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右眼の力

少し暴力的な箇所があります。

 『10キロ西にある』と言われて、星で位置を確かめながら慎重に歩く。


 どれくらい歩いただろうか。

 多分半分は歩いた気がする。

 「もう少し」と自分に言い聞かせて、疲れた体を無理矢理動かす。


 しかし突然、目の前がチカチカして、体から力が抜ける。

 その場に倒れ、起き上がろうとしたが、痺れて力の入らない手足に困惑する。


「ど……して……」


 右眼の視力を失い、慣れない片目で慎重に歩いていた分、体力を普通より多く消耗していたのだろう。

 その予兆に気付かず、限界に達した。

 ただそれだけ。


 なんと愚かな事か。

 ()()を決めたばかりだというのに、こんな所で野垂れ死ぬのか。


 嫌だっ! こんな所で死んでたまるものか!

 私はまだ何も成し遂げていない!


 必死に起き上がろうと、痺れる手に力をいれる。


 ーーお前は甘い 

 ーーだからお前は馬鹿なのだ


 ランドール公爵とセドリックに言われた過去の言葉が、頭に浮かぶ。


 ーーうるさい。うるさいっっ!!

 お前達を地獄に落とすまで、私は死なない!!


「私は……い…きる……」


 痺れた手では力が入らず、起き上がれない。

 手はただそこに生えている草を掴むだけ。

 意識が朦朧(もうろう)としてきた時、女性の声が聞こえた。


「この死にかけが我らの(あるじ)だと? フッ、笑わせる。悪魔は何を考えている。なぜこんな脆弱(ぜいじゃく)な人間に力を与えた」


 視界がぼやけて良く見えないが、大きな何かがいる。


「だ…れ……」


「チッ、その目で私を見るな。(あらが)えなくなる。面倒な……」


 突然私の体中を何かが巻き付いていく。

 身の危険を感じ、必死にもがく。

 でも、痺れて力の入らない体ではどうする事もできない。


「たす…けて……」


 私の意識はそこで途切れた。






   ♢   ♢   ♢   ♢






 ヒヤッと何か冷たい物が額に置かれ、意識が浮上する。


 体中が熱く、苦しい。

 ハァハァと荒い息を繰り返す。


 私はいったい……。


 先程までの事を思い出し、慌てて起き上がる。

 頭がクラッとして、また後に倒れた。

 ポフッと柔らかなクッションに、私の体は優しく受け止められる。


 ここはどこ? 私は何故ベッドで寝ているの?


