可哀相なジゼルージゼル視点ー
私は16歳のあの日までただの平民ジゼルだった。
私には貴族様の血が流れているのに、なぜこんな貧乏な生活なの?
お母さんはただ毎日泣いて、仕事をしないから私が働くしかない。
だって働かないと、お腹が減るから。
お母さんの薬という名のお酒代も馬鹿にならない。
お酒がないと、お母さんは暴れるの。
なんて可哀相な私。
でも、お金を稼ぐのは簡単。
なぜかは分からないけど、私が相手の体に触れると、皆私の言うことを聞いてくれる。
そして、可哀相な私にお金をくれるのよ。
ただ、貰うだけじゃ悪いからお返しに、朝一番に私が摘んだ花を一輪あげるの。
なんて優しい私。
ちゃんと気遣いだってできるのよ。
16歳になったばかりの頃、仕事から帰ると、この界隈では場違いなほどの豪華な馬車が、家の前に止まっていた。
何かあったのかと思って、急いで家の中へ入る。
そこに、一目で貴族だとわかる男性が、我が家の簡素な椅子に座っていた。
お母さんはその男性の足にすがりついて泣いていた。
「ジョセフ様! やっと私を迎えに来てくださったのですね! ずっと……お待ちしておりました……」
「うるさい、無礼者! 私に触るな!」
そう言って、男性はお母さんの腕を掴み立ち上がらせると、顔を殴りつけました。
お母さんは床に倒れて、痛いのかうめき声をあげています。
そして、男性はお母さんの鳩尾辺りを思いっきり蹴り抜きました。
お母さんの口から汚物が撒き散らされます。
男性は眉をしかめ、何事もなかった様に椅子に座ります。
男性が手を振ると、周りの人達がお母さんをその辺の部屋に運び込みます。
「ジョセフ様ー! なぜ、このような事を! 離せっ! 離しなさいっ!!」
お母さんは何か叫んでいましたが、私は「床に散らばった汚物を片づけるのが面倒だなぁー」と考えていました。
「君が最近町で噂の聖女様かな?」
男性は突然私に問いかけました。
聖女様ってなんの事? 私はわからず首を傾げました。
「では、質問を変えよう。君は毎日噴水広場辺りで花を売っているね?」
確かに毎日噴水広場辺りで、お金を貰っている。
端から見たら、それは花を売っているように見えるだろう。
私はこくりと頷く。
その返事を聞いて、男性は手を私の前にだす。
「確かめたい事があるんだ。私の手を握ってみてはくれないか?」
またこくりと頷き、私は男性の手を握る。
すると、男性は驚いた顔をしていた。
「まさか、これ程とは……」
男性はごくりと唾を飲み込み、ニヤリと笑います。
その笑みに私は背中がゾクリとしました。
「名はジゼルと言ったか? お前は今日から私の娘。ジゼル・ミューラー伯爵令嬢だ。随分待たせてしまって悪かった。私と一緒に本来お前がいるべき場所に帰ろう」
私、夢でもみているのかしら。
いつも願っていた。
貴族様のお父さんが私を迎えにきて、私は貴族様の令嬢になり、毎日働かなくても贅沢な暮らしができる事を。
もう、お腹がすいて飢えに苦しむ事もない。
寒さに震える夜もない。
お酒がないと暴れて暴力を振るうお母さんに、怯える事もない。
なんて、素敵な事でしょう。
私はこれからの未来を思い描くと、嬉しくてしょうがない。
いつぶりだろうか……。
もう覚えていないけれど、私は満面の笑みを浮かべ男性の手を取った。
♢ ♢ ♢ ♢
貴族で魔法が使える15歳~18歳の子供は皆、王立魔法学園という学校に入るらしい。
平民でもたまに魔法を扱える者がいるらしいが、それは奇跡で、無いに等しい。
魔法は貴族だけが扱えるもの。
それが、この国の常識だと家庭教師に教わった。
私は貴族になれば、毎日優雅で贅沢な日々が待っていると思っていた。
それなのに、私は毎日ご飯の時以外は勉強ばかりさせられている。
魔法学園に入るまでの1年で、貴族として最低限の知識を身につけなければならないらしい。
確かに今の生活は、贅沢でお腹が減る事はない。
でも、自由な時間が全くないのだ。
これでは、前の生活の方がマシだ。
私はやっぱり可哀相な子。
今は、魔法について基礎を学んでいる所。
私は『魔法の才能がある』とお父様に言われたけれど、魔法なんか使った事がないから、さっぱりわからない。
「聞いているのですか! ジゼル様!」
また私の家庭教師は怒っているわ。
毎日毎日よく飽きないものね。
そんなに眉間にしわを寄せては、後がついてしまうわ。
私は家庭教師の眉間をぐりぐりとほぐしてあげた。
私は優しいから、気遣いができるのよ。
家庭教師は私に触れられて驚いた顔をしていた。
そうでしょう。
私が優しすぎて、さぞ驚いたでしょう。
「ジゼル様はなんとお優しいのでしょう。私少し厳しくしすぎましたね。ジゼル様はそのままで充分だというのに」
「そんな事はないわ。私が不出来なのがいけないのよ」
「いいえ、そんな事はありません。私が愚かだったのです。もう今日の勉強はいいでしょう。ジゼル様の好きな事を致しましょう」
「いいの? お父様に怒られない?」
「そんな事にはなりません。私がしっかり『お嬢様は優秀でした』と伝えますから」
「ありがとう。では、庭でアフタヌーンティーはいかが?」
「もちろん。ジゼル様のやりたい事を誰が止められましょう」
「まぁ、おおげさな」
フフフッと笑って、私は侍女に準備を言いつけてから、ゆっくりと庭へ向かいます。
家庭教師も町の男達と同じ。
触れてしまえば、私の良い様に動いてくれる。
なんだ、私の幸せはこんな簡単な事で得られたのね。
でも、私の幸せはもっと上にあるの。
何故かはわからないけど、この不思議な力を使って、私きっと幸せになるわ。
この力はきっと神様から、可哀相な私に送られたプレゼント。
大事にするわ。