修行の始まり
少し歩くと大きく開けた場所に出た。
「森の中にこんな場所があったのね」
私が驚いていると、すかさずノワールが自慢気に言う。
「魔物の訓練用に私が作った」
「えっ!? これもノワールが作ったの?」
「あぁ、だがここまでの道を作るのを忘れていた。私は歩いて移動しないから失念していたよ」
だから先程風魔法を放ったのか。
作ったにしては確かに道が無かった。
ノワールは完璧だと思っていたけれど、彼でも忘れる事があるのね。
でも、伝説級の転移魔法をただの移動で使いまくる、ノワールだからこそとも言えるが……。
そんな事をするのはノワールしかいない。
私は彼と同じぐらい魔法が使える様になると言った。
ーー本当に出来るようになるの?
そんな不安が胸によぎる。
私はそんな不安を掻き消す様に頭を振って、ノワールに言った。
「さぁ、ノワール。早く魔法を教えて頂戴!」
切羽詰まった様に言う私に、ノワールは「クフフ……」と笑ってから真剣な顔をした。
「では、今使える魔法を全て見せてみろ」
私はコクリと頷くと、頭の中で術式を組んでいく。
今の私に出来る、最上級の魔法。
いつもより丁寧に術式に魔力を注ぎこんでいく。
魔力が術式に満ちたのを感じ、私は手を前に出し、発動呪文を唱える。
「大地よ集え。ルズムン グヴルム」
周辺の土や岩が一箇所に集まっていく。
ゴゴゴゴォーーという音と同時に砂埃も舞い上がる。
成功だ。
後はゴーレムの形になるのを待つだけ。
私はノワールの方を見る。
ノワールは顎に手を当てて、何かを考えながら、ゴーレムが出来上がるのを眺めていた。
気になったが、ゴーレムが出来上がるまでに、私は次の術式を組まなければならない。
意識を集中して、頭の中で次の術式を組んでいく。
術式に魔力が浸透した所で、丁度5m程のゴーレムが1体出来上がる。
そのゴーレムに向けて、私は風魔法を放つ。
「風よ切り裂け。ホルヴ ホルト」
詠唱により巻き起こった風は、ゴーレムを斬り付けていく。
しかし、ゴーレムは傷一つ負わない。
当然よね。
私の風魔法は弱いし、今までで一番出来の良いゴーレムを作ったんだから。
まだ魔力は存分に残っているが、ゴーレム1体を制御するのに集中力がいるため、もう他の魔法の術式は組めない。
だからゴーレムではなく、スキだらけの術者の私が狙われれば一巻の終わりだ。
この魔法は支援の者が居なければ戦闘では使えない。
学校へ通っていた頃から魔法による戦闘は苦手だった。
私は得意な魔石研究ばかりしていたので、対策も何も立てていない。
こんな事なら苦手な事から逃げずに、克服するべきだった。
そんな事を考えていると、突如私の横を突風が通り過ぎた。
そして、ゴーレムが切り刻まれたかの様にバラバラになって、地面に崩れ落ちる。
一体何が起こったの?
不思議に思っていると、後に居たノワールが私の隣に来た。
「シュゼット……本気でやっているのか?」
「えぇ、今のが私の全力よ」
ノワールは驚いた様に私の顔を見た。
「今のが全力……」
「学校で習った通りにやったわ。それに、5mのゴーレムを出せる人はあまり居ないのよ」
「そうか……」と言うと、ノワールは地面に手をついた。
すると、地面が立っていられない程揺れ動いた。
私はしゃがみ込み、目の前の光景を見て驚いた。
地面からゴーレムが次々と湧き上がってくるのだ。
しかも、私のゴーレムよりも倍は大きい。10m程あるだろうか。
そんなゴーレムが既に5体出来上がっている。
まだゴーレムは湧き出ている。
出来た者から軍隊の様に整列し始めた。
「これは……ノワールが?」
「あぁ、初めて作ったが中々の出来栄えだな。人間は面白い物を作る」
これを初めて作ったというの?
しかも無詠唱で……。
全部で10体のゴーレムを作ったノワールは、完璧にゴーレム達を制御している。
私は1体がやっとだというのに……。
本当にこの悪魔は規格外だ。
ノワールはおもむろに手を払う。
すると周囲に風が巻き起こり、ゴーレムに向かって行く。
先程と同じ様に10体のゴーレムはバラバラに切り刻まれ、地面に崩れた。
私のゴーレムもノワールが……。
自分とノワールの力量の差は明らか。
分かってはいたが、あまりにも違いすぎる。
先程振り払った不安が、また私の胸に広がっていく。
ーー本当に出来る様になるの?
弱気になってどうする……。
私はまだ何もしていない。
ノワールは出来ると言っていた。
なら私は出来る! 練習あるのみよ!
手を力いっぱい握り締め、私は立ち上がる。
「まだ強度が足りないな……次はもっと……」とブツブツ言っているノワールに私は言う。
「ノワール、私はどうすれば強くなれる?」
ノワールはハッと我に返り、私に向き直る。
「まず、無駄が多すぎる。無駄が多いから発動までに時間がかかるし、威力も弱い」
「どこが無駄だというの?」
「なんて言えばいいか……色々と考えすぎているんだ。魔法はイメージだ。イメージがハッキリしていれば、そこに魔力を乗せるだけでいい」
イメージ? そこに魔力を乗せる?
