないけど。
というわけで選択肢的にはついていく他ない。車に案内され、そして連れていかれた先は・・・・・・神社だった。
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連れてこられた神社は静かだった。というよりは町全体が寝静まっているというようだ。もう夜も遅い。
そして車から降りると九尾の狐が待っていた。私の方が先に出たはずなのだけど。
「たもとちゃん、あなたは今日からここに住むのよ」
「ここですか」
まさか神社のなかにすむはずはないと思ったのだけど、案内されると驚くことに社殿の裏から地下へ降りる階段を見つけた。そして三○二の鍵を渡される。地下三階まで降りる。その鍵を使って指定された部屋に入るとそこには畳が敷かれていた。
「ここがあなたの部屋ですよ」
そういって案内してくれた人は階段を下りていった。畳によこになるとどっと疲れが出て、そのまま夢の中へ。
翌日。
見知らぬ建物に戸惑いながらなんとか洗面所を見つけて顔を洗っていると周りから気配。タオルで顔を拭いて振り向くとなるほど、同じ建物に住んでいる人たちが覗いていたのだ。そして彼らにはけも耳が生えている。九尾の狐の部下だから狐なのかもしれない。とりあえず挨拶をして、九尾さんに連れてこられたことを話すと驚かれる。なぜそんなに驚くのかと聞いたら、人をわざわざ連れてくることが少ないからだという。
食堂のようなところで朝御飯を食べていると昨日の男から九尾さんが呼んでいるとメッセージ。パンを頬張って急いで九尾さんの部屋に向かう。
「どう?慣れた?」
九尾さんは部屋でお茶を飲みながら待っていた。どこか風格がある。
「まだ一日ですし・・・・・・」
「だよね、まだつれてきた目的すら教えてないし」
「その目的っていうのは何なんですか」
「実はね、私たちの敵対勢力が活動を強めているんだよ、それで私たちの味方の人間のボディーガードをしてほしいんだ」
「ボディーガードですか?それで誰を・・・・・・」
「たもとちゃんが守ってほしいのは・・・・・・東海ひので」
「えっ」
「たぶん思っているその子だよ」
「本当ですか?!」
「本当だよ」
・・・・・・私の追い求めてきた彼。それのボディーガード。急に連れ出された私。
「九尾さん、私・・・・・・」
「いいのいいの、でもしっかりやってよー」
「ありがとうございます!」
これが夢ではないことを証明するのは大変だった。狐につままされていないか、正直不安だったのだけど・・・・・・。
そして九月。私はひので君と同じ学校に転入した。新しい日々が始まった。
続きます。
-18.5-
二学期はじめの朝。
「ひので君おはよー」
「なっ、なぜここに」
「驚かなくてもいいんだよ、制服だってちゃんと着てるし」
「いやなんでここに転入してきたんだよ」
「それはね」
「それは?」
「教えなーい!」
「そうかい」
「・・・・・・」
「はじめまして」
「はじめまして、私はひのでの姉のきぼうっていいます、よろしくねたもとちゃん」
「よろしくきぼうさん」
「ひーくん、元々知り合いだったの?」
「まあ」
「ふぅん」
ひので君の姉だというきぼうさんに出会った。めちゃ美人。なんかずるい。ほんの少しだけそう思った。
続きます。