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婚約破棄されたので魔王になりましたー元公爵令嬢の復讐譚(旧:お可哀想な人)  作者: 彩心


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鷹の陰謀


 訓練場の真ん中にひっくり返って、ピクピクと痙攣(けいれん)し、気を失っているヴィオレットがいる。

 その横には、涼しい顔をして汚れた手を払う、ノワールが立っていた。


 手合わせはノワールの圧勝だった。

 ヴィオレットは反撃も出来ずに、ただ攻撃を受けるだけ。

 ノワールの動きが速すぎて見えないため、私にも何が起こっているのかは分からなかった。

 気が付けばヴィオレットの体は宙を舞い、地面に叩きつけられ、今の状況にいたる。


「手加減してやるつもりだったが……私をイラつかせるから、つい全力がでてしまったよ。これでは訓練にならないな……」


 ノワールは気を失っているヴィオレットに向け、そう言った。


 これは訓練のつもりだったの?

 ヴィオレットはただ一方的に、攻撃を受け続けただけに見えるが……。

 しかし、全力のノワールの攻撃を受け続けたヴィオレットも凄い。

 死なずに戦闘不能状態ですんでいるのだから。


 呆気にとられて2人を見ていると、ノワールは手からヴィオレットに向けて淡い光を放った。

 その光はヴィオレットに吸収され、ヴィオレットの傷が見る見るうちに治っていく。


 これが回復魔法……。

 でも、ノワールって悪魔よね?

 なぜ、光属性の回復魔法が使えるのだろうか?

 まぁ、規格外のノワールだからと思えば納得してしまう。


 ノワールはヴィオレットの傷が癒えたのを確認して、上空を見上げた。

 「来たか……」そう一言呟くと、ノワールは転移して姿を消した。


 ノワールの姿が消えた後、私も上空を見上げる。

 城に向かって降りていく、翼の生えた女性達が見える。


 あれは……ハーピー?

 

 私はヴィオレットを揺さぶる。


「ヴィオレット起きて! 城に戻るわよ!」

「んーーもうちょっと……」

「起きないと、置いて行くわよ!」

「んー……」


 ダメだ……ヴィオレットは起きる様子がない。

 まぁ、危険があれば自分で対処するだろう。


 私はヴィオレットをその場に残し、足早に城に向かった。




 ♢  ♢  ♢  ♢




 城の前に辿り着くと、白からオレンジ色になるグラデーションの翼を持つ少女が、私の目の前に降り立った。

 ぱっと見は少女だが、手は翼になっていて、足は猛禽類(もうきんるい)の鳥の様に鋭いかぎ爪になっていた。

 初めて見たが、この少女はハーピーで間違いないだろう。

 特徴が本の情報と一致しているのだから。


 少女は私を上から下までじっくり観察すると、口を開いた。


「お前が『魔物を統べる者』か。まさか人間の小娘とはな……」


 このハーピーの少女もヴィオレットと同じで、人間に使役されるのが気にくわないのだろう。

 

「ごめんなさい、私の勝手に巻き込んで……。でもね、私はもう決めたの。貴方達の認める主になるとね」


 私がそう言うと、ハーピーの少女は鼻で笑った。


「はっ、そんなの別にどうでも良い」

「えっ? 貴女は人間の私に使役されるのが嫌ではないの?」

「別に、誰でもいいさ。俺達に肉をくれるならな。ただ……人間の小娘にそれが用意出来るのかと思っただけさ」


 私の頭の中は混乱する。


 えっ? 肉?

 それだけでいいの?

  

 私はハーピー達を見る。

 目の前の少女はまだマシだが、他のハーピー達は痩せ細っている者が多い。

 一体どういう事なのか、視線で少女のハーピーに問う。


「俺はアマン、群れを管理する者。最近人間共のせいで食料が捕れないんだ……」


 アマンが言うには、住処の近くの食料となる動物達を人間達が乱獲していて、獲物が一切捕れなくなった。

 ならば人間をーーとなったが多勢に無勢、勝てるはずもなく、戦闘や飢餓により仲間達は数を減らし、今は50体だけになったらしい。

 そんな時に「魔物を統べる者」が現れた事を知って、城の上空に浮かぶ赤い玉に導かれ、取りあえずここに来たみたいだ。


 住処の場所を聞くと、そこは北のバルツァー帝国とマルティネス王国の間の森だった。

 人間は鳥の絵の旗を持っていたらしい。


 鳥といえば(たか)の紋章のバルツァー帝国の物だろう。

 旗を持っていたのなら、バルツァー帝国軍が動いていたという事。 

 軍がなぜ動物を乱獲するのか……。


 嫌な考えが頭をよぎる。


 干し肉にして、保存食を大量に作っているのではないか?

