その2 入道雲
夜明けのひかり
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七月二十五日。朝目が覚めると快晴。昨日の雲はすっかり流れていったようだった。そして代わりに照りつける日差し。今日は暑くなりそうだった。
「今日は見つかるかなあいつ」
「一緒に探しにいこうよ、はい帽子」
「おうサンキュー、でも暑いから最上は家でゆっくりしててもいいんだぞ」
「いいよ、私は暇だしそれに一緒にいた方が楽しいよ」
「それなら一緒にいこう」
猛暑のなかを歩いていく。少しあるいては日陰で休憩。それを繰り返す。
「海沿いって言っても暑いものは暑いな」
「今年は特に暑いらしいからね」
「目の前の川に飛び込みたいくらいだよ」
それから谷筋を上っていって温泉街へ。取り敢えず涼もうとスーパーの扉を開ける。冷気がぶわーっと流れる。
「全然見つからないと心配になるよね、もしかして引っ越しちゃったとか」
「見当外れ上ってところを探している可能性だってある。知ってるのは荒海と婆さんだけだし。でもここを良く調べるまでは離れられないな」
蝉の大合唱の神社へ。荒海さんはいつも通り社務所に座っていた。東海くんは湯殿さんの行方を尋ねる。
「さっき来たけど今はいない、気が立ってるから近づかない方がいい」
「さっき来たって?本当?」
「本当」
「気が立ってる?でもすぐそこなんだろ?、何処に行くって聞いたか?」
荒海さんは困り顔で温泉街の奥のほうを指差す。荒海さんが何故困った顔をしているのか解らない。結局その日は見つからなかったのだった。
夕食のあと、ごろごろしていると東海くんが話しかけてくる。
「お父さんとお母さんは本当に仕事が忙しいんだな」
「そうだね、お父さんは外国だし・・・・・・そうだ、電話してみる?丁度向こうは朝の仕事前だろうし」
家の電話でボタンをプッシュする。
「俺は別に話さなくてもいいや、まるで人さらいの犯人が金を要求してるみたいだし」
「不審者として通報されてるし」
「うぐ」
「実際ご飯もただで食べてるし」
「ぐはぁ!」
そんなことをいっている間にようやく繋がった。
「もしもしお父さん?さつきだよ、元気?」
「久しぶりだな、こっちは元気だよ、そっちは元気か?病気とかしてないか?」
「大丈夫だよ」
少しだけだけどお話できたのは嬉しかった。国際電話なんて滅多にするものじゃないから、たまにお父さんと話すのは楽しみ。
「お父さんすげえなぁ、俺も勉強しないとな」
「教科書とか持ってきたの?」
「もってねぇな、そうだ、俺が最上の家庭教師をしてやろう。教えることが一番勉強になるっていうし」
「え、あ、うん」
何故か私が勉強することになってしまった。本当はどちらにしてもやらなくちゃいけないんだけど。
おまけ
「よこちゃん、ここ教えてー」
「少しは自分で考えなきゃだめだよ」
「それはそうなんだけどー」
温泉街の神社の脇に立つ一軒家。ここが私の友達、荒海陽子のすむ家。私はここで夏休みの宿題を教えてもらっているのだ。よこちゃんは私より頭がいいから宿題を写させて・・・いや、教えてもらおうとやって来たのだ。
「しぐれちゃん、そこはこうじゃなくてこうやって解くの」
「ありがとう」
まだ志望校とかは全く聞いていないけど、よこちゃんと私のレベル差からするときっと別の高校だろう。だから一緒の学校の生徒として最後の夏になると思う。だから一緒に居たかった。
「しぐれちゃん?」
「えっ?あっごめんね、やらなきゃね」
いや、まだ諦めたわけじゃない。私が猛勉強して学力で追いつければ高校だって一緒になるのだ。だから、頑張る。
-6-
未明に何故か目が覚めてしまった。風の音がする、窓の鍵を閉め忘れていたのだ。少し無用心だったかもしれない、一人じゃないとそのあたりの警戒心は鈍ってしまうかもしれない。
窓の外は既に白みはじめていた。一度布団に戻るけど、完全に寝付けずにいつもより早く起きて朝御飯をつくる。出来上がる頃に丁度東海くんも起きてきた。物音がするからだろうか。私もだけど目覚ましなしで起きられるのは体にいいことだと思う。
朝の天気予報では台風の発生を伝えていた。ゆっくりと北上してくるらしい。
「こっちに来ないといいな、去年の台風で友達の家に杉の木が倒れて刺さったとかいってたし」
「刺さった?飛んできたのかな、怖いね」
テレビは続けて占いのコーナー、私は八月生まれ、結果は四位でまずまず、十二月生まれの東海くんはびりだった。ラッキーアイテムはおはぎ。
「おはぎは秋の食べ物だろ、それに運勢ビリでおはぎ食べたらタバスコとか入ってるに違いない」
「ラッキーアイテムなんてあてにならないよ」
「そりゃそうだ、こんなの作ってるのインチキ占い師だからな」
