オーバンステップの歴史~10年前まで
オーバンステップの街は正直あまり交通の便には優れていないので食料生産を自力でやる必要に迫られていた。これについては、今代ではなく先代よりまえの領主たちのたゆまぬ努力によってどうにかしてきた側面がある。
・~20年前までのオーバンステップ
大陸は治安は安定している。しかし、大陸中央の車を曳けない地域(山が深かったりなどで)が交通の妨げになることから縦貫道、横断道の放射線ではなく環状線が主要道となっている。で、その主要道から外れているために交通の便が優れていない、と評される。
道自体はあるのだが、高付加価値のもの(鉱業製品類)を運ぶのは利に適うものの安価なものを大量に運ぶのは効率よくないよね、という微妙な感じ。
つまり、食料運んでくるのが高くつく!
これが、鉱山を閉じていないときなら、こちらに買い付けに来る車に乗せてきた食料を買うという形でそして、それで得た外貨で購入するという形で生産分として足らぬ分は賄えていた。
ある意味では、鉱山と鍛冶屋に乗っかっていたわけであるが、単一の産業に乗っかかるのはそこまで珍しくもないし問題視もされていなかった。
・20年前~15年前のオーバンステップ
さて、その問題の種ができたのが20年前。鉱山の代替となる迷宮が環状線の近くに出来て、そこから5年で鉱山が閉山したことである。そうなると食料品の高騰なども起きるわけだが、すぐにその問題が起きたわけではない。
閉山に伴い都市部人口が減って農村部からの食料品の価格が上がり、値上がりすることで都市部から農村に移り住み農業をしようとする人間が増え……という連鎖によってすぐさまの飢餓状態にはならなかった。
しかし、じり貧状態になり、また、その連鎖構造も長くは続かないために貧困状態になるだろうことが予測された。これについて、市街地を最小化して農耕全振りで穀倉地帯にしよう、という提案をしたのが先代。この策については、
・利点
外からの食料購入を最低限にすることで外部の状況に左右されにくくする
領民が植えないでいられる土地に出来るはず
・欠点
土地面積当たりの稼ぎとしてはかつての二次産業をしていた頃よりは劣る
大量に生産できたとしても、交通面、立地的に外部への運送が高くつく点を無視している
さらに元鉱山の地域だからなのか土壌の塩濃度が高く、大きく農業をするには不利であった。
と、こんな風ではあったが、とはいえ、目の前を見るだけなら農耕に力を入れて市街地の要求量を減らすというのは理にかなってはいたのでこれを方針とした。
この方針は五年間続いた。
・15年前~10年前のオーバンステップ
先代はこの方針のもとに農夫の優遇と都市部の優遇の撤廃を行った。鍛冶職人一党へは地力から特権撤廃をできずいくつかの(薪に対する優遇、煉瓦の独占製造販売等)特権は維持された。都市部では職のない人間も多数ではじめ暗澹たる空気があった。
農夫も優遇はあるものの、仕事そのものの厳しさが変わるわけではないために晴れ晴れしいという感じでもない。一部の農夫は、鉱山夫からの転職組である。クラスの加護がなかったとしても身体能力的には大きな問題にはならなかった。
問題としては、市政の方向性が変わったことでの混乱が生じたこと、都市部の収入が減ることで農村部での収入格差が縮まったが都市部の支出は変わらなかったことから都市部での貧困が広がったこと、都市部の経済規模そのものが小さくなったことで相対的に外部の資本の力が大きくなりインフラを含んだ産業に食い込んできたことなどがある。
孤児の増加も一つの問題であった。基幹産業が衰退したことで余裕がなくなったことで福祉の規模も縮小し、都市部の貧困が大きくなったことが原因ではあるのだが、もう一つ、農村部で鉱夫と農夫の婚姻が進んだことも一つの原因であった。
