表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/17

閑話 ランドール公爵と王太子

 私はあの駒よりも、さらに有用な駒を手に入れた


 その駒は、私の欲しいものを全て持ってきてくれる。

 しかも、馬鹿で従順そうな所がなお良い。


 ただ、失われたと思っていた『魅了の魔法』をあれ程使いこなすとは……。

 少し厄介だが、分かっていれば対処法はいくらでもある。


 それにしても、前の駒は下手に頭が良い分、使いにくかった。

 まぁ、詰めの甘い所が、あれはあれで良かったが。


 王太子の馬鹿はもう私に頭が上がらない。

 ただの駒に成り下がった。

 ()()()()とやらと引き換えに……。


 王太子に甘い両陛下も手中に収めたも同然。

 もう、笑いがとまらない。


 私の長年の夢が、叶う時が来たのだ。


 ただこんな私にも『情』というものはあるらしい。

 いらなくなった駒は破棄するに限るが……シュゼットだけはどうしても殺せなかった。


 まぁ、貴族の令嬢が平民になって生きていけるはずもないので、野垂(のた)れ死ぬのはわかっている。

 でも、生きるか死ぬかはあれ次第。

 もうそこは、私に関係ない。


 別の死体を用意し、偽装までしたのだ。

 願わくば、シュゼットには生きていてほしい。


 二度と会うことはないだろうが……。






  ♢  ♢  ♢  ♢






 馬鹿で鬱陶しいシュゼットに婚約破棄を告げた。


 この日の為に根回しをして、やっと私は愛するジゼルを手に入れたのだ。

 まさか、ランドール公爵が協力してくれるとは思わなかった。


 ここぞとばかりに条件を色々だされたが、()()()()を手に入れた私には、どうでもいい事だった。


 シュゼットといると、いつもイライラした。

 ジゼルといると、心が安らいだ。

 ジゼルに触れられると、(わずら)しい(しがらみ)から解放され、幸福感で満たされる。

 もうジゼル以外の事は考えられなくなるのだ。


 ジゼルを好きになるのに時間はかからなかった。


 そんな幸福の絶頂にいる私に、側近候補のハワードから告げられた。


「シュゼット様が先程()()致しました」


 どういう事だ?

 ランドール公爵との話では、シュゼットは修道院に行くはずだった。


 なのに、()()だと?

 いくら何でも、それはやり過ぎだろう。婚約破棄ごときで。


 真相を確かめねばならない。

 どのみち、ジゼルの養子の件で、この後ランドール家へ行くことになっていた。


 パーティーが終わると私はジゼルを連れて、お忍び用の馬車でランドール家へ向かった。


 嫌いな人間だろうが、罪もない人が死んでしまった。

 私のせいで……。


 その罪悪感から、私の顔色は悪かったのだろう。

 ジゼルに心配させてしまった。

 本当に心優しい娘だ。


 屋敷の一室に通され、出された紅茶を飲み、動揺している心を落ち着かせる。

 ランドール公爵がカップをテーブルに戻し、口を開いた。


「人払いは済ませてあります。殿下が聞きたいのはシュゼットの事でしょう」


 ニヤリと笑いながら話すランドール公爵に、腹芸ができなくなる程腹が立った。

 それこそ、ランドール公爵の思うつぼだというのに……。


「あぁ。ランドール公爵。なぜシュゼットをわざわざ()()させる必要があった。修道院送りが妥当だろう!」

「あれは使えぬ駒ですので、廃棄する必要があったのです。修道院に送った所で醜聞は醜聞。ならば、死んだ方がマシでしょう」

「話が違うではないか!」

「殿下。我が家の事に口出しするのはいかがなものか。殿下は()()()()とやらを貫き通したければ、ただ前だけを見ていればいいのです」

「しかし……」

「始めから分かっていた事でしょう。殿下程のお方が、決定事項を(くつがえ)すのなら、それ相応の余波は我々臣下に広がります。それで、人一人死んだからとどうだというのです。そんな事では王位は継げぬでしょう」 


 ランドール公爵が言っている事は正しい。

 戦であれば一人どころか、多くの人が死ぬだろう。

 王の采配で。


 だが、頭では分かっていても、上手く呑み込めないのだ。

 これはただの八つ当たりだが、ランドール公爵を睨んでしまう。


 ランドール公爵は気付いているだろうが、涼しい顔をしてジゼルと話始める。


「あの……シュゼット様はご病気だったのですか?」

「あぁ、(馬鹿という)不治の病だ。今日の夕方家に帰って来たかと思えばそのまま……」

「まぁ、そうだったのですか。お可哀想なシュゼット様」

「ジゼル嬢にそう思われて、あの世でシュゼットも喜んでいる事だろう」

「そう……ならいいですわね」


 何か副音声が聞こえた気がしたが、間違ってはいない。

 シュゼットは馬鹿だからな。優しいジゼルは哀れんでいるが、その必要はない。


 必要ないはずなのに、心の隅の方にある悲しい気持ちはなんだ?

