犬をさがせ その10
お肉屋さんからきなこちゃんが出てきた。
「出てきたわ」
逸美ちゃんが声をあげる。
が。
作哉くんと凪は、なぜか、隣の100円ショップに向かって走っていた。
「行くぜー」
「それー」
あの二人はいったいなにをしてるんだ。
そう思ったが、逸美ちゃんまで100円ショップのほうへと走り出している。
くそう、あいつら結局あの作戦通り100円ショップでお皿を買うつもりだったのか。味方を騙すとかそういうのはいらない案件だぞ。
ペースをゆるめて俺の隣に並んで走る花音が聞いてきた。
「で、どのお店?」
「お肉屋さんだよ。まあ、他のみんなは100円ショップにお皿を買いに行っちゃったけど」
「なにしてんだか」
花音も呆れている。
「ほんとだよ。買ってるあいだに見失っちゃうって」
みんなの行動にものも言えなくなっている俺だったが。
しかし、ノノちゃんだけはまっすぐにきなこちゃんのほうへと向かって走る。
そして呼びかけた。
「きなこちゃーん」
すると、きなこちゃんはノノちゃんを見た。
さらに、ノノちゃんとは顔を合わせたことがないはずなのに、きなこちゃんはノノちゃんへと向かって走ってゆく。
「わんっ」
駆け寄るノノちゃんの胸に、きなこちゃんは飛び込んだ。
キャッチ。
ノノちゃんは、きなこちゃんを無事ゲットした。
「えへへ。きなこちゃん、かわいいです」
「わんっ」
俺と花音は足をゆるめてノノちゃんの横で立ち止まり、きなこちゃんを観察する。
「なんだか元気みたいだね」
「ねー。ごはんはちゃんと食べさせてもらってたのかな?」
きなこちゃんをなでながら、ノノちゃんはつぶやく。
「どうしてノノのところに来てくれたんでしょう? お名前を呼ばれたからでしょうか。ふふ」
ふと、俺は思い出す。
点と点がつながった気がした。
もしかして。
「ノノちゃん、さっき道ばたでひろったハンカチ、出してもらえる?」
「はい」
ポケットからハンカチを取り出すノノちゃん。これに、きなこちゃんが反応した。ハンカチに顔をこすりつけている。
「やっぱりそうか。このハンカチは、飼い主のおばさんのものだったんだ」
ハンカチのデザインも、おばさんが言っていたのと同じクリーム色の花柄だ。
「なるほど! わんちゃんは、飼い主のにおいが好きだもんね!」
と、花音が笑った。
「すごい偶然です」
驚いているノノちゃんに、俺は苦笑交じりに教える。
「実は、おばさんはハンカチもなくしちゃってたんだよ。ハンカチさがしは依頼じゃないからみんなには言ってなかったんだ」
「そうでしたか。そしたらおばさん、きなこちゃんとハンカチがかえってきてくれて、きっと大喜びですね!」
うん、と俺と花音がうなずいた。
と。
ここで、俺と花音が同時に凪たちのほうが気になって、100円ショップのほうを見た。
そこでは、作哉くんがさっきお店に入っていった変わったひげを持つおじさんを取り押さえて、凪と逸美ちゃんが手足をロープで縛っていた。
こっちが取り込んでいるとき、向こうでは「〝詐欺師〟、昨日ビラで見たヤツじゃねェか?」、「そうだよ。言ったじゃないか」、「逃がしちゃだめよ」、とかしゃべっていた声がうっすらと聞こえていたけど、なにかがあったらしい。
「ちょっとヤバくない?」
花音が俺にささやくように聞いた。
「関わりたくはないくらいにな」
いま現在、凪たちの周りには人だかりができていた。
「見世物じゃないよ。この女はただの詐欺師なんだ」
「でも、警察を呼んだのでもう大丈夫です。手足も拘束してあります」
凪と逸美ちゃんからの呼びかけに、通行人たちが足を止めて野次馬になり、ひそひそと会話をする。
「なんだなんだ?」
「女詐欺師? どう見てもおっさんじゃね?」
「うわぁ、なにあれ」
「首輪までつけてんぞ!」
「子供が詐欺師を捕まえたって?」
「よっ! お手柄だぞ、おまえら!」
あんまりお近づきになりたくない空気が出来上がっていたけど、凪が俺たちに気づいて手を振ってきた。
「おーい。リーダー」
野次馬たちが、一斉に俺を見た。
恥ずかしくて顔から火が出そうだったけど、俺は凪たちの元へと走って行った。
「リーダーじゃない! なにしてんだよ?」
遅れて、花音とノノちゃんも凪たちの元へと歩いて行った。
「あれ? この顔、どこかで……」
「むぅ……。あっ! 小学校でお知らせがあった、詐欺師のひとです!」
詐欺師?
俺は考えてみる。
ここまでの会話で逸美ちゃんのリアクションがおかしかったときのことを思い返してみると(凪がおかしいのはいつものことだから気づきにくいが)、凪と逸美ちゃんだけがこの詐欺師を見つけて追っていたとしたら、微妙にかみ合っていなかった会話のつじつまが合う。
昨日、俺はそのビラを見てなかったから気づかなかったのだ。ノノちゃんはきなこちゃんに夢中だったのだろう。
また。
「おぉ~! きなこちゃんがいる~」
「なんでここにいるの~?」
凪と逸美ちゃんも、詐欺師に夢中で気づかなかったようだった。




