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婚約破棄

「もうお前にはうんざりだ! シュゼット・ランドール公爵令嬢、貴方との婚約を破棄する!」


 王立魔法学園の卒業パーティーの中盤に、凛とした声が会場中に響き渡ります。

 賑やかだったパーティーの会場が一瞬にして静かになり、何事かと興味深々で成り行きを見守る貴族の方々。

 声の主はこの国の第一王子にして王太子のセドリック・マルティネス殿下。

 眉目秀麗で、黄金のような金髪に碧瞳。

 常に笑顔でその顔を見た者は必ず恋に落ちると、令嬢達の憧れのお方。


 その前に立つ私は、シュゼット・ランドール公爵令嬢。

 6歳の頃から殿下と婚約をしております。

 私も他の令嬢達と同じように、殿下と初めてお会いした時一目で恋に落ちてしまいました。


 それからは殿下のお役に立てるように様々な事を学び、また実践してきました。

 そして、18歳になった私はこの卒業パーティーを終え、明日から殿下の「婚約者」として婚姻のために王宮にあがる予定でした。

 しかし、先程殿下から発せられた意味が分からない言葉。


「殿下? 申し訳ありませんが、私理解できませんでしたのでもう一度お願いしてもよろしくて?」

「お前と婚約破棄をすると言っているのだ。なぜわからない馬鹿者が! お前のそういう馬鹿な所が嫌いなのだ!」

「セドリック様。そんな事を言ってはシュゼット様がお可哀想ですわ」


 私でも呼んだ事のない、殿下をセドリック様と呼ぶジゼル・ミューラー伯爵令嬢。

 ピンクブロンドの髪に翡翠のような瞳。

 大きな瞳に庇護欲をそそられる仕草。

 殿方に人気がある事ぐらいは知っていましたが……なぜ大嫌いなこの女が、殿下の隣に立ち「お可哀想」と言いながらこちらを見てニヤニヤしているのかしら。

 下品で腹の立つ……さすが令嬢方を怒らせる天才だわ。


「ジゼル様、殿下を名で呼ぶのは不敬罪に値しますわよ」


 キッとジゼル様を睨みつけながら言うと、殿下は呆れたように言いました。


「本当にお前は頭が悪い。ジゼルには私が許しているから、そう呼ぶに決まっているだろう。婚約者であるお前に許可した事はないがな」

「まぁ、そうなんですの? お可哀想に……殿下に愛されていらっしゃらなかったのね」


 そう言って殿下の腕に自分の腕をからめたジゼル様は、眉尻をさげ私に哀れみの目を向ける。


「ジゼルはなんて慈悲深いんだ。こんな馬鹿な女など放っておけばいいものを……」


 そう言って殿下はジゼル様を抱きしめると、私達が見ている前で堂々と口づけを交わされました。


 えぇ……それは長々と。


 もう目の前で何が起きているのか理解したくありませんでした。

 殿下とジゼル様は恋仲だと皆様の前で宣言したのと同じです。

 しかも、正式にではございませんが婚約破棄をした後にこれでは、ジゼル様が次期王妃だと仰っているのです。


 横恋慕したとて彼女は伯爵令嬢。王妃になれる条件は満たしております。

 例えミューラー伯爵の元庶子だとしても……。


 あれだけ元平民と(さげす)んでいた貴族達も、今どのようにしてジゼル様に取り入ろうかと、頭の中はさぞ忙しい事でしょう。


 私は……もう終わりでしょうね……。


 醜聞(しゅうぶん)がつきまとい、結婚などできるはずもなく公爵家に恥をかかせた私は修道院に送られる事でしょう。


 お慕いしていた殿下の利益になるように、お父様の力をかりて国内の殿下の力になる貴族達を選別し、そのツテをつかって周辺諸国を周り友好関係を築きあげました。

 そのために殿下のお側にはあまりいられなかったですが、後に殿下のためになるならばと思っておりました。

 ここ1年は特に忙しく、学園にいられる時間が少なかったため、卒業するのにいる単位取得のために必死でした。


 学園は3年制で入学当初に次期王妃として令嬢達をまとめ上げ、学園の情報はこの令嬢達から伺っておりました。

 その中の情報に1年前に編入してきたジゼル様の話はよく伺いました。

 最初は少し大袈裟だと思う噂で信じておりませんでしたが、彼女に会ってそれは大袈裟でもなんでもなく真実だったのだと気づきました。


 私が初めてジゼル様を見かけた時、彼女は中庭で婚約者がおられる殿方と2人ベンチに座って仲睦まじい様子でした。

 知らなければ、それは恋人同士に見えた事でしょう……。


 殿方と指を絡め、腕に胸が当たるように、顔を近づけて話すその姿は、まるで娼婦の様だと私は思いました。

 見かけたからには注意しなければなりません。

 元平民かもしれませんが、彼女はもう伯爵令嬢という貴族。

 貴族としての振る舞いをしなければなりません。

 ありえない事ですが、婚約者がいる方と2人きりになり、婚約者でもないのに少しばかり距離が近すぎる事がやってはいけない事だと、彼女は知らないのかもしれません。

 ありえないですが……。


「ごきげんよう、ハワード様」

「ごきげんよう、シュゼット様」