 雪が多い土地なので冬を越すための蓄えという事も考えられるが、近年気候が安定していて作物が不作という話は聞いた事がない。

 しかも帝国軍が動いているとなると、答えは自ずと導き出される。

 これは戦争の準備ではないのかと……。

 

 私という抑止力がなくても、あの国は着々と準備を進めていたという事になる。

 流石戦闘狂の国。狙いはマルティネス王国に決まっている。

 あの第2王子アランと繋がっていたのだから。

 アランに力を貸して、アランを傀儡(かいらい)の王にし、バルツァー帝国の属国にしようとしていた。

 その陰謀に気づいた私は、魔石を取引きに使った。

 帝都を守護する程の大きな結界の魔石を作れるのは私しかいない。

 それを渡す代わりに、マルティネス王国から手を引く事を約束させた。

 

 アラン勢力の力を密かにそぎ落とし、これで問題は解決したと思っていた。

 しかし、手を引いた様に見せかけ、虎視眈々(こしたんたん)と機会を(うかが)っているにすぎないという事が分かった。

 

 しかも、私の結界に(はば)まれてハーピー達は帝都に攻め入る事もできなかった……。

 約束を違えたならば、魔石は効力を無くすと言ったはずだが、バルツァー帝国は私にバレなければいいと思ったのだろう。

 もしくはマルティネス王国ごと、私を取り込むつもりだったか……。


 今すぐ、魔石の効力を無くす事はできる。

 しかし、それでは抑止力を無くしたバルツァー帝国はマルティネス王国にすぐに攻め入るかもしれない。

 それは困る。


 私より先にマルティネス王国に危害を加える事は許さない。

 マルティネス王国の人々は幸せであってもらわなければ、復讐のし甲斐がない。

 バルツァー帝国は少し様子見という所ね……。

 アランも今すぐ事を起こすつもりはないでしょうし。

 やはり、私も悠長にはしてられない。

 早く準備を整えなければ……。


 私が自分の思考に没頭していると、アマンが苛立った様子で私に問う。


「でっ、肉をくれるの? くれないの?」

「あぁ、肉をたらふく食えばいい」


 いつの間にかノワールが私の横に立っていて、パチンと指を鳴らすと、目の前にドサドサっと大量のイノシシや鹿といった動物の丸焼きが出現した。


 これだけ大量の肉をノワールは一体いつ用意したのか。

 いや、もうノワールのする事に一々驚かない。

 考えても無駄だから……。

 

 ハーピー達は肉を見て目を輝かせた。

 奪い合う様に肉をとり、地面に座り込み肉を(むさぼ)り食っていた。

 彼女達はどれだけお腹を空かしていたというのか……。


 アマンもその様子を嬉しそうに見て、自分も肉を手に取った。

 

「ありがとな。俺は仲間を守れるなら、なんでもいいんだ」


 そう言って、肉を美味しそうに頬張った。

 

 仲間を守れるなら……か。

 そもそも、飢餓の原因は人間のせいだし、私は貴方達を復讐のために、戦いの地へ送りだそうとしている……。


 「ほんと……人間は勝手ね……」私は自嘲(じちょう)の笑みを浮かべて呟いた。

 それを聞いていたノワールは、私に言った。


「この世界は弱肉強食。弱い者はいずれ淘汰(とうた)される。このハーピー達もシュゼットに出会わなければ……シュゼットが私を召喚しなければ、結局は死んでいた。だから気にするな」


 私はノワールに励まされているのだろうか?


 ノワールの顔を見ると、口元に笑みを浮かべてこちらを見ていた。


 あぁ、励ましてくれてたのね。私が気にしないようにと……。

 そう理解して、私はノワールに「ありがとう」と言った。


 するとノワールはフッと笑って、優しい眼差しを私に向けた。

 

 それを見た私の心臓はドクリと跳ね上がった。

 いつも意地悪い視線を送ってくるノワールが、今はそれがとても甘く優しい。

 そのギャップにドギマギしてしまう。

 ノワールはずるいわ……。

 

 赤くなった頬を隠しながら、ノワールをジト目で見ていると、いつの間にか肉を食べ終えたアマンに声をかけられた。


「魔物を統べる者よ。名は?」


 私は深呼吸をして冷静さを取り戻してから「シュゼット」と答えた。

 それを聞いたアマン達は一斉に私に(ひざまず)いた。

  

