私は弱い
あれから寝込んで3日。
やっと熱が引いた。
薄暗い部屋では爽やかな朝とはいかないが、私はベッドから起き上がる。
その時、コンコンとドアをノックする音が部屋に響いた。
私は「どうぞ」と答えて入室を許可する。
ドアを開けてアラクネが入って来る。
その手に鮮やかな赤色のドレスを持っていた。
「これに着替えて、謁見の間に来るようにと悪魔が言っていた」
アラクネは私に持っていたドレスを渡してくる。
私はそれを受け取ると、ソファーに広げて置いた。
ドレスは胸元から腰下辺りまで、鮮やかな赤色で、そこからグラデーションの様に黒色に変わる。
赤色の部分には、蜘蛛の巣が黒糸で刺繍され、腰には赤と黒の布で作られた、大きな薔薇の花が飾り付けらているのが斬新だ。
腰から下はふんだんにフリルが付いているが、黒色なので可愛らしさは感じない。
所々に宝石が縫い付けられていて、光に当たればキラキラと光るだろう。
「素敵なドレス……ノワールが用意したの?」
「あぁ、悪魔に言われて私が作った」
「えっ、貴方が作ったの?」
私は驚いた。
こんな斬新で見事なドレスは、王都でも売っていないだろう。
流行を作っていた私でも、こんなドレスは思いつかなかった。
もし、このドレスを夜会などで着れば、注目の的になるに違いない。
「あぁ、こういうのは得意だ」
なんて事ない様にアラクネは淡々と答えるが、これは凄い才能だ。
是非とも他の作品も見てみたくなった。
「他に貴方の……えぇっと、貴方名前はなんて言うの? いつまでもアラクネじゃ、私が人間と呼ばれているのと一緒だわ」
「名前などない」
「えっ?」
「名前はないと言ったのだ。好きに呼べばいいだろう」
「では……ヴィオレットと呼ぶわ」
ヴィオレットは腕を組んで、不機嫌な感じをだしているが、頬は赤く口元が笑っている。
きっと、照れているのだろう。
「ま、まぁ良いだろう。これから、ヴィオレットとそう呼べ」
名前が気に入ったみたいだ。
髪色が紫色だから『ヴィオレット』と安直に付けたが、気に入ったなら良かった。
「ヴィオレットが作った他の作品はあるの?」
「別に作品ではないが、衣装部屋に入っているお前の服は、全部私が作った」
「本当に!? 衣装部屋はどこ? 見てみたい」
キョロキョロと部屋を見渡して、衣装部屋らしきドアを探す。
「後でいいだろう……今はさっさとそれに着替えろ」
「そ、そうだったわね……でも、一人じゃ着られないわ」
「分かっている。手伝うために来たのだから」
そう言うと、ヴィオレットは私の簡素な夜着を脱がせた。
コルセットもちゃんと用意していたようで、私に壁に手をつかせると、ヴィオレットはコルセットを締め上げていく。
ドレスを着せる手際の良さに、私はまた驚かされた。
「ヴィオレットはドレスを着せるのに慣れているの?」
ヴィオレットは、手を止めて嫌そうな顔で私を見た。
「そんな訳ないだろう。あの悪魔に覚えさせられたんだ。一日で覚えなきゃ殺すとな。お前は本当に厄介な者を喚んでくれたな」
私は何も答えられなかった。
私は悪魔を召喚する事で王国を滅ぼす事しか考えていなかった。
魔物達の事なんて何も考えていなかった。
私もランドール公爵と同じ。
魔物を駒として考えていた。
魔物にも気持ちがあるというのに……。
「よし、終わった。このグローブと靴を履け」
ヴィオレットは何も答えない私を無視して、黒のレースでできた、肘まであるグローブと、黒い皮でできたハイヒールを渡してきた。
私は言われた通りに、それらを身に付ける。
「では、行くぞ」
ヴィオレットの後に続き部屋を出る。
私はヴィオレット達魔物に対して、一体何ができるのだろうか。
今日からお前達の主だと言われて、誰が納得すると言うのだ。
私ならごめんだ。
そんな事をヴィオレット達に対して、私は強要しているのだ。
今の私では、ノワールは別として、ヴィオレットにさえ力では敵わない。
こんな弱い主では、誰も認めない。
右眼の力に抗えず、後に死ぬかもしれない戦場に嫌々送り込まれる。
私は馬鹿か……。
しかし、事は動き出した。
もう後戻りはできない。
ならばせめて、仕えるに相応しい者になろう。
魔物の誰よりも強くなろう。
それに、努力は惜しまない。
ノワールと会ったら相談してみる事にした。
どうしたら強くなれるのかを……。