 私はシュゼットが死んで悲しいのか?


 いや、そんなはずはない。

 私のせいで死んだという罪悪感はあるが、私はシュゼットを何とも思っていなかった。

 死んだからといって、悲しいというのはおかしい。


「シュゼット様に最後に一目会ってもいいかしら?」


 そうだ。シュゼットを一目見れば分かるではないか。

 この気持ちが気のせいである事を……。


「えぇ、後程でよければ。まだ話がありますので」

「それでお願い致します。話とは?」

「殿下との婚約にあたり、貴方には我がランドール家の、養女になっていただかねばなりません」

「それはなぜ? 伯爵家でも王妃になれるでしょう?」

「殿下が王太子でいるためには、我がランドール家の力が必要なのです。ランドール家以外では内乱が起きかねません」

「まぁ、それは本当なの?」

「あぁ、私の弟、第二王子派閥の力を抑えるには、ランドール家の力が必要だ。そのために、シュゼットと婚約していたのだから。でも私はジゼルを愛してしまった。ジゼル以外が私の隣に立つのは嫌なんだ」

「そこで殿下は私に話を持ち掛けたのだ。あれは、病気だったし調度いいだろう?」

「そのお話喜んでお受けしますわ。だって、セドリック様こそが次の王様に相応しいもの」


 手を前で合わせて、嬉しそうに笑うジゼル。

 ジゼルを手に入れるために、私が勝手に話を進めたというのに、ジゼルは喜んでくれる。


 よくシュゼットは私に言った。

 「そんな事では王位は務まりません。もっと精進してくださいませ」


 私は頑張っているのに、そんな事を言うシュゼットが大嫌いだった。

 これ以上どう頑張れというのだと、よく腹が立った。


 そんな私にジゼルは「次の王様に相応しい」と言った。

 ジゼルは分かってくれる。私の努力を……。


「ジゼルすまない、私の事情に巻き込んでしまって。ありがとう」

「いいえ、いいのです。私は生涯貴方と共に生きていけるのなら、些末(さまつ)な事です」


 ジゼルには迷惑をかけてしまったというのに、それを些末な事だという。


 ジゼルはなんていい女なのだ。

 こんないい女を、次期王妃とする我が国は将来安泰だろう。


 ()()()()とはなんと素晴らしい事か。


「では、これで話は終わりですな。書類など手続きはこちらで済ませておきましょう」

「頼んだ。では、シュゼットに会いに行くとしよう」


 3人で部屋を出て、長い廊下を歩いた。


 突き当たりの薄暗い部屋に案内され、ベッドルームへと通された。

 天蓋がついた豪華なベッドの上に、シュゼットは寝かされていた。


「ただ眠っているだけみたいですね……」


 そう言って、ジゼルはシュゼットの頬に手をあてた。


 私にもシュゼットはただ眠っているだけに見える。

 だが、ジゼルの瞳が哀しげに揺れた事で、本当に死んでいるのだと分かった。


 私は手を力いっぱい握りしめる。爪が皮膚に刺さった。

 シュゼットを何とも思っていない筈なのに、涙が出そうになった。

 それを止めるために、目に力を込め、睨んでいるようになってしまった。


 何なのだこの感情は……。

 訳が分からない。


 いつの間にか近くに来ていたジゼルが、私の手を取り「大丈夫ですか?」と心配してくれた。


 すると、頭に(もや)がかかったように何も考えられなくなった。

 私は「大丈夫だ」と言葉を返す。


 私は一体何で悩んでいたのか。

 ただ邪魔なシュゼットが死んだだけ。


 罪もない人が死ぬのは、心苦しいが仕方がない。

 私とジゼルの()()()()のためだ。

 シュゼットには悪いが、代わりにお前の分まで2人で幸せになるよ。


 その日から、私達の結婚準備は進んでいった。


 その陰に隠れ、シュゼット・ランドール公爵令嬢の葬儀はひっそりと行われた。





王子もランドール公爵もただの馬鹿ではなかった(;゜д゜)

やっと、次回はシュゼットのターンです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