宇宙の日
今日は九月十二日。
宇宙の日だ。
「なんで宇宙の日っていうか知ってる?」
逸美ちゃんに聞かれるけど、俺とノノちゃんは首をかしげる。
「うーん、どうしてだろう」
「わかりません」
現在。
探偵事務所の和室には、俺と逸美ちゃんとノノちゃんがいた。
悩んでいると、逸美ちゃんが答えを教えてくれた。
「宇宙飛行士の毛利衛さんが、日本人として初めてスペースシャトルに乗って宇宙に飛び立った日だからなのよ」
「へえ。そうだったんだ」
「ノノもスペースシャトルに乗ってみたいです」
「乗れるといいわね~」
和やかにおやつのおまんじゅうを食べていると、凪と鈴ちゃんがやってきた。
「よ」
「こんにちは」
二人が和室に上がって、ノノちゃんが宇宙の日の話をした。
「ぼくは宇宙とか好きだけど、宇宙の日は知らなかったよ」
「意外です。先輩、いろいろ雑学を知っていそうでしたから」
凪は顎に手をやって、
「ふむ。せっかくだから宇宙の話でもするか。じゃあ、ノノちゃん。宇宙にある星の分布はどの程度の密度なのか。わかるかい?」
「ノノちゃん。凪は難しい言い方してるけど、要するに宇宙では、星と星の間がどれくらい離れているかって質問だよ」
俺が噛み砕いて言うと、ノノちゃんは自信なさげに答えた。
「隕石とか星がぶつかる話ってよく聞くから、校庭でひとつのクラスが体育の授業をするくらいだと思います。星がびっしりと広がっている夜空の写真とかもあるので」
「鈴ちゃんは?」
凪に聞かれて、鈴ちゃんも考えながら答える。
「あたしは逆に離れていると思いますよ。具体的には、丸いもので表現すると……広い体育館にバスケットボールがひとつだけ転がっているイメージでしょうか」
すると。
また、探偵事務所のドアが開いた。
今度はめずらしく、花音と作哉くんがいっしょにやってきた。
「来たよー」
「オス。ちょうどソコで会ったんだ」
「なんの話してるの?」
花音の問いかけに、凪が答える。
「今日は宇宙の日。てことで、宇宙の話をしてたんだ。実は、宇宙にある星の密度は、たとえるなら、太平洋にスイカが三つ浮かんでいるくらいなんだってさ」
「その比喩はよく言われるよね」
と、俺はうなずく。
逸美ちゃんも言った。
「あとは、昔の天文学者のジーンズさんは、ヨーロッパ大陸にハチが三匹くらい、とも言ってたわね」
「そうだったんですか! ノノが思ってたのと反対でした」
「あたしは、そこまで離れているとは思いませんでした」
ノノちゃんと鈴ちゃんがびっくりしている。
「そう考えっと、星と星がぶつかるなんてあり得ねェ確率に思えるよな」
作哉くんはそう言って腰を下ろす。
花音は笑顔で、
「じゃあ地球が他の星とぶつかるなんてほぼないね。隕石は知らないけどさ」
凪は腕組みして、
「あり得ない確率といえば、宇宙で生命が誕生する確率もそうだよね。あらゆる条件が整わないと惑星に生命は誕生しない」
「25メートルプールに時計の部品を入れてかき回して、勝手に時計が組み上がるくらいあり得ないって言われるわね」
「数字にするとどれくらいになるんです?」
鈴ちゃんが聞くと、凪はパソコンを操作して、パシンとエンターキーを押した。
「これくらいだよ」
そのページには、
0・0000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000001%
とあった。
「こりゃとんでもねェな」
「はい」
作哉くんとノノちゃんが呆気に取られている。
俺は小さく息をつき、
「もはや、どれくらいあり得ないか見当もつかないね」
と、つぶやいた。
そのとき。
探偵事務所のドアが開いた。
やってきたのは、お向かいに住む大学生の良人さんだ。
良人さんはルンルンとした足取りで俺たちの前まで来て、髪をかきあげて言った。
「ちょっとみんな聞いてよ。実はボク、今度の大学の学園祭でミスターコンテストに出ることになっちゃったんだー! 恥ずかしいから嫌だったんけど、みんながどうしてもって言うから仕方なくね。まあ、出ると決まったからには優勝したいよねー。これは頑張らないとだな~」
花音が挙手しておずおずと質問した。
「それって、本気でやるの?」
お調子に乗った良人さんは得意げなキメ顔で答える。
「当然さ。ボクだぜ。学園祭はまだ先だけど、ちょっと美容院に行ってくるよ。みんな、応援しててね。じゃ!」
台風のようにやってきて去ってゆく良人さん。
花音が小声で聞く。
「良人さん、なんか乗せられてたからか、キャラがいつもと違ってたね」
「ああ。まあ、調子に乗りやすいって意味ではブレてないけど」
と、俺が答える。
鈴ちゃんが苦い顔で凪にささやく。
「良人さん、ミスターコンテストで優勝なんてできるでしょうか」
「可能性はありますか?」
反対側からノノちゃんが凪に不安たっぷりのまなざしを送る。
凪はふぅと吐息を漏らした。
「これは、宇宙で生命が誕生する確率と変わりませんな」