これについては大きなモラルの問題を含むのだがある種の優生学的思考が発生し、農夫のクラス適性を得られなかった子を捨てて次の子に期待するというのが農村で同時独立で起こった。これが大きな問題になったのはひどいやり方で倫理的に認めがたいにも関わらず、結果としてみると確かにこの『間引き』が効率的で全体の生産性向上に寄与した、という点だろう。
つまり、倫理的に悪い方法が効率的には確からしいと一例を見せてしまう。とはいえ、もちろんこの差はこの五年間では表に出ていない(才能のある子どもが適者生存の形で残っても実際に働き結果が出るのはもっと後なので)。
これについての公表は今代の治世に委ねられたが現状は広めることを良しとしていない。完全に隠ぺいに
ただ、この先代は5年(物語の15年前から10年前)で死去し、後を14歳の領主に継がせることになる。
まず、麦という植物の持つ生産性については、1ヘクタール当たり3トンが理論上の上限という感じ。これは、適切に土を耕し、適当量の肥料を与え、適当な水を与え、塩分濃度も管理し、撒き方の粗密も最適にして、日照の問題も解決して……くらいで到達できる領域。
これを超えようと思うと、品種改良なりなんなりの必要がある。作業に対しての生産性を向上させるだけなら、大量の処理を早く済ます系の技術を発達させた方がいい(脱穀、刈り取り、粉挽き、運搬、耕土の効率化など)。
これまでのオーバンステップでの農業関連の政策としては、農具の改良(鍛冶の街であるため)、土地整理のやり方の見直し、農業適地の割り出し(鉱山と鍛冶が盛んなため、土壌が酸性に傾いている区画がある)、酸性土壌対策(これは何代か前に見出された)、治水技術の応用法、堆肥作成技術者の招致、農耕牛の普及などがある。
これはある程度の成果が出たものであり、対して優に数倍の成果の出なかった施策もあり、それらの失敗の履歴も残されている。(このことにより領主は、自分の施策についてある種の”誠実さ”を持っていると評価されることもあるし、自分を中心に人をまとめる”責任感”に欠けると批評されることもある)
これらの成果によってどの程度の収量に改善されたかというと、1ヘクタール当たり小麦で500キロ、貧者の麦で700キロ程度である。(ちなみにどちらも、いわゆる種もみとして100キロ使用)
次に、この土地の食生活でどの程度の麦を使用するかというと、一人200キロ/年位なので、要するに、ヘクタール辺り、小麦なら2人食べられる程度、貧者の麦なら3人食べられる程度になる。
ちなみに、農耕牛がいるので(一日10km程度農耕牛として運動、移動時に幅2メートルを耕す道具をつけたとして2万平方メートル、つまり、2ヘクタールの耕しが可能、刈り入れの時も車を引かせる)農夫一家(平均五人家族)の耕作面積は4ヘクタールプラス、1ヘクタール果樹がスタンダード。
これ以上はどこかに無理が出る。(刈り入れ、脱穀、粉挽き等々)
先代の時代までは、結構適当に『耕作適当地を見つけたから行きたい人を見繕って開拓使にする』というようなやり方で成功率が低かった。今代はそれをさらに発展させた。ちなみに、先代のころまではそれでも、鉄器等の生産により食料の買い付けが出来たので問題はなかった(正確にはカバーできる程度だった)。
つまり、先代までは農民一人当たりの仕事量は裁量が大きく、破綻も何も自己責任であったが、基本的には供給が需要に追い付いていないために率の悪い仕事ではなかったという感じ。
今代は結構政治的な介入を行うし、規格的な開拓を行うことで食物自給率を上げようとしている。一部に共産主義的なやり口もあるが、基本的には善政――というか、絞れるだけ絞るというよりも、最大効率で街を大きくするための管理であると領主の側が思っている管理をしているようだ。
先代までとの比較としてよりも、今代が特に何をしているかを把握したほうが分かりやすいので、以下に挙げる。
・測量士を組織した
