凪と花音のパソコン講座 その1
明智家の俺の部屋にて。
俺と凪は、それぞれが別のことをして過ごしていた。
休日ということもあり、俺は普段じゃ時間がなくて読めない本を机に座って読んでおり、凪は俺のベッドで横になりながらゲームをしていた。
凪はゲームをしながらぼやく。
「開もいっしょにやろうぜ~」
「悪いけどパス。そのゲームなら明日やってあげるよ」
「あーあ。2人プレイなら盛り上がるのに」
そう言いつつも、凪はひとりでも楽しそうにプレイしている。
すると。
凪の携帯電話に、着信が入った。
「フィルマンさんだ」
「そっか」
フィルマンさんは、フランスから来た留学生。大学四年生だ。探偵事務所にちょっとした相談に来たことから、少年探偵団のメンバーと仲良くなった。
意外と連絡を取り合うくらいに凪とフィルマンさんは仲が良いのだ。
あまり二人のことは興味ないので、俺はまた本に視線を落とした。
「もしもし」
『フォウ! 凪!』
フィルマンさんの明るい声に、凪はわずらわしげに携帯電話を耳から離し音量を下げた。何事もなかったように電話に出る。
「なんだい? いきなりどうしたのさ。うん、うん、へえ! いいじゃん。ロードバイク始めたんだ。ぼくも持ってるよ。ほんとほんと。うそじゃないって。なんで疑うのさー。ははっ。でも、ぼくがロード乗るって知ってて電話くれたんだろ? いいよ、相談くらい乗るさ」
そのとき。
廊下から足音が聞こえてきた。
「凪ちゃーん。ちょっといいー?」
花音が俺の部屋に歩いてきているらしい。
「あのさ――ん? お母さんから電話だ……」
最初の「あのさ――」の続きは声が小さいから聞こえないけど、凪はフィルマンさんといましゃべっているのだ。
要件はあとで聞いてもらったほうがいい。
俺はドア越しに、花音に教えてやる。
「おい、花音」
「うん。なに?」
「凪はいま電話中だぞー」
ドアの向こうの花音にそう言うと、花音は明るい声で答えた。
「はーい。わかってるー。じゃあまた」
「ああ」
と、俺は短く言った。
しかし。
花音は廊下で、ひとりでなにやらしゃべり出した。
「ごめーん。言いかけて中断しちゃったね。それでさ、教えてほしいことがあるんだ」
なんだ。花音も電話か? 騒がしいな。
俺の部屋では、凪が電話の向こうにいるフィルマンさんに言った。
「ああ、いいとも。なんでも聞いてくれ」
廊下からは、花音の声が聞こえる。
「わーい、ありがとう!」
やれやれ。なにも廊下で電話することもないだろうに。
正直、俺は凪とフィルマンさんについてもそうだが花音とその友達ついての電話も興味がない。
読書を再開しよう。
「入っていい?」
と、花音が通話の相手に聞く。
凪がフィルマンさんに言った。
「待って! その前に、ちょっとストップ!」
「え!? なに? 開けちゃダメなの?」
「そのまま動かないで聞いてくれ」
「な、なんで?」と花音。
凪はベッドに座り直して、
「いいから。じっとしてられない気持ちもわかるけど、こういうのはおとなしく聞いててくれないとこっちも教えられないよ」
「うん、わかった。ここで聞く」
「よし」と凪。
「でね、あたしパソコンの使い方を教えてほしいの。そういうの詳しいでしょ?」
と、花音が聞く。
凪は真剣な顔で、
「そうか。じゃあ、まず。自転車について教えてくれ」
「マシン? ああ! 機械ね! ふつうのノートパソコンだよ」
「なるほど。もう使った?」
「一応、もう何回も使ったことあるけど」
「そうかそうか。やっぱりママチャリと比べて、全っ然速いでしょ!」
「いやいや! これもふつうのだから」
「比べられない? まったく、キミは~。自分じゃわかんなくても速いんだよ」
「う、うん。そっか。まあ、それならそれでいいけど」
「とにかくさ、ごちゃごちゃ言ってもそういうのは慣れないと始まらないから。ちょっと持ってきてよ」
「持ってくるって、ここに?」
「そうだよ。それ以外になにがあるっていうんだ。自転車持ってきて」
「お、オッケー! パソコン、すぐ取ってくる」
俺の背後から、凪のため息が聞こえてきた。
「ふう」
そして、凪は通話を切って俺に言った。
「開、聞いたかい?」
「いや、ほとんど聞いてないけど」
凪は楽しそうに語る。
「それがさ、フィルマンさんってばロードバイク始めたんだってさ。それで、経験者のぼくに乗り方のコツを聞いてきたんだ。まいっちゃうよ」
「ふーん。で、フィルマンさんは自転車持ってるの?」
聞くと、凪は首肯した。
「そりゃあね。買ったばっかりなんだってさ」
「へえ。まあ、しっかり教えてあげなよ」
そう言うと、凪はビッと親指を立てた。
「任せてよ。間違った使い方だけはしないように教えるさ」




