犬をさがせ その5
俺たちはきなこちゃんを追った。
きなこちゃんがとことこ歩く。
その前を歩くおじさん(ちょっと変わったひげをしている、チョーカーをつけたひと)が立ち止まると、きなこちゃんも彼の横を通り過ぎて二メートルほどして足を止めた。
「あら。止まったわ」
逸美ちゃんがそう言って、凪は頭の後ろで手を組む。
「しかしあんなところで立ち止まって、なにかあるのかな?」
周囲には、まず目に入るものとして人気イケメン俳優のポスターがあった。お店の前に貼られているのだ。
ノノちゃんはそれを見て、
「人気の俳優さんのポスターです。かっこいいって評判で、ノノのクラスにも好きな子がいるんです。ポスターの前で止まるなんて、やっぱり女の子なんですねぇ」
わんちゃんでも人間のかっこいいかわいいの見分けはつくのだろうか。そういえば、前に公園で、わんちゃん(たぶん男の子)が美人さんになついているのを見たことがある。
が。
いきなり、凪と逸美ちゃんが驚きの声をあげた。
「え、女の子?」
「うそ~!」
ふたりのリアクションを見て、逆に俺は驚いてしまう。
「なんで驚いてるの? 女の子だよ?」
だって、逸美ちゃんはいっしょにおばさんからきなこちゃんの話を聞いていたから知っているはずだし、凪にも俺から情報を教えたのに。
凪はノノちゃんを心配する調子で、
「どう見たって女の子には見えないぜ? ひげだってあるしさ」
「おひげなんてみんなあります。あれくらいはふつうです」
平然と答えるノノちゃんに対して、逸美ちゃんは心配するように言う。
「レベルがちがうじゃない。ふつうではないわよ」
ノノちゃんは小首をかしげる。
「そうですか? ノノが知ってる子は、みんなきれいに生えてますよ。近所の子はまだ三才の女の子ですけど、白いおひげがぴょんと長くのびていてかわいいんです」
「三才だって!?」
「みんな生えてたなんて、どうしよう~。わたしまだうぶ毛なのに~」
と。ノノちゃんの告白に仰天する凪と逸美ちゃん、という構図のリアクションをしていた。
しかし一体、逸美ちゃんのなにがまだなのか。逸美ちゃんちにはわんちゃんどころかペットもいなかったはずだが。
「でも、たしかにみんなかわいいから、ぱっと見ただけでは男の子か女の子かわかりませんよね」
くすくす笑っているノノちゃんを見て、凪は腕組みして、逸美ちゃんが肩を落としてつぶやく。
「うむ。ぼくもあれが女の子とは思わなかったからな。かわいいかはさておき」
「見かけで判断しちゃだめよねぇ、反省」
物忘れなんてしない逸美ちゃんがターゲットの情報を忘れているなんておかしい。天然なところがあるからうっかりしてることもあるけど、これって、なにか勘違いしているのだろうか。
気になって考え出したとき、凪が指差した。
「あ、なかに入ってゆく」
「え?」
顔を上げる。
見れば、きなこちゃんがとことこ店内に入って行った。入った先はお肉屋さんだ。ちょうどお肉を入手しようとしていた俺たちにとって、これは好都合なのか判断に悩む。もしかして、いつもおばさんとこのお肉屋さんに来ていたのかな? どちらにしても、俺たちもお肉屋さんに入ったほうがいいだろう。
ちなみに。
隣のお店は100円ショップ。きなこちゃんがお肉屋さんに入ったのと同じタイミングで、近くにいたおじさん(ちょっと変わったひげをしている、チョーカーをつけたひと)が100円ショップに入ったのだけど、その際に見えた店内には右手前にキッチンコーナーがあった。お肉を乗せるお皿はあそこで買えばいい。
逸美ちゃんが聞いた。
「お店に入っているいまがチャンスよね。どうする? 危険もあるし、警察に電話する?」
「それがいい。万が一を考えると通報は必須だよ」
だからなんで警察に頼るんだ。子犬を捕まえるために警察を動員するって、どうなのだろうか。
「ぼくが電話する」
「待ってください。おおげさです」
凪が携帯電話を取り出したのを、ノノちゃんが止めようとした。
そのとき。
プルルル。
電話がかかってきた。
相手は。
「お。鈴ちゃんだ」