スポーツの秋 その2
探偵事務所のドアが開いて、鈴ちゃんと花音がやってきた。
中学生コンビは和室に上がって、俺たちの会話に加わる。
「昨日の試合ですか? ちょっとニュースで見た程度です」
そう言うのは鈴ちゃんだ。
「花音は観てないだろ?」
「うん。昨日はなんにも見てないからわかんない」
俺と凪がお父さんといっしょにその試合を見ている最中、花音はお風呂に入っていて、そのあとも見ずに寝てしまったのだ。
作哉くんは話を続ける。
「でよ、昨日の試合だが、終盤ですごい打球があっただろ。ライトに飛んだやつ」
「ライト? ああ、その話ね」
と、花音がひとり遅れて話題を理解する。
「あったっけ?」
「さあ」
「あたしは知らないです」
俺も逸美ちゃんも鈴ちゃんも、試合の全部を見たわけじゃない。鈴ちゃんに至ってはハイライトくらいのものだろう。
作哉くんは顔をしかめて、
「そのライトに飛んだのがまずかったんだよな」
「照明に飛んだら、そりゃあね」
「ええ」
俺と鈴ちゃんがうなずく。
逸美ちゃんがほんわかと言った。
「なんだか話聞いてたら、ちょっとやりたくなってきたわ~。開くんと組んでやりたい」
「助手サンが女房役ってことか?」
急に作哉くんがそんなことを言うので、俺は作哉くんをポンと押した。
「やめてよ! いきなり」
「うぉっと」
あ。
つい力が入ったからか、作哉くんがドテンと転んだ。
しかし優しい作哉くんは怒らずに、座り直してから、笑って言った。
「まあでも、探偵サンは頭がいいからな。探偵サンのほうが女房役ってのも悪くねェと思うぜ、オレはよ」
「ちょっと、それってどういう……」
ジト目になる俺と、笑顔の逸美ちゃんである。
「こんなに可愛い奥さんだったらサイコーね。わたしも旦那さん頑張っちゃう」
ノノちゃんは逸美ちゃんの言葉に笑った。
「なんですか? それ。ノノは、開さんが女房役なら、相手は凪さんがいいと思うんです。お二人は息もぴったりなので」
俺はノノちゃんの肩に手を置いて、
「ノノちゃん、意味わかって言ってるわけじゃないよね?」
「わかってますけど」
はっきりと答えるノノちゃんだった。
そのとき、探偵事務所のドアが開く。
本日、最後にやってきたのは凪だ。
「よ。みんなでなんの話してたんだい?」
「昨日の試合の話だよ」
「もりあがってました」
俺とノノちゃんが教えると、鈴ちゃんも言った。
「あたしはハイライトでしか見てないんですけどね。いまは微妙に脱線中で」
「凪ちゃん、ライトに打球が飛んだところ見た?」
花音に聞かれて、凪はかぶりを振った。
「見てないよ。そんな打球あったかね?」
首をひねる凪。
作哉くんは言う。
「けど、そのあと! スイッチして右打ちから左打ちに変えたもんな。両方で打てるのはスゲーよ」
「いやいや、両方で打てなきゃ話にならないと思うけど」
俺がそう言うと、今度は作哉くんが首をひねる。
「そうか?」
ここで。
逸美ちゃんがパンと手を叩く。
「やっぱりスポーツの秋だし、明日はみんなでいっしょにやらない?」
「せっかくこの話題になったもんね。いいかも」
俺が賛同して、他のみんなもうなずいた。
凪がみんなに言った。
「じゃあ、明日の朝九時に駅前集合ね。ぼく、いい場所知ってるんだ」
翌日。
朝九時の十分前。
集合場所には、俺と逸美ちゃんが来ていた。
二人共、ここからすでにテニスウェアを着ている。逸美ちゃんもテニスのスコートとポロシャツが似合っている。
俺はポロシャツと半ズボンで、帽子も持ってきている。
「開くん、今日楽しみね」
「そうだね。久しぶりにやるから、ちゃんと打てるか不安だよ」
「きっと大丈夫よ。それよりわたしのほうが下手かも~」
話していると、作哉くんとノノちゃんがやってきた。
「オッス。待ったか?」
「おはようございます」
俺と逸美ちゃんは二人を見て、ハッとなった。作哉くんとノノちゃんも、俺と逸美ちゃんをまじまじと見て固まる。
「オマエら、なんでンな恰好なんだ?」
「それじゃあ野球ができません」
なんと。
作哉くんとノノちゃんは、野球をするかのような恰好だったのだ。いや、正確には、野球以外のスポーツは考えられない恰好だ。野球観戦用の簡易めな感じではあるが、ノノちゃんは野球帽をかぶっている。
すると今度は、鈴ちゃんがやってきた。
「おはようございます。て、え?」
鈴ちゃんは、俺と逸美ちゃんと同じくテニスウェアである。プライベートでもパパとテニスをするからちゃんとしたウェアはあるし、オシャレなサンバイザーもしている。どうやら、鈴ちゃんの認識は俺と逸美ちゃんと同じだったらしい。
「おはよう! 遅くなってごめーん」
時間ギリギリ。
花音が来た。
支度に手間取って先に行ってくれと言われたので、家を出るのが別々だったのだ。
そして、その花音の恰好はと言うと。
野球をするみたいな感じだった。
「うわー。なんでテニスウェアで野球しようと思ったの……」
呆れ気味の花音だった。
俺はため息交じりに答える。
「思ってねえよ。最初っから、俺たちの認識が間違っていただけみたいだ。でも、そうなると……」
「はい。先輩が心配ですね……」
鈴ちゃんが複雑そうな表情になる。
「凪ちゃん次第で今日やるスポーツが変わるもんね。場所の提供は凪ちゃんだし。一体どっちの恰好で来るか……」
花音も凪の心配をしていると。
最後に。
約束の九時から一分遅れで、凪がやってきた。
「おーい。みんな~」
俺たちは一斉に凪を見る。
「やあやあ。おっ! みんなビシッと決まってるね! それじゃあ行こうか」
平然と案内を始めようとする凪を、俺は引き止めた。
「ちょっと待て! なんでおまえはサッカー選手みたいな恰好なんだよ!」
「だってその話してたじゃないか」
鈴ちゃんが抗議する。
「してません! 打球って言ってたでしょ!? その間違いだけは理解できません」
凪はやれやれと肩をすくめて聞いた。
「わがままだなぁ。結局、みんなでスポーツの秋を楽しむの? それとも、やめとくの?」
これには、俺たち六人が全員で答えた。
「楽しむ!」