 疑問に思って辺りを見回す。

 ベッドの横で、面白そうに私を見下ろすノワールと目が合った。


「クッフフフフ。シュゼット、貴方は何をしている?」

「ノワールどうして? ここはどこ?」

「人間は質問ばかりだな。面倒くさい」


 女性の声がした方を向くと、大きな蜘蛛の下半身に豊満なボディーを持った女性の上半身。

 薄紫色のロングストレートの髪をもつ妖艶な美女がそこにいた。

 本で見た事がある。彼女はアラクネという魔物だ。


 初めて見る魔物に私は興味を惹かれて、自分の状況を忘れ、マジマジと見つめてしまう。


「うっ、なんだコイツは。なんか視線が気持ち悪い」


 アラクネは引きつった表情で、私から離れていく。

 心なしか少し顔が赤い気がする。


「クフフ。シュゼットは面白いだろう?」

「この死に損ないが? 悪魔、お前は頭がおかし……」


 ノワールから突如殺気が放たれて、私の体が震える。

 それと同時に冷静さを取り戻す。


 アラクネはまともにノワールの殺気を受けて、ガタガタと震えながらその場に倒れ込む。

 ノワールはアラクネに近付き、倒れたアラクネの髪を掴み持ち上げる。

 苦痛に歪むアラクネの顔を覗き込むノワール。


「私の(あるじ)を馬鹿にするのは許さない」

「わか…た……」


 その返事を聞くと、ノワールはアラクネの頭を床に打ちつけ手を放す。


 凄い音がしたが、アラクネは痛さにうめき声をあげながらのたうち回っているので、多分……大丈夫だろう。

 ノワールはその様子を冷たい目で一瞥(いちべつ)して、殺気を消す。

 そして、何事もなかったかのようにいつもの笑みを浮かべ、私の傍へ戻ってきた。


「シュゼット、すまない。殺気を抑えられなかった。主にまで殺気を飛ばしてしまうとは……」


 ノワールは長い睫毛を伏せ、シュンとした様子で私を見つめた。


 恐怖に引きつる頬で無理矢理笑顔を作る。

 笑え。

 ここでノワールに恐怖を感じていた事を悟られてはいけない。

 仮にも今は、ノワールの主なのだから。


「別に気にしていないわ。それよりここはどこ?」

「クフフ。シュゼット、少し雰囲気が変わったな」

「ちょっとした心境の変化よ。それより質問に答えて」

「クフフ……ここは私が用意した貴方の城だ。陰鬱な雰囲気が私は気に入っている」


 辺りを見回すが、この部屋だけでは何も分からない。

 ただ魔石の光で部屋が明るくなっている事だけは分かった。


「この城を案内したい所だが、貴方は死にかけたばかりだ。まだ熱もあるし、もう少し休むといい」

「私が死にかけた? どういう事?」

「貴方は脱水症状を起こしていた。そこのアラクネが運んで来なければ、死んでいただろう。私とした事が、人間は脆い生き物だという事を失念していたよ」


 では、意識が途切れる前に出会った何かは、このアラクネ。

 痛みが少しマシになったのか、アラクネは腕を組み、ふて腐れた顔でドア付近に立っていた。


 そんなアラクネに私は声をかける。


「助けてくれてありがとう。私は死ぬわけにはいかなかったから」


 アラクネはこちらを見て、微妙な顔をして視線をそらす。


「別にいい。お前の右眼の力に抗えなかっただけだ」

「右眼の力?」


 私は右眼付近に手を当てる。

 そうだった。ただ見えなくなっただけではない。

 ノワールから貰った『魔物を統べる力』がこの右眼には宿っている。


「貴方は見るなと言った。もしかして、この右眼に見られると抗えなくなるの?」

「そうだ。本能的にな。どんな不本意な事だろうと……」

「そう……では、なぜ貴方はあんな所に?」

「我ら魔物を統べる者が現れた事を本能的に感じとった。他の魔物も同じだろう。私は興味本意で見に行っただけ。そしたらお前が倒れていてガッカリしたよ」

「そして、私を助けてくれた……。どんな理由だろうと、貴方が助けてくれた事実は変わらない。やっぱり、ありがとう」


 にっこり笑ってお礼を言うと、アラクネは照れたのか頬をポリポリかいて「変なやつだな」とボソリと呟いた。


「アラクネが、糸でグルグル巻きにして引きずってきた物が、シュゼットだったのには驚いたが……シュゼットを運んできた事には感謝しよう」


 ノワールも笑ってアラクネにお礼を言うが、アラクネは「ひっ」と声をだしてガタガタと震えだした。


 さっきの事がトラウマになったのだろう。

 気になる発言はあったが、それよりアラクネが可哀相になった。


 私はノワールの意識をアラクネから逸らす。


「ノワールも看病してくれて、ありがとう」

「当然の事をしただけだ。シュゼットが死んではつまらな……悲しいからな」

「そう……貴方でもそう思ったりするのね」

「まぁな。疲れただろう? もう休め。お前はまず体調を万全にしろ」

「そうね。まだやる事が沢山ある」


 フッと私に柔らかく微笑んだノワールは、甘い雰囲気を纏っていた。


 私の心臓がどくりと跳ねる。

 体の熱が顔中に集まったかの様に、顔が熱い。


 ノワールは、私の顔の横に手を突くと、自分の顔を近づけてくる。

 ノワールの整った顔が至近距離にあるのが恥ずかしくて、目を瞑る。


 そして、私の額にノワールの額がくっつく。

 ひんやりとして冷たいノワールの額が気持ちいい。


 しかし、異性に免役がない私はこの状況がとてつもなく恥ずかしい。

 口から心臓が飛び出そうな程バクバクする。

 胸を押さえ「これは熱を測っているだけ」と自分に言い聞かせた。


「うーん、やっぱりさっきよりまた熱があがったか?」


 額を離しながら呟くノワール。


 離れてホッとする気持ちと、少し名残惜しい気持ち。

 なぜ、名残惜しいと思うのか分からない。

 本当に熱が上がったのだろう。さっきより、ぼーっとする頭では何も考えられなかった。


 きっと熱のせい。


 ノワールは冷たい水を含ませた布を、私の額に乗せる。

 そして、ゆっくり私の頭を撫でる。

 それが心地よく、私に睡魔が訪れた。


「ゆっくり、おやすみ」


 私は心地良いまどろみに身を(ゆだ)ねた。




  

 

 





 


 



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