 慌てて手を放して、ジゼル様を押して離れさせるハワード・ランドルフ侯爵子息。


 「……ハワード様」と無理矢理離された事で不機嫌さを表すジゼル様。


「ハワード様、隣の方はどなた? 貴方の婚約者ではないようだけれど……」


 ビクリとハワード様の体が揺れる。

 その一言で全て見られていたと理解したのでしょう。


「シュゼット様……こちらはジゼル・ミューラー伯爵令嬢です。ジゼル、この方はシュゼット・ランドール公爵令嬢で王太子殿下の婚約者で次期王妃となられるお方だ」

「まぁ、そうなの? シュゼット様、私はジゼルです。よろしくお願いします」


 まるで何も知らない無邪気な子供のように振る舞うジゼル様。

 自己紹介だというのに、名前だけ名乗って家名を名乗らないなんて無礼にもほどがある。

 上位貴族にあたる私に対して、喧嘩を売っているのではないかと思ってしまう。


 私の怒りとジゼル様の無礼な振る舞いに気づいているハワード様は、顔を青くしてどうしたらいいのかわからず、オロオロしている。


 「ジゼル様……と仰ったかしら。私は貴方とよろしくなんて御免だわ。まず、礼儀を勉強してから出直しなさい」


 怒鳴りちらしたい気持ちを堪えて、遠回しに「今回の事は不問にするから、礼儀を勉強してから自己紹介をやり直ししなさい」と伝えました。


「そ、そんな! シュゼット様も私を元平民だと馬鹿にするんですね! 他の方達も……。私を馬鹿にせず優しくしてくださるのは、ハワード様だけだわ」


 突然訳の分からない事を言い、ハワード様の胸に縋り付き泣くジゼル様。

 怒りを通り越して呆れてしまいました。

 ハワード様は先程までオロオロされていたのに、ジゼル様を抱きしめるとなぜか私を睨んできました。


「シュゼット様。貴方には失望しました。こんな純粋で儚げなご令嬢をいじめるようなお方だったとは……」


 どういう事かしら? 本当に訳が分からない。

 いつ私がジゼル様をいじめましたの? それに、先に私を侮辱したのはジゼル様の方ですわ。


「ハワード様、そんな事を仰らないで! きっと私がなにかシュゼット様のお怒りに触れてしまったのです。悪いのは私です!」

「ジゼル。君は何も悪くないんだ。だから自分を責めないでおくれ。全て君の良さを分からないシュゼット様が悪いんだよ」


 私を無視して2人だけの世界ができあがりました。

 そこでふと思い出したご令嬢達の噂。


 あの方は娼婦の様な魔性の女。

 何人もの殿方をたらし込み、味方にして、どんなに自分に非はなく正論を述べようが、周りから自分が悪女のように罵られる。


 そんな馬鹿な話……先程まではそう思っていました。

 でも、今まさに噂通りの状況が私に起こっている。


 このままここにいれば、どんどん訳の分からない事になり、どんどん自分が悪になっていく。

 頭が痛くなり、こめかみを押さえる。


「……もういいですわ。私失礼いたします」


 そう言って踵を返して校舎に戻ろうとした時、後から「シュゼット様! 貴方は謝罪もせずに去るつもりか!」とハワード様が私に向かって叫びました。


「いいんです、ハワード様! 悪いのは私なんですから」

「ジゼル、君がそういうなら今回は見逃そう。君はなんて慈悲深いんだ」


 まだ続いていたのですね……。

 身分の差を(わきま)えずにあの言い方、お馬鹿さんなのかしら。


 忙しい私に馬鹿の相手をしている暇はありませんでしたので、捨て置いていたのが全ての間違いでした。

 それが、今回婚約破棄となったのですから……。


 殿下とジゼル様が最近仲が良いとは、聞いていましたが、まさか私と婚約破棄するほどお二人が愛し合っていたなんて……。

 これは情報収集を(おこた)った私の落ち度ですわ。


 でも、殿下もお馬鹿さんだったとは思いませんでしたわ。

 我がランドール公爵家の後ろ盾を得て、王太子として立太子なさったのに、私と婚約破棄してしまえばランドール公爵家の後ろ盾はなくなるというのに。


 ミューラー伯爵家ごとき、殿下の後ろ盾にはなりませんわ。

 そうなると、殿下と王位争いをしていた第二王子アラン殿下勢力が出張ってきますわね。

 さて、どうなることかしら。

 私にはもうどうでもいい事ですわ。

 今までの努力や労力は全て水の泡。無駄だったのですから。


 殿下をお慕いしておりました。


 政略結婚なので私を好きになれとは言いませんが、大切にしていただきたかった。

 大切にしてくだされば、何があっても殿下の矛となり、また盾にもなる覚悟でした。

 たったそれだけの願いも叶わずに、私を崖下に突き落とされるのですね。


 わかりました。

 殿下が私を捨てると言うのなら、私も殿下を捨てましょう。

 決して泣きません。それが私の矜持(きょうじ)です。


 踵を返し、私は会場を後にします。


 もう、この国の未来なんて知ったこっちゃありません。



 




 


 



 

 


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