「神様が直接占いをしてくれたら当たるのかな」
「そうだな、本気を出せば何でもないだろうけど占ってくれることなんてそうそう無いだろう」
「そもそも神様って信じる?」
「信仰って意味だと信じないけど、実在するかって意味なら信じるな、俺は」
「たもとはこの近くにはいるけど何処に居るか解らないってかんじだよな」
「うん」
ならば、と東海くんが向かったのは荒海さんのところの神社。今日は珍しいことに人影が二人見えたのだ。
「吹浦さん」
「誰こいつ」
「えと、話は長くなるけど」
「湯殿たもとの行方を探してるんだ、吹浦さんなら解ると思って」
「ちょっと待ちなよ、初対面の神に失礼だなぁ君」
一歩引いたところで聞いていたけど展開が解らなくなってきた。その時吹浦と言われていた女性が指を突き出し・・・・・・そして東海くんは謎の力で思いっきり吹き飛ばされた。
「東海くん、大丈夫?」
「大丈夫だこれくらい」
衝撃のわりにすっと立ち上がる。
「やる気?そこらの人間がどこまでやる気かね」
「やめて、後で説明するから」
挑発する吹浦を荒海さんが制止する。
「少年、命拾いしたね」
「ふん、危うく神社も妖怪の山も壊滅するところだったな」
「東海だけに倒壊って?ははは、冗談はよしなよ」
東海くんが今までどのような人生を歩んできたかはしらない。普段の優しいところとは全然違うところもあるんだ。だから命の恩人っていうのは相当すごい人に違いない。
夜。東海くんの正体をどうしても聞きたかった。
「東海くんはどこから来たの?どうしてここにやって来たの?それで、探している人は誰なの?」
東海くんはすべて話してくれた。
「俺は今から二年後の未来からやって来た。探しているのは俺の彼女、湯殿たもと。そいつの二年前を探しているんだ」
二年後?二年前・・・・・・?
「やって来た理由は湯殿たもとの自殺を止めること、俺の彼女は妖怪なんだ。俺の自己満足かもしれないけど、自殺を止めてやりたいんだ」
情報量が多くて、しかも内容か濃いから理解が追い付かないけど、彼の目は真剣だった。そして自殺を止めるってことは、時間が無い。急がなきゃ・・・・・・。
-7-
七月二十七日。時間が無いのを知った私は朝一番でいつもの神社へ。ここだと新しい情報が入らないのではないかと思うけど、しか一番情報を持っているのもここなのだった。東海くんが必死に頼み込む。
「たもとの場所を教えてくれっ!」
「あなたが探しているたもとのことは教えられない」
「どうして」
「私は同じ立場にたったとき、高二のたもとを応援する。あなたのやってることはただの自己満足。たもとを苦しめる事にしかならない」
「ぐぅ、それは知ってる。その上でやっているんだ」
「高二のたもとは私の家で寝ている。私があなたに出来るのはここから立ち去るように促すことだけ」
「わあったよ、わかったわかった」
そして仕方なく神社を後にする。頼りにできそうな人を失った今、東海くんはなすすべが無い、という状況で落胆していた。
「たもとも完全にきれちまってるだろうなぁ、今さら帰れない。もう少し頑張ってみるか、最上、まだここにいさせてもらっていいか?」
「大丈夫だよ、見つかるまで、いや見つからなくてもずっと」
「見つけてやるさ、必ずな」
朝は晴れていたがいつの間にかどんよりとした雲が空を覆う。じめじめした暑さが世界を支配する。南半球は冬だけどそれが考えられないくらいの暑さ。
「もし、私が東海くんの探している人だったら?」
「・・・・・・自殺願望があるのか?」
「前はあったけど今は無いよ」
「なら違うんじゃないのか」
「ははは・・・・・・たもとさんが死んだときに改名したってことはあり得るの?」
「・・・・・・それだ、聞きにくいことだけど、誰か学校でいじめられている生徒っていないか、不登校も含めて」
「・・・・・・聞いたこと無いよ」
「そうか」
家に帰ってくつろぐ。くつろぐと言っても精神的にはくつろげていないけれど。
「ん?この傷どうした」
東海くんが見つけたのは私の手首の傷。
「これは一年前作った傷・・・・・・」
「・・・・・・今はそんな気持ち、無いんだろ?」
「うん、これからは二度としないよ」
「約束だぞ?」
「うん、約束だよ」
約束。最近全く聞かない言葉だった。私には友達なんてあまりいないから。だから約束してくれた東海くん、凄く嬉しい。その嬉しさは消えなかったけど、だんだんとその嬉しさが痛くなってきた。涙が出てきた。
「どうして泣いてるんだ」
「少し嬉しいことがあったから・・・・・・心配してくれてありがとう」
「ああ。辛いことや悲しいことがあったら俺を頼ってくれ。遠くで働いているお父さんやお母さんの分まで」
「ありがとう」
また涙が溢れてきた。東海くんはそんな私を優しく受け止めてくれた。
続きます。