閑話 ランドール公爵と王太子
私はあの駒よりも、さらに有用な駒を手に入れた
その駒は、私の欲しいものを全て持ってきてくれる。
しかも、馬鹿で従順そうな所がなお良い。
ただ、失われたと思っていた『魅了の魔法』をあれ程使いこなすとは……。
少し厄介だが、分かっていれば対処法はいくらでもある。
それにしても、前の駒は下手に頭が良い分、使いにくかった。
まぁ、詰めの甘い所が、あれはあれで良かったが。
王太子の馬鹿はもう私に頭が上がらない。
ただの駒に成り下がった。
真実の愛とやらと引き換えに……。
王太子に甘い両陛下も手中に収めたも同然。
もう、笑いがとまらない。
私の長年の夢が、叶う時が来たのだ。
ただこんな私にも『情』というものはあるらしい。
いらなくなった駒は破棄するに限るが……シュゼットだけはどうしても殺せなかった。
まぁ、貴族の令嬢が平民になって生きていけるはずもないので、野垂れ死ぬのはわかっている。
でも、生きるか死ぬかはあれ次第。
もうそこは、私に関係ない。
別の死体を用意し、偽装までしたのだ。
願わくば、シュゼットには生きていてほしい。
二度と会うことはないだろうが……。
♢ ♢ ♢ ♢
馬鹿で鬱陶しいシュゼットに婚約破棄を告げた。
この日の為に根回しをして、やっと私は愛するジゼルを手に入れたのだ。
まさか、ランドール公爵が協力してくれるとは思わなかった。
ここぞとばかりに条件を色々だされたが、真実の愛を手に入れた私には、どうでもいい事だった。
シュゼットといると、いつもイライラした。
ジゼルといると、心が安らいだ。
ジゼルに触れられると、煩しい柵から解放され、幸福感で満たされる。
もうジゼル以外の事は考えられなくなるのだ。
ジゼルを好きになるのに時間はかからなかった。
そんな幸福の絶頂にいる私に、側近候補のハワードから告げられた。
「シュゼット様が先程病死致しました」
どういう事だ?
ランドール公爵との話では、シュゼットは修道院に行くはずだった。
なのに、病死だと?
いくら何でも、それはやり過ぎだろう。婚約破棄ごときで。
真相を確かめねばならない。
どのみち、ジゼルの養子の件で、この後ランドール家へ行くことになっていた。
パーティーが終わると私はジゼルを連れて、お忍び用の馬車でランドール家へ向かった。
嫌いな人間だろうが、罪もない人が死んでしまった。
私のせいで……。
その罪悪感から、私の顔色は悪かったのだろう。
ジゼルに心配させてしまった。
本当に心優しい娘だ。
屋敷の一室に通され、出された紅茶を飲み、動揺している心を落ち着かせる。
ランドール公爵がカップをテーブルに戻し、口を開いた。
「人払いは済ませてあります。殿下が聞きたいのはシュゼットの事でしょう」
ニヤリと笑いながら話すランドール公爵に、腹芸ができなくなる程腹が立った。
それこそ、ランドール公爵の思うつぼだというのに……。
「あぁ。ランドール公爵。なぜシュゼットをわざわざ病死させる必要があった。修道院送りが妥当だろう!」
「あれは使えぬ駒ですので、廃棄する必要があったのです。修道院に送った所で醜聞は醜聞。ならば、死んだ方がマシでしょう」
「話が違うではないか!」
「殿下。我が家の事に口出しするのはいかがなものか。殿下は真実の愛とやらを貫き通したければ、ただ前だけを見ていればいいのです」
「しかし……」
「始めから分かっていた事でしょう。殿下程のお方が、決定事項を覆すのなら、それ相応の余波は我々臣下に広がります。それで、人一人死んだからとどうだというのです。そんな事では王位は継げぬでしょう」
ランドール公爵が言っている事は正しい。
戦であれば一人どころか、多くの人が死ぬだろう。
王の采配で。
だが、頭では分かっていても、上手く呑み込めないのだ。
これはただの八つ当たりだが、ランドール公爵を睨んでしまう。
ランドール公爵は気付いているだろうが、涼しい顔をしてジゼルと話始める。
「あの……シュゼット様はご病気だったのですか?」
「あぁ、(馬鹿という)不治の病だ。今日の夕方家に帰って来たかと思えばそのまま……」
「まぁ、そうだったのですか。お可哀想なシュゼット様」
「ジゼル嬢にそう思われて、あの世でシュゼットも喜んでいる事だろう」
「そう……ならいいですわね」
何か副音声が聞こえた気がしたが、間違ってはいない。
シュゼットは馬鹿だからな。優しいジゼルは哀れんでいるが、その必要はない。
必要ないはずなのに、心の隅の方にある悲しい気持ちはなんだ?
