けーちゃんと呼び方
「のん! のーん!」
けーちゃんが花音を呼ぶ声がする。
近所に住む親戚の男の子、けーちゃん。
今年二歳になるけーちゃんは、少しずつ言葉を覚えていっている最中だ。
最近になって、けーちゃんは俺や花音の名前を呼べるようになってきていた。
けれども、まだ呼べるようになってきている段階であって、はっきりとは言えないのである。
花音はけーちゃんに連れられて庭を歩いていたが、家の中に戻ってきた。
「のん」
と言いながら手を引いていたが、俺が勉強も終わって部屋から出てくると、今度は俺のところにもやってきた。
「かー」
俺のことは、「かー」と呼ぶ。
花音のことは「のん」。
どっちも「かー」になっても仕方ないかと思ったが、現状ではそう呼び分けもできている。この辺は賢いと思ってしまう。
けーちゃんは俺の手を握った。
「かー」
そして、俺はけーちゃんの相手をしてやる。
今日はまず、絵本を読んであげる。
「のん!」
近くにいた花音を見上げて、けーちゃんは床をトントンと叩いた。
ここに座れと言っているのだ。
「はいはい、わかったよ」
花音はけーちゃんのすぐ隣に座って、いっしょに絵本を見る。
「なんかあたしまでお兄ちゃんに絵本を読み聞かせてもらってるみたいだよ」
おかしそうに花音は笑う。
「まあ、けーちゃんが座れって言うんじゃ仕方ないよな」
「あはは。だね」
すると。
ここに、凪がやってきた。
絵本も読み終わったところだったから、けーちゃんは立ち上がって、凪の手を握った。
「かー」
そう言って、廊下を指差す。
ゲームがある俺の部屋で、いっしょにゲームをしようと言っているのである。
「おお、けーちゃん。ゲームでもするのかい?」
「うん~」
嬉しそうにけーちゃんがうなずいた。
しかし。
俺は不思議に思う。
「なんでけーちゃんは俺のことも凪のことも『かー』って呼ぶんだろう」
「開ちゃんと凪ちゃんが似てるからでしょ」
花音は当たり前でしょとでも言いたげだ。
がくりと俺は頭をもたげる。
「だよな……」
凪は腕を広げて、
「開ってばそんなに下を向いちゃって。ぼくに似てると言われたからって照れるなよ」
「俺はそれが嫌なんだ!」
「またまた~。恥ずかしがっちゃって」
「だからちがーう! 恥ずかしいのは人間としてでだな――」
そんなやりとりをしていると、けーちゃんが力いっぱいに凪の手を引く。
「かー! かーぁ!」
「わかったわかった。行くよ」
けーちゃんに言われたらどこまでもマイペースな凪だって頼みを聞かざるを得ない。
座ったまま、俺はけーちゃんに言った。
「けーちゃん。俺は開。で、こっちは凪。凪だよ」
と、凪を指差す。
「開ちゃん。凪ちゃん」
と、花音も順番に俺と凪を指差して、名前を覚えさせようとしてくれる。
ちゃんとそれを聞いたけーちゃんは、花音の言葉を繰り返すように、凪を見上げて、
「にゃ」
凪はにこりとうなずく。
「うん。そうだよー。ぼくは凪」
「そうそう! けーちゃんすごーい!」
けーちゃんは花音に褒められて嬉しそうだ。
「にゃ!」
また凪の名前を呼ぶ。
「でも、『にゃ』じゃなくて『凪ちゃん』だよ。ふふっ」
花音は楽しそうに言うけど、けーちゃんは「にゃ」と凪を呼び手を引いた。
「うん。わかってるさ。ゲームをしよう」
「うん~」
そのあと、俺や花音もいっしょに四人でゲームをして、楽しく遊んだ。
夕方。
けーちゃんの迎えが来る少し前になって、凪だけがまだけーちゃんとゲームをしていた。
それがやっと終わって二人がお茶の間に来たとき。
「かー」
と。
俺を呼ぶ声が聞こえた。
今度は俺が遊んでやる番か。
そう思ってけーちゃんを見る。
「なーに?」
だが。
けーちゃんは、凪を見上げて手を引きながら言った。
「かー」
「ほいほい。なんだい? けーちゃん」
なんだよ、凪を呼んでたのか……。
また俺と凪が同じ呼び方に戻ってるよ。
これは、ちゃんと呼べるまでもう少しだけかかるかな。