準備を始めましょうか
少し修正しました。
私は頭の中で術式を組み上げていきます。
術式が組み終わりましたら、指の皮膚をかみ切り、血を一滴地面にたらします。
「来たれ 地獄を抜け出しし 闇を統べる者 我と契約を結ばん」
詠唱が終わると、魔方陣が現れ、私の周りには目を開けていられないぐらいの暴風が荒れ狂う。
それなのに、まるで密室にいるかのように音は一切しない。
成功したと私は確信し、笑みがこぼれます。
魔方陣から一際大きな光が発せられると、風はやみ、辺りはまるで何事もなかった様に元に戻る。
ただ違うのはそこに私が呼び出した悪魔がいるだけ。
その姿形に私は目を奪われました。
文献には、おぞましい姿をした悪魔の絵が載っていたのに、今目の前にいる悪魔はひどく美しい。
漆黒の髪は短く、真っ赤な瞳に切れ長の目。
陶磁器のような真っ白な肌に、鼻筋は通り、薄く紅い唇。
まるで人形の様に整った顔立ちに、生気は感じられません。
人間ではないと分かる唯一の物は、彼から放たれるおびただしい瘴気。
なぜ、悪魔を召喚する文献があるのに私だけの秘術になったのか。
魔力の消費量が膨大で魔力操作にたけた者でなければ、まず術式を組めない。
そして、運良く悪魔を召喚したとしても、ほとんどは悪魔の瘴気にあてられて死んでしまう。
ならばなぜ、ただの人である私は大丈夫なのか。
周りの瘴気を吸収して、それを魔力に変換して溜めておける魔石をピアスに加工し、身に付けているから。
魔石の加工はかなり難しく、皆が匙を投げ、世間ではクズ石と呼ばれた魔石ですが、私が遊びでやってみたらできてしまった、世界にたった1つのピアスです。
だから私だけの秘術なのです。
「かわいいお嬢さん。いったい私に何を求める」
貼り付けた様な笑みを浮かべ、悪魔は私に問います。
答えは決まっています。
「全ての魔物を統べる力」
「クフフ……。なぜ、貴方みたいな子供が過ぎる力を求める」
「マルティネス王国を滅ぼすためよ」
「クフフ、フフフフフ。面白い事を言う。しかし、払える代償はあるのかい?」
「私の寿命でも何でも好きな物を持っていけばいいわ。でも、復讐が終わるまでの寿命は残しておいてね」
「クフフ。思い切りがいいお嬢さんだ。気に入った。代償は……君の右眼を頂こう」
「たったそれだけでいいの?」
「あぁ、お嬢さんを気に入ったからね。それに一国を滅ぼすなら、大量の魂がいただけるだろう?」
「そうね。貴方の好きにすればいいわ」
クフフ、と悪魔は笑って私の右眼に手をかざした。
すると、右眼辺りがじんわり温かくなっただけで、痛くも痒くもありませんでした。
悪魔の手が離れると、私はゆっくりと目を開けました。
私の視界が半分狭くなっている事に違和感を感じましたが、力をいただけるならこれ位安いものですね。
「クフフ、これでお嬢さんの願いは叶えたよ。右目に『魔物を統べる力』を宿しておいた。その証に右眼が私と同じ赤い瞳だ」
「フフフ、貴方とお揃いなんて素敵ね。そういえば、貴方の名前はなんというの?」
「名前など忘れてしまいましたよ。呼ぶ者がいませんので。お嬢さんの好きに呼べばいい」
「では、ノワールと。貴方の漆黒の髪が凄く綺麗ですから。それと、私は『お嬢さん』ではありません。シュゼットと呼んで下さいませ」
ノワールは目を見開いて固まってしまいました。
どうしたのでしょう。名前が気に入らなかったのかしら。
不安に思ってノワールを見つめていると、目が合います。
ノワールは首を左右に振ると、私の前に跪きました。
「シュゼット。貴方の御心のままに」
そう言って私の手を取り、指先に口づけました。
驚いたのと、恥ずかしさで私の顔は赤くなっていきます。
ノワールはそんな私の反応が可笑しいのか、笑っています。
からかわれているのでしょう。
少し腹立たしいですが、名前が気に入った様なので、まぁいいでしょう。
「さぁ、これから忙しくなるわ。ノワール、貴方はこれからどうするの? 向こうに帰ってしまうの?」
「私はシュゼットを気に入ったと言いました。最後までお供しましょう」
「そう、ならしっかり働いて下さいませ」
「イエス、マイレディー」
ノワールはそう言うと妖艶に微笑みました。