犬をさがせ その7
俺は携帯電話を耳に当てながら、きなこちゃんの様子を観察する。
鈴ちゃんが聞いた。
『開さん、あの、どんな様子ですか?』
お兄さんも動物好きみたいで、きなこちゃんを可愛がってくれている。俺はそのままの様子を伝える。
「相変わらずお兄さんの顔に頬ずりしてるよ。あ、今度はお兄さんのほっぺをペロペロ舐めてる。気に入ったんだね。あはは」
『ちょ、ちょ、ちょっと! 笑ってる場合じゃないですって! 道ばたでそんな……とんでもないことなんですよ?』
なにをそんなに悶えるような声で言う必要があるのか。鈴ちゃんは人なつっこい犬を見たことないのかもしれないな。
「あ、お兄さんも歩いて行っちゃった」
『そ、そうですか……。ふぅ……』
「これで、いま〝きなこちゃん〟の周りには誰もいないよ」
落ち着いて気を取り直した鈴ちゃんが、声を正して言った。
『はい。了解です。ええと、ほかになにか〝詐欺師〟についてわかったことはありませんか?』
そうだなぁ。
ええと、あれだ。
「写真とちがうポイントなんだけどね、服がボーダーだよ」
『ボーダーですか? へえ』
「羽織るタイプっていうのかな? 上に薄いのを一枚だけだよ」
『上に一枚だけ? 下はどうなんです? あたしの情報では、下は黒のパンツみたいですがどうでしょう?』
改めてよく見てみる。
うむ。
「はいてないね。下は特になし。お尻も見えてるし、上に一枚羽織ってるだけだよ。もちろん、腕は通してあるけど」
『きゃっ! そそ、それどうするんですかっ』
照れたように聞いてくる鈴ちゃんだが、
「知らないよ」
これしか言えない。
俺にどうにかできる問題ではない。
鈴ちゃんは電話の向こう側でもわかるくらいにもじもじと言った。
『さっきまで、その恰好でイケメンのお兄さんに飛びついてたんですか……?』
「うん。でも、服なんて着てないってパターンのほうが多いんじゃない? うちの近所の、これも女の子なんだけどさ、その子は首輪だけつながって、そこんちのお母さんがよく近所を散歩してるよ」
『ちょーっ! ちょっとちょっと! 大問題じゃないですか! お母さんが、女の子を、裸で首輪だけつけて、近所を散歩?』
どんだけリアクションが大きいんだ。声の調子を聞いただけでは、探偵事務所内を走り回っているんじゃないかと思うほどだ。さすがは少年探偵団のリアクション担当。相変わらずオーバーリアクション。
『それ、虐待ですよね?』
鈴ちゃんがそんなことを言うので、語るつもりもなかったけど、俺はそのメスの子犬についても教えてあげる。
「あはは。虐待ってどんな基準だよ。結構ね、その子は散歩が好きで、むしろ自ら家族を散歩に連れ出すんだよ。で、その子もイケメンが好きみたい。首輪でつないでおかないと、イケメンに飛びつくんだって」
『だから首輪を。なるほど。て、ならないですよっ』
なんだなんだ。情緒不安定か?
「大丈夫だから落ち着いて。俺も飛びつかれたことあるけど、首輪のおかげで平気だったしさ。あと、その子は大型犬が苦手みたいだね。散歩中に大型犬が近くを通りかかると、すごく吠えるんだ」
『へ、へえ。大型犬、こわいですよね』
どちらかといえば、鈴ちゃんも実際に動物とふれ合うのがあんまり得意じゃない。俺と同じで、見たりゲームでふれ合ったりするほうが好きなのだ。少年探偵団メンバーでは、動物苦手組になるかもしれない。
「吠えないようにしつけが大変だったみたい。ただ、やっぱりイケメンが頭をなでるとおとなしくなるんだって」
『すごい。イケメン万能説ですか』
「そうなるのかな。その子にとっては」
『ただ、あたしの意見としましては、やっぱり今度その子が裸で散歩してたらさすがに通報するべきだと思いますよ? いくら本人が好きでやってることでも』
まだわんちゃんの服にこだわっていたのか。この辺は、お金持ちのお嬢様らしい。きっと知り合いのおうちのお金持ちのわんちゃんはみんな服を着ているのだろう。俺は自然体でもいいと思うんだけどね。