クラスとして成立している測量士で精度は高い。街にある領主の仕事場の塔の最も高い部分から鉛直に下した点を基準として、そこから、東西南北に一キロごとの大ポールを立て、大ポール同士を基準に格子点となるように中ポールを建てて街の周辺のかなりの領域を正方形グリッドとして把握できるようにした。また、方眼紙に重ねた地形図を作成し開拓の基盤とした。
さらに、開拓村に必要な場合は、100メートルごとのポール建ても行う。
ちなみに、土地把握の基準になるので一般人が恣意的にポールを動かすとかなりの刑に処される、測量士が技術的な問題でもないのに虚偽の位置にポールを建てるとさらに重い刑となる。
三人の測量士と二人の見習いがいる。
・土壌研究者を集めた
クラスとして成立している研究者でいくつかの指標を元に土地の土を評価する。単体でも有効な職であるが他の科学者系統と組み合わさるとさらに撥ねる。高レベルの土壌研究者の場合、土壌の酸性度、土壌の栄養状態、粒度、保水力、塩濃度が分かるらしい。もちろん、現代的な数値化されたものではなく五段階評価、くらいの分け方で。(また、酸性という概念があるわけではなく『錆びている』とか『すっぱいとか』の感覚的なもの)
ちなみに、見ればわかるというような神通力ではなく、数週間程度の時間がかかるし、一度に一か所のみである。クラスレベルの高低に関しては『わかる項目が増えていく』→『精度が上がっていく』という感じ。
クラスとしての成長に関しては『土壌調査補助』、『主体的な土壌調査』、『調査した土地が開墾された』、『調査した土地から作物が得られた』、『土壌に関する知識を学ぶ』、『フィールドワーク』、『地形図を読む』などで経験値を得る。
二人の研究者と一人の見習いが来てくれている。
・植物学者を募集している
まだ、参加者は居ない。植物に関する知識が高い。また、その知識の応用に優れている。単体でも有効な職であるが他の科学者系統とシナジーが高い。大陸でも数名しかいないうえに、大抵が未踏領域、非文明域に突っ込んで植生調査とかをしていて民衆に還元するつもりがあまりなさそうに見える。といっても、数年に一度ではあるが、未踏地域から新しい作物の種を持って帰ってきたりして人類全体に益をもたらすので無碍にも扱えないし、そのままでいいとも言いづらいという人種。
主には、このあたりの特殊な技能職を呼び込もうとしていることと農民間の格差是正がメインになっている。極端には開拓地を増やして農民を増やせば、都市全体を賄う食料の生産ができるのは確かである。しかし、そうした方向性を打ち出すにしても問題が二つ。
一つは単純にそうするための人員が足りないから、一気に農民を増やすということができないこと。もう一つがある意味もっと深刻で『今の農業スタイルで今の都市とのバランスの取れた収量』をという数まで農民を増やしたとして、農法が改良されるなどしたときに『農民余り』の状況が発生してしまうことである。そうなると余剰生産分の農作物をどうにかする必要がありそのためにも様々な手を模索している段階である。
今はバランス的には外から食料を買って工業製品を出荷して、である程度の均衡が取れている。
大抵が好奇心旺盛で人跡未踏の地に行くことをこそ望んでいるので、地場に根付いて農業改革して、とか頼んでも引き受けてくれない。未踏地域から作物を持って帰ってくるのもこういうことをしているから自由にしていてもいいよね、というような行為なので、持って帰ってこなくていいなら持って帰ってこない。
未踏地域に行くための道具や補助を受けるためにある程度の成果をだすんじゃよ、ということで作物を持って帰ってきている。ちなみに、何処に持ち帰ってもある程度の見返りはあるので、ある地域で『援助してほしければ農業振興に協力するんだよ!』と迫っても、他の土地に収穫を持っていかれるだけ、ということになりがち。特殊技能もちはこういうところは強い。
ただ、もちろん、一般的な傾向というだけであって『故郷の食糧事情が悪いのは知っているけどそんなことより冒険だ!』ってなる奴ばっかりかというと……うん、えと、いや、そうじゃない人もいるんじゃないかな。