スポーツの秋 その1
「昨日の試合、すごかったよな!」
「はい。ノノ、こうふんしました!」
探偵事務所の和室。
そこで、作哉くんとノノちゃんが二人で話していた。
「独立リーグのマイナーな試合でも、野球の試合ってのはおもしろいモンだよな。やっぱり内容だな! 野球のサヨナラ勝ちは見てて爽快だもんなー」
「最後までドキドキできるのがいいですよね。ホームランかっこよかったです」
二人が話しているとき。
俺と逸美ちゃんは、探偵事務所の応接間で、お客さんの相手をしていた。
それから。
相談が終わり、お客さんも帰ったので、俺と逸美ちゃんも和室に戻る。
扉を隔てていたので、さっきまでの会話は聞こえなかったからわからないが、どうやらスポーツの話をしているらしかった。
「な! 豪快なスイングだもんな。いやー。昨日は良い試合だったぜ」
お? 昨日の試合って、もしかして、女子テニスのあの試合かぁー!
「そうですね。あ、開さん逸美さん」
ノノちゃんが俺と逸美ちゃんに顔を向ける。
作哉くんも俺たちに気づいて、
「依頼人も帰ったのか?」
「うん。昨日の試合、作哉くんも見たんだ?」
実は、俺も昨日のテニスの試合、リアルタイムで見ていたのだ。
豪快なスイングで対戦相手をパワーで押して押して勝ちをもぎとった。つい誰かと話したくなる、見事な試合だった。
作哉くんは嬉しそうに言った。
「おお! 探偵サンもあんな試合見てたのか。昨日は良い試合だったよな」
「ね。て、あんな試合って言い方ないでしょ」
俺がつっこむと、作哉くんは小さく笑った。
「いや、見てるヤツなんてオレとノノ以外にはほとんどいなかったんじゃねェかと思ってよ」
「そんなことないよ。今朝も散々ニュースにもなってたよ」
日本の女子テニス選手としては、異例の活躍をしたのだ。ニュースにもなるさ。
「へえ。そうだったか」
とつぶやく作哉くんに、逸美ちゃんが教える。
「ニュースになる試合内容だったもの。いろんな記録も生まれたのよ」
「お。助手サンも見てたか」
「ちょうどタイミングよく見られたの」
俺は作哉くんに言った。
「それにしても、作哉くんが興味あったなんて意外だよ」
テニスの話をしたことなんて、いままでなかったもんな。作哉くんは野球以外のスポーツはあまり興味がないと思っていた。
作哉くんは感慨深い様子で答える。
「まあな。オレも昨日の試合見なかったら、今後おもしろさに気づかず、見ようと思わなかったろうしな」
「ふーん」
ノノちゃんが聞いた。
「開さんは自分でもやるんですか?」
「やるよ」
「あらぁ、そうなんですか」
と、ノノちゃんが目をくりっと丸くして俺の話を聞きたがった。
「小学生の頃、親戚のおじちゃんに教わったんだ。いとこのお父さんでね、つまり俺のお父さんの妹の旦那さんだから、俺とは血のつながりはないんだけどさ、この人がうまいんだよ」
作哉くんは興味津々に相槌を打つ。
「へえ。そんな親戚がいたんだな」
うん、と俺はうなずく。
「そのときはさ、初めてやったもんだから、うまく打てなくてね」
「しょうがねェよ。初心者は空振り上等! 思いっきり振っときゃいいんだよ」
そう言ってくれるが、俺は作哉くんにつっこむ。
「それじゃダメだから俺も苦戦したんだよ」
「そうか?」
「そうだよ。俺、自分で言うのもなんだけど、コツつかむのってなんでも早いほうなんだ。でも、最初の三十分教わった段階でもフェンスの外に飛ばすしかできなくてさ。打ち分けられなくてまいったよ」
うふふ、と逸美ちゃんが笑う。
「思いっきりやる開くん可愛い~」
「やめてよ、逸美ちゃん」
恥ずかしいじゃないか。
だが。
作哉くんはなぜか驚いていた。
「おいおいおい! 全然可愛かねェよ! スゲーなオイ! 三十分でそんなに打てるのかよ。見かけによらねェな」
ほーん、と目を細めて俺の腕を観察するように見る作哉くんに、俺は笑って言った。
「どこもすごくないよ。そのたびにおじちゃんに注意されてさ。まあ、おじちゃんは優しかったから『いいよ』って言って許してくれたんだけどね」
「許すもなにもねェって。これ以上に望むことなんてねェくらいだぜ。胸張れよ。良い感じ、の意味の『いいよ』だよそれはよ」
「開さん、すごいです」
作哉くんとノノちゃんにそこまで言われて、俺は苦笑する。
「そんなフォローはいいって。ところでさ、作哉くんはどうなの? パワーあるし、結構打ちそうだよね」
もしかしたら、昨日の女子テニス選手くらいの豪速球で打てるんじゃないだろうか。作哉くんは痛覚がほとんどなく、力の制御がうまくできない。その代わり、リミッターなくすごいパワーを発揮する。
作哉くんは得意そうに言った。
「打つかって? おう! あたぼうよ! オレはいつも場外よ!」
「ははは。さすが作哉くん」
「ふふ~。なるほど~。そっちね」
俺と逸美ちゃんが笑うと、作哉くんはムッとしたように、しかし半分不思議そうに俺と逸美ちゃんを見る。
「そっちってどっちだよ。どこもおかしくねェだろ」
「ノノ、見たことありますけど、作哉くんはすごいんです!」
応援に入るノノちゃんだが、俺と逸美ちゃんはまだ表情に笑みが残る。
俺は聞いた。
「でも、それじゃあ試合にならないでしょ」
「まあな! オレが出ると、その瞬間に勝敗がついちまう、みてーなモンだからな」
確かに、場外にしか打てない人が出たら、負け確定だもんな。