分からない……。それは一体どういう事なのだろうか。
「口で説明してもわからないだろう。これは感覚的な物だからな……よく見ていろ」
そう言うとノワールは、また風を起こして今度は木を切り刻む。
先程と違ったのは、風を緑色に発光させ目視しやすい様にしてくれていた。
「さっき見たものを頭の中でイメージしてみろ」
ノワールにそう言われ、目を閉じて先程のノワールの魔法を思い浮かべる。
「イメージがハッキリした所で、そこに魔力を乗せる」
魔力を乗せると言われても、どこに乗せればいいのだろうか。
私が困っていると、ノワールは「取りあえずそのまま魔力を放出してみろ」と言った。
よく分からないが、ノワールの言うとおりにしてみる。
木を切り刻むイメージ……私から風が放出されるイメージ……手から風が……魔力が……。
私は手から体の外に向かって魔力を放出した。
するとイメージ通りに魔力は風になり、突風になり、辺りの木を切り刻んで行った。
「ぐはっ!!」と誰かの声が聞こえたが、それが気にならないぐらい自分に驚いた。
鳥肌がたち、手が震える。
これは本当に自分がやったのだろうか……。
今までは、木に少し傷が出来る程度の威力しかなかった。
それが、辺り一帯の木を切り刻む程に威力が上がった。
「そんな感じだ。後は込める魔力量の調節と言ったところか」
「ノ、ノワール、私少し魔力を込めただけなんだけど……」
「まぁ、シュゼットの魔力量ならそう感じるだろうな。だが、これで今までどれだけ無駄だったか分かるだろう?」
確かにそうだ。
術式を組む時間、術式に魔力を浸透させる時間、詠唱時間、それに魔力量……全てが無駄だった。
頭の中で具体的にイメージして、そのまま魔力を外側に放出する。
これだけでこんなに変わるなんて、今まで習った事は何だったのだろうか。
「人間はすぐ難しく考える。だから面白いというのもあるが……大体無駄な事が多い」
「でも、さっきは実際に見た後だったからイメージし易かったけど……実際に見ないとイメージは難しいわ」
「だから、教えると言っただろう?」
「えっ?」
「私が使う魔法を見て覚えればいい。だが私が魔法を見せるのは1日1回だ。私も忙しいからな」
「1回見せてくれるだけで十分よ。私、記憶力は良い方なの」
ノワールと私は微笑み合った。
これからもっと練習しなければならないが、私は強くなれる。
その確信が私に自信を与えてくれた。
もう不安はない。
「ちょっと! せっかく寝てたのに、私の蜘蛛の糸ベッドまで切り刻む事ないだろ! おかげで地面におちたじゃないか!」
突然怒鳴られた事に驚いて後を振り返ると、頭をさすりながらヴィオレットが怒っていた。
そういえばヴィオレットは途中からいなかった。
「ヴィオレットはどこに居たの?」
ヴィオレットは私が木を切り刻んだ場所の一角を指差す。
あぁ、蜘蛛の糸ベッドと言っていたから、あの辺りで寝ていたのだろう。
「ごめんねヴィオレット。まだ魔力量の調節が分からなくて……」
「ワザとじゃないなら、もういい。だが、次はないぞ!」
「分かったわヴィオレット。ごめんなさい」
「分かればいい、分かればーーって痛い痛い痛い」
腕を組んでいたヴィオレットの耳を、ノワールは思いっきり引っ張っている。
「お前はここがどこか分かっているのか? 魔物の訓練場だ。私に勝てもしないのに、シュゼットが頑張っている間にサボるとはいい度胸だな」
「いや……別にサボっていたわけじゃ……」
「ほぉーいい心がけだ。私と手合わせする準備をしていたとは」
ヴィオレットの顔は見る見る青くなっていく。
さっきまでの威勢はどこかに行ったらしい。
「まぁ、安心しろ。ハンデをつけて私は魔法は使わない」
「それでも十分強いだろうが!」
「クフフ……」とノワールは笑うとヴィオレットと距離をとった。
「なら最初の攻撃は貴女からどうぞ」
余裕の表情でヴィオレットを見るノワール。
ヴィオレットは逃げられないと判断して、腹を括った様だった。
「なら最初から全力でいかせてもらう!」
ヴィオレットは両手を上に上げると、空中に黒っぽい液体の塊を作り始めた。
その塊はみるみる大きくなっていく。
「ほぉーそんな事もできるのか」とノワールは呑気にヴィオレットを観察していた。
ヴィオレットの体よりも大きい、特大の黒い球状の塊をヴィオレットはノワールに向けて飛ばす。
「避けないとは言っていないからな」
そう言ってノワールはひょいっと塊を避ける。
塊の液体は地面に当たり、そこから周囲に広がっていく。
液体に触れた草はジューと音をたてて瞬時に溶ける。
「悪魔! ずるいぞ! 避けるなんて聞いてない!」
「そんな毒をもらったら、再生に時間がかかって面倒くさい」
「だから最初から全力で行くと言っただろう!」
「そうだった。では私も全力でいかせてもらう」
ノワールは、とてもいい笑顔で言った。




