七夕はお願い事をしよう その1
今日は、七月七日。
七夕だ。
ただ、特別なにかをするってこともない。
竹を用意して短冊を書いたりなんてする用事はないのだ。そもそも、竹なんてどうやったら用意できるんだろう。
俺が抱いた疑問について、逸美ちゃんが即パソコンで調べてくれた。
「あ、安くて小さいものなら千円ちょっとでも買えるみたいよ」
「へえ。すごいね。やろうと思えば、探偵事務所でも短冊を書いて飾れるんだね」
「ね~。用意すればよかったわ」
つい最近も、ノノちゃんが短冊をみんなで書いたりしたいって言ってたしな。
現在。
俺は逸美ちゃんと探偵事務所で番をしていた。
たぶん、もう少しすれば凪たち他のメンバーもやってくる。
逸美ちゃんはインターネットで竹を見ながら、
「おりひめ様とひこぼし様って、年に一回しか会えないなんて寂しいわよねぇ」
「なんで年に一回しか会えなくなったんだっけ?」
「色々あるけど、二人の仲が良過ぎて仕事をしなくなっちゃったからって言われてるのよ」
と、逸美ちゃんが教えてくれる。
「なるほど。バカップルみたいなもんか」
「どんなまとめ方だよ、凪はまったく。……て、凪!? いつのまに」
いつのまにか探偵事務所にいてパンダの着ぐるみ(いや、上はパーカーだし下はスウェット)まで着ていた凪。
「ナギナギだよ。あっちがスズスズ」
「ど、どうも」
と、鈴ちゃんが頬を朱に染めて小さく会釈した。しかも、凪とおそろいのパンダの衣装を着用している。
「て、スズスズってなんですか!」
「本物のパンダみたいで可愛いじゃないか」
「かっ、可愛い……!? しょ、しょんな……」
鈴ちゃんは朱色だった顔を真っ赤に染め上げて、両手で覆った。
なんだ? コントでもしにきたのか?
ジト目で二人を見る俺に対して、逸美ちゃんはにこにこと笑顔で迎える。
「いらっしゃーい。二人共、コスプレ可愛いわね。開くんの分はないの?」
「開は気に入るかわからないけど、シマウマのを持って来たんだ」
「そんなコスプレ気に入るわけないだろ? ていうか、白黒ならなんでもいいのかよ。二人は七夕の笹に掛けてパンダのコスプレをしてたんじゃないのか?」
俺の冷めたつっこみを聞いて、鈴ちゃんが恥ずかしそうに顔を押さえる。
「二人共コスプレって言わないでくださいー」
ははーん。
鈴ちゃん、凪に乗せられてコスプレをさせられたんだな。似合ってはいるけど、凪の遊びに付き合わされたり恥ずかしがったり、忙しい子だ。
「洗面所お借りしますー」
急いで鈴ちゃんは洗面所へと着替えに行く。
一方、逸美ちゃんはというと。
「え~、開くんもパンダがよかったぁ~」
などと残念がっている。
凪は逸美ちゃんの反応も見ずに、和室の入り口にそっとシマウマの衣装を置いた。
「だからいらないって」
それから凪は逸美ちゃんに向き直る。
「逸美さん、どうぞ。くだらない物ですが」
「それを言うなら、つまらない物だろ?」
「つまらないだなんて、開ってば冷たいな~。夏にはちょうどいいけどね。ははっ」
こいつは本当にマイペースなやつだ。
だけど、凪が逸美ちゃんに渡した物をよく見ると(いや、よく見るまでもないが)、それは笹だった。
「なんだよ、コスプレ用の笹なんてわざわざ」
「コスプレ? なんの話さ。今日は七夕だぜ? みんなで短冊にお願い事を書こうよ」
凪の提案に、逸美ちゃんが目を輝かせる。
「わぁ~。いいわね~! 楽しそう」
「いいんじゃない? ノノちゃんも喜ぶしさ、きっと」
凪のパンダの格好のせいで、すっかり今日が七夕ってことを忘れていた。さっきまで七夕の話をしていたのに。
鈴ちゃんがいつものセーラー服で戻ってきて、
「短冊書くんですか?」
「そうしようかって話してたの」
と、逸美ちゃんが答える。
そのとき、探偵事務所のドアが開いた。
「よお、探偵サン。来たぜ」
「どうも。みなさん、こんにちは!」
やってきたのは、作哉くんとノノちゃんだった。
すると。
ノノちゃんがたたたっと凪の隣に駆け寄り、凪が持ってる短冊と逸美ちゃんが持ってる笹を交互に見る。
凪が笑顔でノノちゃんにうなずいてみせた。
「そうだよ」
「やっぱりっ!」
「ぼくと鈴ちゃんがパンダで、開とノノちゃんがシマウマさ」
「そっちじゃないです。その笹とたんざくですよ」
ノノちゃんに言われて、凪が照れたように頭をかく。
「バレちゃったか。そうさ。これからみんなで、恥ずかしいことを書くんだ」
「変な言い方するな! 確かに、お願い事なんて人に見られたら恥ずかしいかもしれないけど」
俺のつっこみの言葉を聞いて、ノノちゃんがパッと笑顔になる。
「これからおねがいごとを書くんですね! 楽しそうです」
「ノノちゃんも書こうぜ」
「はい」
「よし、こっちにおいで~」
「はーい」
凪とノノちゃんが和室に上がる。
逸美ちゃんはその様子を微笑ましそうに見て、自分も和室に上がって凪にもらった笹を窓際に飾り付ける。
「それじゃあ、俺たちも書こうか」
俺が言うと、作哉くんと鈴ちゃんもうなずく。
「だな。ノノが書くなら、オレも書いてやるか」
「あたしも書きます。なにお願いしようかな」
そうだ。
今日はお客さんもこなそうな気がするけど、探偵事務所は休みにしておこう。
事務所のドアに掛けてある『Open』の看板をくるりと回して『Closed』に替えておく。