私はシュゼットが死んで悲しいのか?
いや、そんなはずはない。
私のせいで死んだという罪悪感はあるが、私はシュゼットを何とも思っていなかった。
死んだからといって、悲しいというのはおかしい。
「シュゼット様に最後に一目会ってもいいかしら?」
そうだ。シュゼットを一目見れば分かるではないか。
この気持ちが気のせいである事を……。
「えぇ、後程でよければ。まだ話がありますので」
「それでお願い致します。話とは?」
「殿下との婚約にあたり、貴方には我がランドール家の、養女になっていただかねばなりません」
「それはなぜ? 伯爵家でも王妃になれるでしょう?」
「殿下が王太子でいるためには、我がランドール家の力が必要なのです。ランドール家以外では内乱が起きかねません」
「まぁ、それは本当なの?」
「あぁ、私の弟、第二王子派閥の力を抑えるには、ランドール家の力が必要だ。そのために、シュゼットと婚約していたのだから。でも私はジゼルを愛してしまった。ジゼル以外が私の隣に立つのは嫌なんだ」
「そこで殿下は私に話を持ち掛けたのだ。あれは、病気だったし調度いいだろう?」
「そのお話喜んでお受けしますわ。だって、セドリック様こそが次の王様に相応しいもの」
手を前で合わせて、嬉しそうに笑うジゼル。
ジゼルを手に入れるために、私が勝手に話を進めたというのに、ジゼルは喜んでくれる。
よくシュゼットは私に言った。
「そんな事では王位は務まりません。もっと精進してくださいませ」
私は頑張っているのに、そんな事を言うシュゼットが大嫌いだった。
これ以上どう頑張れというのだと、よく腹が立った。
そんな私にジゼルは「次の王様に相応しい」と言った。
ジゼルは分かってくれる。私の努力を……。
「ジゼルすまない、私の事情に巻き込んでしまって。ありがとう」
「いいえ、いいのです。私は生涯貴方と共に生きていけるのなら、些末な事です」
ジゼルには迷惑をかけてしまったというのに、それを些末な事だという。
ジゼルはなんていい女なのだ。
こんないい女を、次期王妃とする我が国は将来安泰だろう。
真実の愛とはなんと素晴らしい事か。
「では、これで話は終わりですな。書類など手続きはこちらで済ませておきましょう」
「頼んだ。では、シュゼットに会いに行くとしよう」
3人で部屋を出て、長い廊下を歩いた。
突き当たりの薄暗い部屋に案内され、ベッドルームへと通された。
天蓋がついた豪華なベッドの上に、シュゼットは寝かされていた。
「ただ眠っているだけみたいですね……」
そう言って、ジゼルはシュゼットの頬に手をあてた。
私にもシュゼットはただ眠っているだけに見える。
だが、ジゼルの瞳が哀しげに揺れた事で、本当に死んでいるのだと分かった。
私は手を力いっぱい握りしめる。爪が皮膚に刺さった。
シュゼットを何とも思っていない筈なのに、涙が出そうになった。
それを止めるために、目に力を込め、睨んでいるようになってしまった。
何なのだこの感情は……。
訳が分からない。
いつの間にか近くに来ていたジゼルが、私の手を取り「大丈夫ですか?」と心配してくれた。
すると、頭に靄がかかったように何も考えられなくなった。
私は「大丈夫だ」と言葉を返す。
私は一体何で悩んでいたのか。
ただ邪魔なシュゼットが死んだだけ。
罪もない人が死ぬのは、心苦しいが仕方がない。
私とジゼルの真実の愛のためだ。
シュゼットには悪いが、代わりにお前の分まで2人で幸せになるよ。
その日から、私達の結婚準備は進んでいった。
その陰に隠れ、シュゼット・ランドール公爵令嬢の葬儀はひっそりと行われた。
王子もランドール公爵もただの馬鹿ではなかった(;゜д゜)
やっと、次回はシュゼットのターンです。