「シュゼット、俺達は貴女に忠誠を誓おう。肉の礼だ」

「でも、肉を出したのはノワールよ」

「そのノワールの主は、シュゼットなのだろう? なら、その主に忠誠を誓う」

「まぁ、そうだけど……いいの? そんなに簡単に忠誠を誓って」

「いいんだ。俺達は助けられた。恩は返さないとな」


 アマンはフッと笑って私を見据えた。


「新たな我らの長に『アマン』の名を」

「えっ? 『アマン』って貴女の名前でしょ?」

「違う。代々我らの長は『アマン』と呼ばれていた。元々俺には名前はない」


 少し考えて、私は口を開く。


「私に『アマン』の名はいらないわ。私はシュゼット。それ以外の何者でもない。代わりに貴女に新たな名を与えるわ」


 私はハーピーの少女を「ララ」と呼んだ。

 ノワールとヴィオレットには、特徴の色で私は名をつけた。

 それに合わせて、オレンジ色の翼が特徴的なので、異国の言葉でオレンジ色を意味する「ラランジャ」から「ララ」にした。

 

 ララは頬を赤らめると嬉しそうに笑った。


「気に入った。皆、今日から俺は『ララ』だ!」


 周りのハーピー達に自慢気にララはそう宣言する。

 他のハーピー達は涙ぐんで「ララ様良かったですね」と口々に言っている。

 

「他のハーピー達には……」


 そう言いかけた時に、一人のハーピーが声をあげる。


「シュゼット様! 我らに名は入りません。ララ様だけで十分でございます」 

「どうして?」

「我らの中で名を持てるのは、力を持つ1人だけ。皆が名を持てば統率がとれません」

「でも名前がないと不便だわ……それでは皆の事は『マロン』と呼ぶわ。ララ以外は皆翼が茶色だもの」

「有難く頂戴致します」


 (うやうや)しく頭を下げるマロン達。

 ララは「皆良かったな」と喜んでいた。


 それを見て笑みを浮かべていると、ノワールが言った。


「ではお前達の部屋へ案内しよう」

「肉をくれるだけじゃなくて、部屋までくれるのか?」

「あぁ、お前達には強くなって貰わなければ困るからな。その報酬と思えば良い」


 ララとマロン達は悔しそうに下を向いた。


「そうだ、俺達は弱い……けれど、もう逃げるのは嫌だ! 俺達は絶対強くなってやる!」


 ララは決意を込めた目でノワールを見る。


「クッフフ……貴方達は強くなりますよ。弱い者はいらない」


 そう言ってノワールは横に風魔法を放った。

 その先にはヴィオレットが居て、間一髪避けていた。


「悪魔! いきなり危ないだろうが!」

「クッフフ、今頃起きたのか? 少し遅すぎないか?」

 

 ノワールの迫力ある笑顔に、ヴィオレットは「う゛っ」と黙った。

 

「スゲー!! 今の魔法を避けるとか、お前スゲーな!」


 ララは目を輝かせてヴィオレットに詰め寄った。

 ヴィオレットは少し照れながら「お前は誰だ?」と聞いた。


「俺はララ。さっきシュゼットに名前を貰った」

「そうか。私はヴィオレット」

「ヴィオレットは強いのか?」


 ララは無邪気にヴィオレットに問う。

 ヴィオレットの顔は引き()った。

 ノワールの目の前でどう答えればいいか、悩んでいるようだった。

 

「私より弱いが……まぁまぁという所だな」


 ヴィオレットの代わりにノワールが答えると、ヴィオレットはノワールを凝視した。

 ノワールの評価が以外で驚いているのだろう。


 ヴィオレットは視線をララに戻し「そうだ、まぁまぁ強い」と得意気に言った。


 ノワールはそれを無視し、ララ達に「早く行くぞ」と促す。


「おい悪魔! まだ話の途中だろうが!」

「お前のつまらない話を聞く暇はない」


 ノワールは淡々と答え、ララ達を連れてさっさと歩いて行く。

 野生の感なのだろうか……ノワールの指示にララ達は素直に従い、後を着いて行く。


 ヴィオレットは「むーっ!」と拳を握り締めて怒っていたが、ノワールを殴る事は出来ない。

 攻撃を仕掛ければ、先程の二の舞いになってしまうと分かっているからだ。

 怒りを必死に抑えようとしているヴィオレットに向かって、ノワールは「フッ」と鼻で笑った。


「こんのクソ悪魔ーーー!!」


 魔の森にヴィオレットの声が響き渡った。

 

 

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